第290話 居酒屋でバイト経験あったりする?

 午後2時過ぎに成美がキャサリンとリーアムをシャングリラに連れて来た。


 成美は2人を紹介する手前、”迷宮の狩り人”のクランハウスでの作業を一時中断して付き添うつもりだ。


 102号室では藍大とサクラ、リルが待ち受ける。


 当然、万が一に備えてゲンに<超級鎧化エクストラアーマーアウト>を使ってもらっている。


 舞も留学生2人に会ってみたいと言ったのだが、リーアムはさておきキャサリンがどのように出て来るかわからないので寝室にいてもらうことにした。


 その間、舞は幼女トリオとブラド、ミオと一緒に時間を潰すことになる。


「ようこそシャングリラへ。俺が”楽園の守り人”のクランマスター、逢魔藍大だ」


「私は第二婦人の逢魔サクラ」


『僕はリルだよ』


「ぐはっ!?」


「リーアム!? どうしたの!?」


 いきなり苦しみ出したリーアムを見て、成美は何があったのか訊ねた。


「あぁ、ごめん。リル君があまりにも愛らしくてキュン死しそうだっただけ」


「あっ、そう」


『ご主人、この人もヤバいよ。僕の天敵に匹敵するモフラーだよ』


「俺もそー思う」


 自分の身の危険を感じると、リルは小さくなって藍大の肩の上に移動した。


 藍大も今のリーアムの言動を見てリルと同意見だった。


「何やってんのよ。まずは私から自己紹介させてもらいます。私はキャサリン=エルセデスです。職業技能ジョブスキルは騎士です。愚兄の伸び切った鼻をへし折ってくれてありがとうございました」


「・・・え?」


 キャサリンの発言が完全に予想外だったので、藍大は目を丸くした。


「何か私の日本語が変でしたか? イキってる愚兄のプライドを完膚なきまでにぶちのめしてくれてありがとうございました」


「キャサリンさん、お兄さんのこと嫌いなの?」


「シュールストレミングの臭さよりも嫌いです」


「臭いを嗅いだことあるんだ?」


「悪戯好きの同級生に寝起きドッキリで嗅がされました。その後それをそいつの鼻に擦り付けてから無理矢理口の中にツッコみ、飲み込ませてから土下座させて謝らせましたが」


 (ヤバい人来ちゃったぁぁぁぁぁ!)


 寝起きドッキリでシュールストレミングを嗅がされるという地獄も想像できないが、キャサリンがやられたら倍返しどころかそれ以上やり返すので藍大はキャサリンを危険人物認定した。


「それは恐ろしい経験をしたね」


「はい。ですが、愚兄が存在することよりはマシです」


「言いたくなかったら言わなくて良いけど、なんでそんなにお兄さんが嫌いなの?」


「愚兄は女の敵だからです。いつも女をとっかえひっかえして年中発情期の猿も同然でした。私が隣の部屋にいるのをわかってて女を連れ込むとか信じられません」


「サクラの<魅了眼チャームアイ>にコロッと引っ掛かったのは本人の資質もあってのことだったのか」


「主、あそこまでかかりやすい人はオークぐらい」


「オークは人じゃないんだよなぁ」


 哀れランスロット。


 サクラにオークと同等の性欲の持ち主であると断言された。


 ”色欲の女王”が言うのだから間違いないだろう。


「とりあえず、私は逢魔さん達に感謝してます。国際会議で無様に負けたことで、愚兄は勇者じゃなくて煩悩騎士と言われるようになりました。愚兄がどの女からも見捨てられたのはとても滑稽です今は汚名返上のために真面目に冒険者活動をするしかなくなり、その様子を見て私はとても気分が良いです」


「そ、それは良かったね」


 ランスロットがボロクソ言われて真面目になったことを喜ぶあたり、キャサリンはかなり兄への不満が溜まっていたのだろう。


 とても良い笑顔で自分の兄の不幸で気分が良いと言い切るとは恐ろしいものである。


 キャサリン以外のその場にいる全員がドン引きしたのは言うまでもない。


 微妙な空気を仕切り直すべく、リーアムが咳払いしてから自己紹介を始めた。


「自己紹介が遅れてすみません。僕はリーアム=ディオンです。職業技能ジョブスキルは調教士で獣型モンスターをテイムしてモフモフ王国を作るのが今の目標です」


 (キャサリンのせいで一瞬忘れてたけどこいつもヤバいんだった)


 今もリーアムの視線は藍大ではなくリルに向いている。


 リルは目を合わせたら駄目だと思い、プイと首を振って藍大の顔を見た。


 それがリルのSOSだと判断し、藍大はリーアムの意識がリルから逸れるように動くことにした。


「獣型モンスター専用の従魔士みたいなものだよな。どんな従魔をテイムしたのか見せてもらえるか?」


「はい喜んで!」


 (居酒屋でバイト経験あったりする?)


 そんなツッコミが頭に浮かんだものの、藍大はそれを口に出さずにシャングリラの外へと移動した。


 リーアムは外に出てすぐに通行の邪魔にならぬように気をつけてモンスターを召喚し始めた。


「【召喚サモン:ソード】【召喚サモン:ニンジャ】【召喚サモン:タンク】【召喚サモン:ヒーラー】」


 リーアムが召喚した4体は成美が昨日見たソードとニンジャに加え、毛皮からメタリックな鎧が生えた四本腕の熊と額に赤い宝石がくっついた猿だ。


「スラッシュタイガーとヴォーパルバニー、クロスアームドベア、カーバンクルか。頑張れば潰せるダンジョンだってあるんじゃないか?」


「ダンジョンを潰すだなんてとんでもない!」


「どうしてだ? 今のままだと数が多過ぎて手に負えないだろ?」


「未知のモフモフとの出会いが損なわれてしまうかもしれないじゃないですか!」


「あっ、はい」


 リーアムの何を当たり前のことをと言わんばかりの勢いに対し、藍大は本人がそれで良いなら好きにさせようと頷いた。


 リーアムがモフモフについて語り始めたため、藍大はリーアムの4体の従魔を順番にモンスター図鑑で調べて時間を潰した。


 (前衛と遊撃、盾役、回復か。後衛がいたらばっちりだな)


 前衛はスラッシュタイガーのソード。


 遊撃はヴォーパルバニーのニンジャ。


 盾役はクロスアームドベアのタンク。


 回復はカーバンクルのヒーラー。


 近接~中距離までの戦闘ならば問題ないだろうが、遠距離攻撃で挑まねばならないモンスターと対峙した時に攻め手に困るかもしれない。


 藍大はそのように判断した。


「逢魔さん、聞いてますか!?」


「すまん、聞き流してた。それよりもリーアム、日本に留学してる間に魔法系アビリティを使える獣型モンスターをテイムしとけよ。そうすればもっと戦闘が安定するはずだ」


「なんだ、話を聞いてくれてたじゃないですか。僕がどんなモンスターをテイムすれば良いかアドバイスしてほしいって頼んだんですよ」


 (完全に偶然だったけどまあ良いか)


 藍大が聞き流していたのは事実だが、リーアム的には望んでいた答えが返って来たから問題ない。


 そう思って藍大は思考を切り替えた。


「そうだったな。太宰府ダンジョンなら獣型モンスターもそこそこ多い。観光がてら行ってみたらどうだ? 留学が本格的に始まるのは4月からなんだろ?」


「そうですね。富士山ダンジョンも気になりますが太宰府ダンジョンも気になってきました。飛行機が取れたら行ってみます」


 リーアムはスマホで飛行機の予約ができるか確認し、丁度良い便があったのを見つけて予約した。


「できました。明日行ってきます」


「行動が速いな」


「思い立ったが吉日です!」


「それは言えてる」


 リーアムの言い分には頷けるものがあったから藍大も賛同した。


「逢魔さん、サクラさんとリル君、ドライザーさん以外の従魔も見せてほしいです」


「リーアム君だけに見せてもらうのも悪いもんな。ちょっと待っててくれ」


 藍大は102号室に向かい、寝室にいたメンバー全員を連れて戻って来た。


 舞を連れて来る必要はなかったが、仲間外れにするのは良くないと思って連れて来たのだ。


「幼女キタ! 幼女キタ! 幼女キタァァァァァ!」


 幼女トリオを目にした瞬間、リーアムが暴走し始めた。


「リーアム、はっきり言ってキモいわ」


「何を言ってるんだキャサリン! 日本のオタク文化において幼女とは欠かせない要素じゃないか!」


「そんなの知らないわよ」


 (モフラーに加えてロリコン要素が加わるとか重症だな)


 藍大はリーアムへの警戒度合いを1段階引き上げた。


 ゴルゴン達もこの人ヤバい人だと理解して藍大の後ろに隠れた。


「マスター、あの人からヤバい臭いがするわっ」


「犯罪に走らないか心配です」


『|д゚)』


「Fantastic! 小学生は最高だぜ!」


「ゴルゴン達は小学生じゃないから落ち着け」


「私とペアの留学生、今からでもチェンジできないかしら」


 今だけはキャサリンに同情せざるを得なかった。


 この後もドライザーが空から見張りする姿を見て興奮したり、時間差でミオをモフらせてほしいと頼んだりリーアムは自由だった。


 キャサリンとリーアムが帰った後、藍大達がぐったりしていたのは言うまでもない。


 なんにせよ藍大達の長い1日が終わった。

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