第289話 縫います縫います! 私、超縫います!

 金曜日の朝、藍大は”迷宮の狩り人”の立ち上げに立ち会うためにそのクランハウスに行った。


 今日のお供はサクラとリル、ゲンである。


 もっとも、ゲンはいつも通り<超級鎧化エクストラアーマーアウト>で藍大に移動を任せているのだが。


 成美達"迷宮の狩り人"がクランハウスに到着すると、クランマスターの成美が代表して藍大に声をかけた。


「逢魔さん、朝から立ち上げに付き合っていただきありがとうございます」


「「「「「ありがとうございます!」」」」」


「別に構わないよ。言うても隣だし、大家として”迷宮の狩り人”のメンバーも気になったから」


「早速ですが、新メンバーを紹介しても良いでしょうか?」


「頼む」


 藍大が頷くのを見て成美は綾香に視線で合図を送った。


「初めまして。私は進藤綾香と申します。職業技能ジョブスキルは調理士で成美の高校の時からの友人です。『Let's eat モンスター!』のハンバーガーとオムライスの回はとても楽しく拝見させていただきました! お時間がある時に料理の話を聞かせて下さい! よろしくお願いします!」


 (料理のことになるとスイッチ入る系女子か。理解した)


「『Let's eat モンスター!』の読者だったのか。暇な時で良ければ料理の話をしよう。こっちは本職じゃないから食材と調理器具に助けられてる所が大きいけど」


「ありがとうございます!」


 綾香は藍大から時間を取ってもらえると聞いて幸せオーラ全開だった。


 自己紹介すべき者がまだ2人残っているので、成美が綾香の隣に立つ眼鏡をかけた青年に視線で合図した。


「初めまして。僕は薬師寺研と言います。職業技能ジョブスキルは薬士です。姉がいつもお世話になっております」


「薬師寺さんの弟なの?」


「はい。姉に昨日”迷宮の狩り人”に合格したって電話したんですけど、繋がらずにメッセージで伝えました。その様子からして話は通ってなさそうですね。多分、研究し甲斐のある素材を手に入れてスマホを放置してたんだと思いますが」


(・・・すまん。多分、アジ・ダハーカの素材のせいだわ)


 藍大には心当たりがあったので心の中で苦笑した。


 水曜日の夕方にアジ・ダハーカの素材を渡したところ、奈美は創作意欲が滾ってしまった。


 昨日は事務作業をすることもなく、ひたすら薬品作りに時間を費やしていたのでスマホを見ていなかったようだ。


 姉弟ともなるとその辺りについても理解があるらしく、ずばり研の言った通りだった。


「逢魔さん、こいつの渾名は薬研やげんなんです。メンバーで唯一の理系キャンパス通いですよ」


 マルオが補足情報を入れる。


「その渾名はマルオが付けたの?」


「正解です! 俺ってば初めて名前を聞いた時にピカンと閃きました!」


「上手いこと考えられました。言われて初めて気が付きましたよ」


 研は柔らかい笑みを浮かべて言うことから、マルオに付けられた渾名をそこそこ気にっているらしい。


 2人目の自己紹介が終わると、最後の1人が口を開いた。


「初めまして。梶詩織です。裁縫士です。兄がいつもシャングリラ産の素材を喜んで扱わせていただいております!」


 (梶って誰だ? 俺の知り合いに梶って人はいなかったはずだが・・・)


 一瞬詩織が誰のことを言っているのかわからず、藍大は冒険者になってから今までに関わりのあった人を思い浮かべた。


 名前を知っている知り合いで該当者がいなくて藍大が困っていると、晃が詩織の説明を補足した。


「逢魔さん、梶さんのお兄さんはDMUの職人班にいるんです」


「なるほど、そういうことか」


 藍大は晃の説明で合点がいってポンと手を打った。


「言葉足らずで失礼しました! 兄はシャングリラ産の素材を扱えていつも楽しそうにしてます!」


「そりゃ良かった。直接の面識はないけどこちらこそ職人班の方々にはいつもお世話になってるよ。よろしく言っといて」


「はい!」


 緊張して言葉が足りなくなっていたが、藍大に言いたいことが伝わって詩織はホッとしていた。


「以上3名と私達のパーティー3名で構成する”迷宮の狩り人”が本日からお世話になります。改めてよろしくお願いします」


「こちらこそよろしく。俺のことはみんな知ってるみたいだけど念のため自己紹介だ。”楽園の守り人”のクランマスターの逢魔藍大だ。困ったことがあったら遠慮なく言ってくれ」


「私は第二婦人の逢魔サクラ。よろしく」


『僕はリルだよ。よろしくね』


「「「「「「よろしくお願いします!」」」」」」


 クランハウスを借りる身として、成美達は礼儀正しく挨拶した。


 ちなみに、成美達が使う貸家はシャングリラ別館という名前で登録されている。


 この名前にしたのは”迷宮の狩り人”が”楽園の守り人”の兄弟クランであることを対外的にアピールするためだ。


 ”迷宮の狩り人”は学生冒険者だけで構成されるから与し易いと考えられている。


 実際のところ、成美達が戦闘でBランクだから有象無象が相手なら返り討ちにされる。


 それをわからずに難癖をつけようとしても魔王様信者が排除に動くのだが、彼等だって万能ではないし自身の食い扶持を稼ぐために活動する必要がある。


 彼等がいつでも対応できる訳ではないのだ。


 魔王様信者に頼り続けるのはいかがなものかと考え、藍大は隣の家シャングリラ別館と名付けて”迷宮の狩り人”に手を出すなと警告した訳である。


 藍大達は挨拶が済んでからシャングリラ別館に入った。


 そして、藍大はリビングにあるテーブルの上に2級ポーション6本と肉、フラスコ、糸を収納袋から取り出して置いた。


 この収納袋は国際会議でC国DMUの工作班から奪い取った物だ。


 それを公言しているので、収納リュックとは違って堂々と使えるので収納リュックのフェイクに使っている。


「クラン結成祝いだ。上手く使ってくれ」


「良いんですか!?」


「アイエエエ!? ポーション!? ポーションナンデ!?」


「ありがとうございます。マルオ、煩い」


 成美は普通に驚いたが、マルオはボケに走らないと気が済まなかったらしい。


 晃は冷静に藍大にお礼を言ってからマルオに注意した。


 綾香と研、詩織は予想外のプレゼントに固まっている。


 晃が冷静なのは藍大が関わる大抵の予想外をさすまおの四文字で許容しているからだ。


 母親を治療してもらったあの日から、晃は藍大なら何をしても信じられるようになっている。


 マルオの反応は大袈裟ではあるものの、驚いているという点では成美や新人3人と変わらず妥当なものだ。


 成美達はクランハウスを借りるためにコツコツと稼いできたので、買ったとしてもせいぜいが4級ポーションだった。


 それが3級ポーションを通り越して2級ポーションを貰ったとしたら、驚かない方が珍しいのではないだろうか。


「お祝いだからな。クラン結成して早々無茶はしないだろうけど、スタンピードに巻き込まれたり急に格上の”掃除屋”に襲われる可能性だってある。そういう時の備えに持っとけ」


「・・・ありがとうございます。晃、保管しといて」


「了解」


 成美に頼まれた晃がカードの中に2級ポーションを収納した。


 正気に戻った綾香が藍大に訊ねる。


「逢魔さん、このお肉はもしかしてレッドブルでしょうか?」


「流石調理士だな。見てわかったんだ?」


「月見商店街で取り扱ってる牛肉ではかなり高い部類ですから買ったことはありません。いつか買って料理に使ってみたいと思ってました。そんなお肉を貰えて感激です!」


「うん、喜んでもらえて良かった」


 綾香が早口になる程喜んでくれて藍大は嬉しかった。


 (千春さんや戦う料理人の領域に至るまでは時間がかかるだろうけど頑張れ)


 何を作るか悩んでいるらしく、綾香は自分の世界に入り込んでブツブツ言い始めた。


「逢魔さん、そのフラスコってバトロックアームから作った物ですか?」


「正解。大抵の薬品に負けて融け出さないからしばらくはこれでフラスコ代が浮くはずだ」


「感激です! ありがとうございます!」


 研にはシャングリラ産の素材を何か1つ渡すよりも備品をプレゼントした方が良いと判断し、壊れにくいフラスコを渡した。


 奈美が過去にDMUの職人班に作ってもらった余りを弟の研にも与えたのだ。


「お、逢魔さん、この糸ってシルクモスの糸ですよね!? ありがとうございます!」


「その通り。普通の絹よりも高いから学生だと手が出せないかと思ってね」


「縫います縫います! 私、超縫います!」


 (超縫うってどんだけ縫うんだろ?)


 詩織の珍妙な発言に内心困った笑みを浮かべたが、藍大は喜んでもらえたならそれで良いやと思うことにした。


 クラン結成の立ち合いも終わると、午後の来客に備えて藍大達はシャングリラに戻った。

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