第306話 私はモフラー界の神となる

 同日の午後、藍大の家には2人の客人が来ていた。


「事前に知ってたとはいえ、この組み合わせは珍しいですね」


「いやあ、持つべきものは大学時代のコネですよね」


「コネがなくとも今回の件は無視できないんで連絡されたら来ますとも」


 シャングリラ102号室に来たのは真奈と茂だった。


 先日、藍大は真奈から宝箱を入手したのでお願いしたいことがあるから時間を貰えないかと言われた。


 そのお願いの内容を聞いた時、鑑定士がその場にいた方が良いと判断して藍大が茂を呼んだ。


 これが小規模な北村ゼミOBOG会を開くことになった背景である。


 健太がこの場にいないのはシャングリラダンジョンに挑戦しているからであり、決してハブられているからではない。


 きっとそうに違いない。


 もっとも、OBOG会とはいえ舞やサクラ達従魔もここにいるから健太がいなくてもハブという訳でもないのだが。


「それで、本気なんですか真奈さん? お目当てのアイテムが手に入るようにサクラに宝箱を開けてほしいだなんて」


「本気です。私は弓士の職業技能ジョブスキルを失ってでも従魔が欲しいんです」


職業技能ジョブスキルを変更できるアイテムなんて存在するなら一大事です。見届けさせてもらいますよ」


 真奈のお願いとはサクラに宝箱を開けてもらい、職業技能ジョブスキルを変更するアイテムを引き当ててもらうことだった。


 しかも、変更先の職業技能ジョブスキルは従魔士か調教士を希望するという条件付きだ。


 どうして真奈がサクラに頼みたいと言い出したかと言うと、真奈のモフモフをテイムしたいという欲望を自身の兄を治す奇跡を起こしたサクラなら叶えてくれるという結論を捻り出したからだ。


 ぶっちゃけてしまうならば、<運命支配フェイトイズマイン>を持つサクラがいる時点でそれは実現可能である。


 ただし、サクラが<運命支配フェイトイズマイン>を会得していることを藍大は家族以外誰にも教えていない。


 この事実が広まれば、<超級回復エクストラヒール>を会得していることの秘匿どころではないからだ。


「電話で頼まれた時も伝えましたが、報酬は成功した時に貰うことにします。何が出て来てもどうやって手に入れたかはこの場だけの秘密にして下さい。ちなみに、お目当てのアイテムが手に入った時、いくら報酬としていただけるんですか?」


「1億円出します。私のポケットマネーです」


「ポケットマネーのスケールが違いますね。覚醒の丸薬の50倍じゃないですか」


「金ならある。このセリフ、言ってみたかったんですよね」


「わかりました。それで受けましょう」


「金持ち怖い」


 藍大と真奈のやり取りを聞いて茂の顔が引き攣った。


 茂も”楽園の守り人”係の仕事以外にも鑑定で収入を得ているが、藍大や真奈と比べると月々の稼ぎは大したことがない。


 その上、千春と結婚してマイホームまで買った茂は貯金があまりないので、1億円入ったアタッシュケースをポンと出す真奈に戦慄するのは無理もないことだ。


 サクラはそのやり取りが終わってから宝箱を真奈から受け取った。


「これでリルが追いかけられなくなりますように」


 (サクラ、リルのことを思ってくれてるんだな)


 向付後狼さんに悩まされるリルが安心できるようにと願いを込めて宝箱を開けるサクラを見て、藍大の目頭が熱くなった。


 リルは真奈のことを恐れているものの、その恐怖を和らげるには藍大の撫でてもらうしかないと思って藍大の膝の上に小さくなったまま乗っかっている。


 いつもは藍大がメンタルをやられそうな時に撫でさせるためにいるが、今日に限っては自分が撫でてもらって落ち着くために藍大の膝の上にいるのだ。


 サクラが宝箱を開けた結果、その中には丸薬の入ったフラスコが入っていた。


 ここから先は茂のターンである。


「んじゃ、鑑定しますね・・・。うーわ、マジか」


 茂の顔は鑑定した結果を見て再び引き攣ってしまった。


「茂? 何が出たんだ?」


「転職の丸薬(調教士)。名前の通り調教士に転職できる。しかも、今二次覚醒してるならば覚醒状態は引き継がれるってさ」


「貴女が神か」


「私は主だけの幸運の女神だよ」


 サクラは自分を拝み始めた真奈に対して堂々と応じた。


 一頻り拝んだ後、真奈はアタッシュケースを藍大に差し出した。


「報酬の1億円です。確かめて下さい」


 藍大はアタッシュケースを受け取り、1億円が入っていることを確かめた。


「確かに受け取りました」


「信じられるか? 俺の前ででっけえ取引が行われてるんだぜ」


「茂、これが現実だ」


「知ってるっての。言ってみただけだ」


「あっ、ちゃんと芹江さんにも鑑定代持って来てますから安心して下さい」


「ありがとうございます!」


 臨時収入の存在に茂が歓喜した。


 今のDMUの給料だけでは何かあった時の備えが心許なかったため、真奈からの臨時収入は茂にとって渡りに船だったからだ。


 報酬の受け渡しが終わると、真奈は早速転職の丸薬(調教士)をフラスコから手の平の上に出した。


「私は弓士をやめるよ、リルくぅ~ん!」


『お好きにどうぞ』


「冷たい!? でも、ちゃんとリアクションしてくれるリル君が好き!」


 リルも自分が反応しないと先に進まないだろうと悟り、塩対応だがちゃんと反応してあげた。


 塩対応でもリルが反応してくれることに喜ぶ真奈に対し、藍大がジト目を向けた。


「真奈さん、良いから早く飲んで下さい」


「は~い」


 真奈はリルにボケを拾ってもらえたことを感謝して手の中にある薬を飲み込んだ。


 転職の丸薬(調教士)は真奈の口の中に入ってすぐに溶けてなくなった。


 そして、真奈の頭の中に新たにできるようになったことを理解して笑い出した。


「クックック」


「真奈さん?」


「何やってんのこの人?」


「フハハハハハ」


「あっ、これ最後までやり切るやつだ」


「やれやれ、そういうことか」


「ハーッハッハッハ!」


「ほら、やり切った」


「だな」


「私はモフラー界の神となる」


 悪役のような三段笑いにボケを重ねて披露すると、真奈は妙にスッキリした表情だった。


 いつの間にか真奈の手元にはビースト図鑑が現れており、そのことからも真奈が調教士に転職しているのは明らかである。


 茂は真奈が転職したのだろうと思っても自分の目で確かめてみたかったので、頭を切り替えて真奈に話しかけた。


「真奈さん、失礼を承知でお願いします。真奈さんを鑑定させてもらえないでしょうか? 転職した人の能力値がどうなったかも知りたいんです」


「構いませんよ。私も気になってましたから。もしも能力値がそのままだったとしたら、努力次第で弓も多少は使えるでしょうしね」


「ありがとうございます。それでは失礼します」


 真奈が自分の申し出を承諾してくれたので、茂は真奈を鑑定した。


 その鑑定結果には藍大もとても興味があったため、言葉には出さないが勿体ぶらずに教えてほしいと思った。


 それはその場でおとなしく成り行きを見守っていた舞も同じだったらしい。


「芹江さん、どうだった?」


「驚くことに能力値は落ちてない。おそらく転職前後で変わってないはず。真奈さん、怠さとか感じますか?」


「感じません。つまり、職業技能ジョブスキルの補正はなくなっても素人よりはマシに弓が扱えそうですね」


「なん・・・だと・・・」


 てっきり職業技能ジョブスキルに引っ張られて能力値が変化すると思っていたから、真奈が貧弱な能力値にならなかったことに藍大は驚きを隠せなかった。


 自分の力だけでも戦える真奈という存在は藍大にとって羨ましかったからである。


 それを察した舞とサクラ、リルが藍大を元気づける。


「大丈夫だよ、藍大。藍大のことは私達が守ってあげるからね」


「そうだよ主。どんなことが起きても主とお腹の子は守る」


『僕もご主人のために頑張るよ』


「ありがとな・・・」


「良いなー。リル君に心配してもらえる逢魔さん良いなー」


 自由かと真奈にツッコむ者はこの場にはいなかった。


 茂も藍大程ではないが鑑定結果に驚いていたからである。


 藍大がショックから立ち直ると口を開いた。


「失礼しました」


「良いんです。私の転職はチートみたいなものですし」


 それを言うなら藍大の方がチートである。


 ゲンの<超級鎧化エクストラアーマーアウト>によって防御面では盾役タンクを担う冒険者よりもVITの数値が高く、ゲンの保有するアビリティまで使えるのだから。


 勿論、使いこなせるように練習はしっかりしているが、藍大と真奈のどちらがチートかと訊かれればまず間違いなく藍大と答えるべきだろう。


「いえいえ。今までの努力がチャラにならずに良かったと思います」


「そう言ってもらえると嬉しいです。ところで逢魔さん」


「なんでしょうか?」


「もう一つだけお願いがあるのですが」


 藍大はそう切り出した真奈の顔を見て何かとんでもないことを言うのだろうなと感じ取った。

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