第311話 悲しいねぇ。俺のことを忘れてくれるなよ

 ボス部屋の中で”レッドスター”と”迷宮の狩り人”の連合軍を待ち構えていたのは立派なローブを着た骸骨だった。


 その手には口に血の色の宝玉を咥えた蛇が巻き付いた見た目の杖が握られている。


 マルオはエルダーリッチについて調べようとアンデッド図鑑を開いた。



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名前:なし 種族:エルダーリッチ

性別:雌 Lv:85

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HP:1,500/1,500

MP:2,000/2,000

STR:0

VIT:1,500

DEX:1,800

AGI:1,200

INT:2,000

LUK:1,200

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称号:ダンジョンマスター(川崎大師)

   歩く魔法書

アビリティ:<大波タイダルウェーブ><落穴ピットフォール><紫痺雷弾ショックボルト

      <火炎雨フレイムレイン><暗黒網ダークネスウェブ>

      <痛魔変換ペインイズマジック><魔力半球マジックドーム

装備:堕賢者のローブ

   吸魔の蛇杖

備考:興味/全耐性/MP自動回復(微)

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「あらー、こりゃ根っからの後衛ですな」


「マルオ、情報共有」


「OK。エルダーリッチLv85。性別は雌。ローブのおかげで全ての攻撃に耐性があり、あの杖を持ってる限りMPを徐々に回復できる。ダメージを負ってもMPに変換できる。5属性の魔法系アビリティ持ち。二次覚醒の騎士と同じようなドームを創れる。性別は雌」


「雌なのはわかったから落ち着きなさい」


「大事なことは2回繰り返すのがお決まりだろ!?」


「マスター、落ち着こう」


 成美がマルオの戦力分析にツッコミを入れると、マルオは何を言っているんだと抗議する。


 そんなマルオの血の気を抑えるためにローラが首筋を噛んで血を吸う。


「・・・落ち着いた。サンキュー、ローラ」


「良かった。もっと吸わせてくれても良いんだよ?」


「なかなか斬新な諫め方だな。ガルフにも試しに愚妹にやってもらおうか」


「ワォン?」


「甘噛みなら喜んで」


「ワォン!?」


 マルオを落ち着かせるローラの様子を見て、誠也は同じ方法でガルフが真奈を落ち着かせられないだろうかと考えを口にする。


 そんな誠也に本気で言っているのかとガルフが首を傾げるが、真奈がその発言に待ったをかけるどころかウェルカムと言うのでガルフは驚かずにはいられなかった。


「馬鹿メ。オ喋リヲシテル間に戦場ハ整ッタ」


「ゲッ、あの野郎の周りにグルッと堀みたいな穴が開いてやがる」


「兄貴、雌だから野郎じゃないでしょ」


「ガルフ、行くわよ!」


「ウォン!」


 真奈は三島兄妹が喋っている間にガルフの背に乗せてもらい、ガルフはそのまま駆け出した。


 動き出した敵を見逃すはずもなく、エルダーリッチが<紫痺雷弾ショックボルト>を数発放った。


 しかし、ガルフが直線的な軌道の攻撃を読み切ってそれを躱し、真奈がガルフに乗ったまま反撃とばかりに矢を放って反撃する。


 想定外の攻撃にエルダーリッチは慌てて<魔力半球マジックドーム>で防ぐ。


「真奈さんすげえ! 流鏑馬みてえだ!」


 ガルフの背に乗りつつ矢を放つそれは、マルオが言った通り確かに流鏑馬によく似ていた。


 いや、むしろ流鏑馬よりも難しいのではないだろうか。


 鞍もなければ鐙もない。


 そんな状況で体を安定させて矢を放てるなんて、本当に弓士の職業技能ジョブスキルを失ったのかと訊きたくなるレベルである。


「演奏いきます! マルオ、ガードよろしく!」


「おう! フェルミラ、遠距離からガンガン行こうぜ!」


 成美がマルオに防御を任せて味方の身体能力を高める演奏を始めると、マルオはフェルミラにヘイトを稼ぐように指示を出す。


 フェルミラが<暗黒支配ダークネスイズマイン>で暗黒の弾丸を連射してドームの耐久度を削るのを見て、エルダーリッチは<魔力半球マジックドーム>を解除して攻撃に転じる。


 エルダーリッチの<火炎雨フレイムレイン>は全体攻撃であり、ボス部屋内に火の雨が降り注ぐ。


「フェルミラは屋根を作れ! ローラは突撃!」


「待ってました」


 フェルミラはコクリと頷き、ローラは喜んでエルダーリッチに突撃していく。


 翼の生えたローラならば、エルダーリッチの周りに大きな穴があろうと関係ない。


 火の雨をフェルミラが暗黒の屋根を創り出して防いでくれるならば、ローラは突撃することに集中できる。


「コッチニ来ルナ」


 エルダーリッチが<火炎雨フレイムレイン>から<大波タイダルウェーブ>に切り替え、ローラを寄せ付けまいとする。


「それを待ってたわ!」


 ローラが上空へ退避するのと入れ替わるようにして、華は白衣から冷気をうっすら漂わせる試験管を取り出して大波に向かって投擲する。


「次は僕の番です」


 大波が凍ったのを確認し、晃がカードから手榴弾を投げて氷のオブジェと化した大波を爆破した。


「オノレ!」


「狙い撃つわ」


「チィッ」


 上空からローラに襲撃されるかもしれないと警戒していると、エルダーリッチの死角から真奈が弓を放つ。


 エルダーリッチは<魔力半球マジックドーム>をタッチの差で間に合わせて被弾せずに済ます。


 エルダーリッチがドームに籠れば、フェルミラが暗黒の弾丸を1ヶ所に連射することでドームの耐久度を削る。


「マルオ君、隙を見てテイムできるよう準備してくれ」


「わかりました! ローラ、ピックアップしてくれ! フェルミラは成美を守りつつ攻撃を続けろ!」


「はぁい」


 誠也はマルオにテイムのチャンスを狙えと指示を出す。


 ローラは着地してマルオを後ろから抱き締めると、再び室内を見下ろせる高さまで飛翔する。


 フェルミラの攻撃でドームに綻びができた瞬間、誠也が狙いを定めて自身の槍を全力で投擲した。


「そこだ!」


 槍の先端がドームに触れた直後、罅が蜘蛛の巣状にドームの全体に広がって壊れた。


 そのタイミングを狙って真奈が矢を放つものだから、再び<魔力半球マジックドーム>を展開するには間に合わずにその矢がエルダーリッチに当たる。


 だが、堕賢者のローブは硬くて矢に貫かれることなくそれを弾いた。


 成美の演奏で矢の威力は増していたため、普通に矢を放つよりも威力は強かった。


 それでも堕賢者のローブを貫けなかったのはやはり”ダンジョンマスター”の装備ということなのだろう。


「ローラ、攻撃に参加しよう」


「わかった」


 マルオに言われてローラは<血雨ブラッディーレイン>を放つ。


「鬱陶シイ!」


 エルダーリッチは自分の足場に<落穴ピットフォール>を発動して穴の中に隠れた。


 それによって<血雨ブラッディーレイン>をやり過ごしたのである。


 穴に入って隠れるのは確かに<血雨ブラッディーレイン>は防げたかもしれない。


 しかしながら、それがどんな攻撃からも身を守れる最善の選択とは言えなかった。


「穴に潜るんなら僕の出番」


「山上君、私の薬で爆弾の威力をブーストできるわ」


「じゃあ一気に投げましょう」


「OK。せーの!」


 晃と華が同時に手に持った物を投げる。


 エルダーリッチが隠れた穴の真上で爆弾が起爆し、華の薬品がその爆発の威力を増大させる。


「グッ!?」


 爆発の衝撃が自分に届くとは思っていなかったらしく、エルダーリッチはダメージを負って唸った。


 そして、穴に隠れたままでは自分が不利だと悟り、”ダンジョンマスター”の力でボス部屋を元通りにリセットした。


 ボス部屋内が激しく揺れて凹んでいた地面の底が隆起することで元通りになり、その揺れがのバランスを崩させた。


「地ノ利は我ニアリ」


「悲しいねぇ。俺のことを忘れてくれるなよ」


「ナッ!?」


 立っているのでギリギリな者達を見て油断してしまい、エルダーリッチはマルオがローラに抱えられて空を飛んでいることを失念していた。


 そのマルオが自分の頭にアンデッド図鑑を被せたことに気づき、エルダーリッチは驚いた声を出しながらアンデッド図鑑に吸い込まれていった。


「マルオ、グッジョブ!」


「マルオ、ナイス!」


「ウェーイ!」


 エルダーリッチをテイムしたマルオに成美と晃が駆け寄り、褒められて嬉しくなったマルオが軽いノリで返す。


 誠也達”レッドスター”一番隊も少し遅れてそこに合流する。


「よくやった!」


「チャラいだけじゃないのね!」


「フッ、これが北村ゼミの力ね」


「阿保。お前が威張ってどうする。マルオ君、敵の油断した隙を突いた奇襲は見事だったよ。おめでとう」


「ありがとうございます!」


 その後、マルオはエルダーリッチにポーラと名付けて川崎大師ダンジョンの管理を任せた。


 こうして、日本では史上2人目となる”ダンジョンマスター”のテイムが成し遂げられたのだった。

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