第27章 大家さん、国の依頼を受ける

第315話 リルの気楽さが羨ましい!

 シャングリラが楽園として完成してから1ヶ月程経過して8月に入った。


 蝉が煩く気温も猛暑日が続く夏真っ盛りだが、世界はかなり大変なことになっていた。


 7月上旬に緊張状態だったSK国とNK国が戦争に突入してしまったからである。


 NK国のミサイルがSK国民に被害を与えたことをきっかけに、両国は一触即発の空気だった。


 では、戦争に突入した原因とは何か。


 それはNK国からの難民がSK国の領土にのラインでNK国の兵士が射殺したからだ。


 SK国政府はNK国の難民を受け入れると表明しており、SK国に足を踏み入れた瞬間からその者はSK国民だと主張した。


 その一方、NK国政府は国を裏切って国外に逃亡する者は何人たりとも許さないという姿勢であった。


 SK国の北部とNK国の南部が接しているからこその発言と言えよう。


 国境線を越えたか否かは定かではないが、この出来事が原因となってSK国とNK国の戦争が始まった。


 近代兵器の撃ち合いも当然だが、冒険者によって形成された義勇軍同士の戦闘も重視されている。


 戦争が起こるギリギリまで各国DMUは対話による解決を促したが、SK国もNK国も引くに引けない所まで事態が進んでいた。


 対話で決着がつかないのは仕方ないとして、問題なのは両国の戦争中の対応だろう。


 SK国はA国に支援を要請し、NK国はC国に支援を要請したのだ。


 これにA国もC国も反応し、気が付けばSK国とNK国の南北戦争はA国とC国の代理戦争のようになってしまった。


 SK国とNK国の戦争のままなら日本にとって対岸の火事で済んでいたが、A国大統領から日本政府にSK国の物資の支援をしてくれと要請が来たことで状況が変わった。


 板垣首相はその要請を突っぱねた。


 これ以上日本を戦争に巻き込まないでほしいという思いからである。


 大地震によってA国軍の兵士達はとっくに日本から引き揚げていたし、今の日本はA国に軍事面で守られる必要はない。


 ”楽園の守り人”のおかげで国内の景気も良くなっている最中だから、こんな所で水を差されたくないのだ。


 前置きはさておき、8月6日の木曜日に藍大と舞、リルはDMU本部に呼び出されていた。


 DMU本部に到着すると、藍大達は茂の案内で本部長室ではなく応接室へと案内された。


「茂、もしかしてもしかする?」


「その認識で間違いない」


「帰って良い?」


「頼む。帰らないでくれ。帰られると親父がもっと強引な手を使う可能性がある」


「・・・うわぁ」


 藍大は応接室の前に立った瞬間にとある予感がして帰りたくなった。


 茂も明言しないが藍大の想像の通りだと言ったため、藍大は余計に帰りたくなった。


 それでも、今帰ったらもっと面倒なことになるとわかったので応接室にいるであろう人物と会うことにした。


 藍大の説得が済むと、茂は応接室のドアをノックして名乗る。


「失礼します。”楽園の守り人”係の芹江です。”楽園の守り人”の逢魔夫妻とリルさんをお連れしました」


「入ってくれ」


 (うん、小父さんの声じゃないね。あの人の声だね)


 藍大は部屋の中から聞こえて来た声が潤のものではなく、できれば関わり合いになりたくない人物であることに気づいた。


 実際に部屋の中に入ってみれば、板垣総理とその後ろに潤がいた。


「久し振りだね。藍大君、舞さん、リル君」


「お久し振りです、板垣総理」


「お久し振りです」


『久し振り~』


 (リルの気楽さが羨ましい!)


 マイペースに挨拶するリルを羨ましく思ったのは藍大だけではなく舞もだろう。


 板垣総理が対面のソファーに座るように促したので、藍大と舞はそこに座ってリルは小さくなってから藍大の膝の上に座った。


「まずは舞さん、Sランクへの昇格おめでとう」


「ありがとうございます」


 舞は余計なことを喋らないようにできる限り短く答えた。


 ボロが出ないようにと舞も必死である。


 舞は産休明けからダンジョン探索に復帰して”英雄”の称号を会得し、日本で2人目のSランク冒険者になった。


 板垣総理はアイスブレイクとして舞の昇格をお祝いしようとしたが、舞がまだ緊張しているのを理解してリルに話を振った。


「リル君、今日も君は健康そうだな。藍大君の料理は美味しいかい?」


『うん! 毎日美味しいよ! 昨日はベヒモス100%のハンバーグ食べたの!』


「何それ美味しそう」


 板垣総理はリルのコメントに素の反応を見せた。


 自分の食事と”楽園の守り人”の料理を比べて羨ましく思ってしまったのだ。


 それは板垣総理に限った話ではなく、潤も茂も羨ましそうにしていた。


 リルが食レポのように味を伝え、その味を知らない者達の食欲を刺激した後にいよいよ話は本題に入った。


「藍大君の料理についてもっと聞きたいが、時間も限られてるから本題に入らせてもらおう。藍大君、南北戦争についてどこまで把握してる?」


「ニュースで報道されてる程度にしか知りません」


「そうか。では、報道されてない部分について補足するだけで済みそうだ」


「ちょっと待って下さい。それを聞いたら後戻りできないとかないですよね?」


「安心してくれ。これは私が日本の最高戦力である”楽園の守り人”に詳細な情報を知っておいてほしいだけだ。もっとも、知った情報については口外しないで貰うけどね」


「・・・わかりました」


 聞いただけで何かやらされることはないとわかり、藍大はとりあえず板垣総理の話を聞くことにした。


「南北戦争の義勇軍についてだが、どうもSK国の陣営にA国の冒険者が介入してるらしい」


「そうなんですか?」


「ああ。C国が一般人を冒険者に変える薬を発見したのは知ってるね?」


「はい。もしかして、C国でそれを量産化して一般人の軍隊を冒険者にしたんですか? C国がNK国の義勇軍に冒険者を送り込んだから、A国も冒険者をSK国の義勇軍に送り込んだとかですかね?」


 藍大の予想を聞いて板垣総理は目を丸くした。


 予想以上に藍大が賢くて驚いたのだ。


 それでも政界で頂点に上り詰めただけはあって切り替えは早く、すぐに表情を引き締めた。


「その通りだ。実は、A国とSK国から日本に物資だけでなく冒険者も派遣してほしいと要請があった。ニュースでは物資だけと報道されていたがね。勿論突っぱねたが」


「大地震とスタンピードで国がボロボロの国もあるのになんでそんなことになるんですかね?」


「私にも理解できない。今は一刻も早く国内を安定させるべきだと言うのにな。幸い、日本は君達を中心に優秀な冒険者が活躍してくれてるおかげで諸外国よりもずっと良い状況だがね。それでだ、藍大君達には注意してもらいたいことがある」


「他国の工作員がシャングリラを襲撃することですか?」


「そうだ。1月にダンタリオンに乗っ取られたC国DMUが工作班を立ち上げて日本有数の冒険者クランを襲撃した。今回はクラン関係者を人質に戦争への参加を求めて来る国がいるかもしれない。無論、私にできる対策もする。今日の正午に発表となるが、日本は南北戦争についてどちらの味方もしないと発表するつもりだ。しかし・・・」


「中立がなんだと強硬策に出て来る連中がいないとも限りませんね。ですが、少なくともシャングリラへの侵入は不可能なのでご安心下さい。私が入るのを許可した者以外入れない結界が張ってありますから」


「何それ羨ましい」


 板垣総理、本日二度目の素の反応である。


「逢魔君、それを板垣総理に話しても良かったのかい?」


「構いません。板垣総理は私達が参戦せざるを得ない状況になるのを恐れているようでしたので、その懸念を払拭したまでです」


 潤の質問に対して藍大は堂々と言ってのけた。


「そうだな。今の発言のおかげで1つ不安は消えた。願わくば、”楽園の守り人”には国内のダンジョンでスタンピードにならないように指揮を執ってもらえると助かる。国内の問題を君達が対処してくれるならば、私も国外からの要請に自信を持って国内のことが忙しいから無理だと突っぱねられるからね」


「指揮を執るのは難しいと思います。大手クランを差し置いてってことになりますから」


「その心配はいらないよ。だったらDMUからSランク冒険者の藍大君に依頼の形を取るから」


 (・・・しまった。これが狙いだったか)


 話を聞いたからって何もしなくて良いなんてことはないと思っていたが、潤の発言を聞いて板垣総理と潤の狙いを察した藍大の顔は引き攣った。


 日本最高位の冒険者ではあっても、駆け引きというものに関してはまだまだ上には上がいると思う藍大だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る