第314話 これはヤバイジャ。まごうことなきヤバイジャ

 藍大達がシャングリラでバーベキューの準備をしている頃、茂はDMUの本部長室に呼び出されていた。


「あのさぁ、俺用事あるんだけど。緊急の呼び出しって何?」


「つれないことを言うなよ。その用事って藍大君達絡み?」


「正解。藍大の”聖獣”が揃ったことを記念してバーベキューなの。俺と千春も呼ばれてるるからここで雑談してる時間はないの。おわかり?」


「ハッハッハ。本部長に仕事を押し付けて自分達だけ楽しもうだなんて許さないぞー」


「おい、親父。今日はいつにもまして面倒そうだな。俺は接待に行って来るから部屋の鍵をリモコンで閉めるんじゃないぜ」


 茂は本部長が笑顔で自分を面倒事に巻き込もうとすることを本気で嫌がっていた。


 潤は茂の手を借りて早く仕事を終わらせたいから茂を逃がさない。


 親子が同じ職場で直属の上下関係にあると、こういった戦いも時折起きたりする。


 茂はなんとなく潤が手伝わせようとしている仕事を察していた。


 どういう偶然なのか、今日は国内外でデカいイベントが連続して発生した。


 まずは国内のことだが、イベントは3つ発生した。


 1つ目は川崎大師ダンジョンの件だ。


 ”ダンジョンマスター”を”迷宮の狩り人”のマルオが”レッドスター”一番隊と合同でテイムに成功したことである。


 ”楽園の守り人”の次がその兄弟クランの”迷宮の狩り人”だったこともあり、国内では一部を除いてこの話で持ちきりになっている。


 2つ目は藍大のフィアが”火聖獣”になった件だ。


 これに付随してシャングリラがあらゆる災害から守られるようになり、藍大の許可なく誰もシャングリラの敷地には入れなくなった。


 この事実はDMUの中でもシャングリラ内部に出向く用事がある者のみに伝えられたトップシークレットである。


 つまり、茂と千春、潤しか知らない。


 DMU運輸の配達員は最近ではシャングリラの前で荷物のやり取りをするから、シャングリラの敷地内に入ったりしないのだ。


 潤も基本的にシャングリラに向かう用事はないのだが、DMUの本部長トップとして知っておくべきであるから茂からその情報が伝達された。


 3つ目はキャサリンとリーアムのC大留学生パーティーが立川ダンジョンを踏破した件だ。


 元々、立川ダンジョンは規模が小さめで難易度は低いと知られていたが、行ける所まで行こうと張り切ったら”ダンジョンマスター”を倒してしまったらしい。


 ”ダンジョンマスター”はアラクネで獣型モンスターではなく、残念ながらリーアムがテイムできずに討伐した。


 キャサリンもリーアムも”ダンジョンマスター”を継ぐつもりは毛頭なかったので、立川ダンジョンはあっさりと潰れてしまった。


 まさか留学生が日本のダンジョンを踏破してしまうとは想定していなかったから、DMUではその後処理に追われていた訳だ。


 では、国外では何が起きたか。


 NK国がミサイルを発射したのだ。


 これだけならば過去に何度も起きたことだが、いつもと違ったのは日本海目掛けて発射したはずのミサイルが不具合と強風によってSK国領海で爆発してSK国人の乗り込む漁船が大破したことである。


 親日派と反日派で国内が冒険者同士の争いになっているSK国でも、ミサイルを撃って来たNK国という共通の敵が現れれば国内の争いは中断される。


 今まではSK国に直接害がなかったから静観していたけれど、今回の件でNK国を許すなという機運が高まっており、一触即発の段階までことは進んでいる。


 SK国もNK国も冒険者を義勇軍としてしており、冒険者が絡んだことで各国のDMUが対話による解決を促す手伝いをする羽目になった。


 冒険者はモンスターから国民と国土を守る数の限られた貴重な人財だから、戦争なんかで失われては困るのだ。


「茂、私も手一杯なんだ。だから、少しぐらい力を貸してくれても良いじゃないか」


「こちとら接待なんだ。俺はDMUと”楽園の守り人”の関係を良好な状態でキープしなきゃならん。それに、電話で聞いただけじゃわからないこともあるから実際に足で運んで確かめないといけない。”楽園の守り人”係だから。そう、”楽園の守り人”係だから!」


「くっ、大事なことだから2回言ったってことか。私の息子とは思えないいやらしい手だ」


「親父の息子だからいやらしい手を使うんだろうが。それに以前親父が言ったよな?」


「何を?」


「清濁併せ吞むことが社会で生き残る上では必要なんだってな」


「おのれ、過去の私め。余計なことを言ったせいで自分が追い詰められてるじゃないか」


「今日は俺の勝ちだ。そもそもが俺の管轄外の仕事を押し付けようとしてるんだから諦めろ。俺は俺の仕事をしに行くんだ」


「最後の最後に正論とはね・・・。わかった、今日は私の負けだ。シャングリラに向かいなさい」


「なんで俺が許された形になってんの? まあどうでも良いけど。じゃあ、そういうことで」


 茂は本部長室から脱出した。


 潤から管轄外の仕事を押し付けられそうなところをどうにかやり過ごしたのだ。


 DMU本部を出ると、正面玄関の前に千春が待っていた。


「茂君、遅いよ」


「ごめんな千春。親父に仕事押し付けられそうになったから論破してたんだ」


「何やってるのかなぁ。まったく、タクシーが来る前に来てくれて良かったよ」


「俺もそー思う。タクシー呼んでくれてありがとう」


 その数分後、タクシーが来たので千春と茂が乗り込んだ。


「シャングリラまでお願いします」


「わかりました」


 運転手は短く応じてすぐにタクシーをシャングリラに向けて走らせた。


 茂達がシャングリラに着いたのはバーベキューが始まってから1時間が経った頃だった。


 茂と千春がシャングリラに入ろうとすると、茂がシャングリラの入口で見えない壁にぶつかった。


いてっ。なんだこれ」


「大丈夫?」


『ボス、芹江夫妻が到着したぞ』


「あっ、しまった。許可出してなかった。今行く」


 ドライザーに声を掛けられ、藍大は思い出したようにシャングリラの入口に出向いた。


 藍大の姿が視界に入ると、茂が真っ先に疑問をぶつけた。


「藍大、これが例の結界か?」


「その通り。言葉で説明するよりも体感してもらった方が良いかと思ってまだ許可してなかったんだ。もう入れるぞ」


「・・・ホントだ。すげえなこの結界」


「面白いね~」


 また弾かれるのではないかと茂はそっと手を前に出すが、今度は何もぶつからなかったのでホッとした。


 千春はそんな仕組みがあるなんて面白いと素直な感想を述べた。


 それから藍大が茂と千春を中庭に案内すると、そこではフードファイトをしている食いしん坊ズに恋バナをしている元幼女トリオとリュカ、広瀬夫妻と青島夫妻の相席、酔っぱらって寝ている麗奈と未亜を介抱するパンドラ、孤児達と遊ぶマージとアスタ等カオスが広がっていた。


「遅れて来て悪かったけど、遅れて来て良かったとホッとする俺がいる」


「あはは。”楽園の守り人”の皆さんは元気だね」


「信じられるか? これでもピークは越えたんだぜ」


「「お疲れ様です」」


 茂も千春も遠い目をする藍大を労わずにはいられなかった。


 よくこの場を藍大が仕切れていたと感心したのである。


「色々話はあるだろうけど、まずは飯が先だ。千春さん、今日はトライコーンって新しいモンスターの肉もありますよ」


「新しいお肉! 滾ります!」


 調理士としての血が騒ぎ出したようで、千春が嬉々として藍大からトライコーンの肉について教わり出した。


 茂は楽しそうな千春を見るだけでも潤を論破して来た甲斐があったと思えた。


 茂と千春が食べ終わった頃には、フードファイトを終えて優月を抱っこしている舞とサクラも藍大達に合流した。


「さて、ちゃんと肉も食べたことだしちゃんとした話もしようか。藍大、あの結界によってお前が許可してない者は絶対に中に入れないんだな?」


「おう。そこはもう実験済みだ。ついでに言えば、生物非生物を問わないこともわかった。つまり、爆弾を投げ込もうとした奴がいても結界で弾き返せる」


「これはヤバイジャ。まごうことなきヤバイジャ」


「遂にジャに到達したか。感慨深いな」


「言ってる場合か。てか、新しい称号をゲットしたんだっけ?」


「ああ。”楽園の主”ってやつな。鑑定してくれ」


「・・・これもまたヤバいな」


 鑑定結果が出たらしく、”楽園の主”の効果を知った茂の顔が引き攣った。


「どんな効果だったんだ?」


「自分と味方だと思う者はシャングリラにいる限り、HPとMPが徐々に回復して怪我の治るスピードも上がる。つまり、藍大のおかげで”楽園の守り人”のメンバーはシャングリラにいれば自然治癒力が増すんだ」


「藍大に抱き着くと回復速度が上がるんだね? じゃあ毎日抱き着かないと」


「主に抱き着けば心も満たされる」


「俺が外出するとシャングリラが傾くかも」


「座敷童か。今まで通りで良いだろ」


 その後も藍大と茂の情報交換は続いた。


 茂はお暇する頃には仕事として十分な情報を仕入れられたため、明日潤から恨みがましく言われても仕事をしていたと胸を張って答えられるとホッとした。


 いざとなったら自分と千春がシャングリラに逃げ込んで良いと藍大から言質ももらい、茂は今日ここに来て本当に良かったとも思った。


 藍大がシャングリラを楽園として完成したことにより、この先何か大きな変化があるのかもしれない。

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