第287話 清濁併せ吞むことが社会で生き残る上では必要なんだ

 時は藍大達がシャングリラダンジョンの探索を始める少し前まで遡る。


 今日の午前中、池上ビジネスコーディネーション部長が息子と甥を連れてシャングリラに突撃し、ドライザーに返り討ちにされたことは掲示板で拡散された。


 彼女がシャングリラに押しかけた理由は成美達が原因であり、成美達に自分の息がかかった不動産屋の物件を紹介して紹介料を貰うつもりだったらしい。


 前途有望な成美達と繋ぎができると言って要求する紹介料の額は高かった分、それが得られないとわかってブチ切れた訳だ。


 DMU本部に到着した頃に目を覚ました彼女は、トラックで運ばれたことについて茂に文句を言ったが、掲示板で炎上していることを伝えると再び気絶した。


 この一件で池上ビジネスコーディネーション部長は著しくDMUに悪影響を及ぼしたと判断し、潤は彼女を降任の処分とした。


 しかし、それでは彼女のプライドが許さなかったらしく、自ら辞職する旨を申し出てDMUを去っていった。


 それらの流れが終わってようやく茂と潤はDMU本部長室で一息ついた訳である。


「老害四天王をまた1人排除できたのは良いけどさ、毎度毎度炎上した後の飛び火が酷いんだよね」


「そりゃそうだろ。なんで老害を要職に就かせた本部長が無傷でいられるんだって思うのは当然だ」


「ねえ、父さんが職を失うかもしれないのに酷くない?」


「別に。全然。これっぽっちも。俺に無理難題を押し付けた報いだと言ってやりたいくらいだ」


「今日はいつもよりも毒を吐くじゃないか」


「こっちもあのババアに色々言われてイラついてるんでね」


 茂は今日、池上が辞任するまでの間に彼女と話した時間は極めて無駄だったと考えている。


 一度過ぎた時間を取り戻せないのは常識だが、存在自体がストレスである池上と関わったことで時間を失ったことは茂にとって不愉快で仕方ない。


 今日だけで去年彼女との関わった時間の合計よりも長く関わってしまったため、とにかく不愉快なのだ。


 そんな不快感を抱いた状態で少なくない頻度でふざけたことを言ってのける父親と話すのだから、今の茂が毒を吐きたくなるのも頷ける。


「悪かったよ。でも、茂は”楽園の守り人”係だろ? あのおばさんを放置してたら藍大君達が酷い目に遭ったかもしれない。そうしたら、DMUとはやってられないって思って素材も情報も貰えなくなるかもしれないじゃないか」


「結果論に過ぎないけど放置でもどうにかなった。馬鹿息子とその従兄弟がドライザーに挑んで返り討ちにされ、あのババアは次は自分がやられるって思って気絶した。俺が到着したのはその後だったし、ただの関わり損じゃねえか」


「ドライザーを相手に武器を取り上げようとしたってところが面白いよね。どういう思考回路になればCランクがSランクの従魔を武装解除できると思ったんだか」


「そりゃ馬鹿だからだろ」


「馬鹿だからだね」


 茂の言い分に潤は首を縦に振った。


「あのババアの後任はちゃんとした人なんだろうな?」


「ビジネスコーディネーション部第二課長を部長に昇進させることにしたよ」


「あのババアに結構ガミガミ言われてた人か。あの人もよく今まで耐えたもんだ」


「彼女は元々仕事ができるし、軸もブレなくて鋼のメンタルなのがポイント高い」


「なるほど」


 ビジネスコーディネーション部には第一課と第二課に分かれている。


 第一課は主に企業と冒険者が交流する企画を担当する課だ。


 第二課は無所属冒険者同士のコミュニティ形成、中小クラン同士の合併の支援を担当する課だ。


 第一課長は風見鶏のような男性であり、上手く取り入りつつも一定の距離を取っているから上がコケても自分に被害が来ないようにしていた。


 第二課長は仕事ができる女性だが、池上元ビジネスコーディネーション部長と違って自己の利益だけを重視せずにステークホルダーを大切にして行動できる。


 どちらを昇進させるか考えた時、潤は軸がブレない第二課長を選択した。


「そう言えばさ、シャングリラの隣の老夫婦が引っ越した件もあのおばさんが絡んでたことがわかった」


「どゆこと?」


「老夫婦の息子があのおばさんとコネがある企業に勤めてたんだ。それで、あることないこと言って不安を募らせて老夫婦を引き取るなら資金援助するって言って引っ越させたみたい」


「なんでそんなことしたんだ?」


 茂の疑問は当然のことである。


 わざわざ藍大を刺激するようなことをする意味がわからなかったのだ。


「シャングリラの隣の家を買い取って自分の息子と甥の拠点にさせようとしてたらしい。まあ、老夫婦の持ち家だったから藍大君が老夫婦と先に話を付けて家を買い取っちゃったから無駄だったんだけどね」


「藍大もよくわからん奴が隣人になるのは避けたかったって言ってたな。1月の襲撃を受けてから敵は国内だけとも限らないって思ったみたいだし」


「そりゃそうだろうね。その結果、茂の後輩の子達が拠点として借りることになったんだろ?」


「そうらしい。すぐに学生だけのクランを発足するってよ」


「そうか・・・」


「何か気になることでも?」


 潤が考え込む素振りを見せるものだから、茂も不安になって何を考えているのか訊ねた。


「いやね、国際会議の後に日本に学生冒険者の留学を希望する国がいくつかあって、C大学も留学先の1つに選ばれてるんだ。4月からC大生になるから、もしかしたら後輩の子達と既に遭遇してるかも」


「マジか」


「マジだね。ちょっと待っててくれ。あぁ、これこれ。このリストにある2人がC大学に留学生として来るよ」


 潤はデスクの引き出しから目当てのリストを引っ張り出し、それを茂に手渡した。


 そのリストにはE国人とCN国人の名前が書かれていた。


 E国人はキャサリン=エルセデス。


 CN国人はリーアム=ディオン。


 キャサリンは国際会議の模擬戦でサクラとリルにボロ負けしたランスロットの妹であり、職業技能ジョブスキルは兄と同じく騎士の20歳だ。


 リーアムはCN国の仕事人の弟であり、職業技能ジョブスキルは調教士の19歳である。


「これ大丈夫か? どっちもシャングリラに押しかける気しかしないんだが」


 茂がそう思うのも仕方のないことだろう。


 キャサリンからすれば、藍大は兄を国際社会の笑い者にされた張本人だ。


 兄の復讐という名目で藍大に迷惑を掛けそうな気がしてならない。


 リーアムは藍大の従魔士の下位互換である調教士だ。


 獣型モンスターのテイムで色々とノウハウを訊き出そうとシャングリラに向かうことは容易に想像できる。


「急に押しかけたりはしないんじゃないかな? エルセデスさんもディオンさんも国を代表して来てる訳だし。ここでやらかせば国の問題に発展するからキツく言われてると思うよ」


「世の中には知性インテリジェンスが足りねえ行動する奴もいるんだ」


「老害みたいに?」


「そうそう」


 人間には物を考える知性が備わっている。


 しかし、欲求もまた人間に元々備わっている。


 老害程までとは言わなくとも、自己の欲求を叶えることを強く求め過ぎて他人に迷惑をかける者が後を絶たない。


 そんな世の中だから国にキツく言われたから大丈夫ではなく、自分の目的のために動いてしまう可能性を茂は否定できなかった。


「まあどうにかなるよ。仮にやらかしても藍大君ならどうとでもしてくれるだろうし、その後E国とCN国に落とし前を付けてもらえば良いんだし」


「黒っ! 腹黒いこと考えてやがる! それに巻き込まれる俺と藍大達のことをなんも考えてねえ!」


「清濁併せ吞むことが社会で生き残る上では必要なんだ」


「そんな現実聞きたくなかった!」


「濁ばかりなのが老害だから。ここポイント」


「自分には清があるとでも?」


「今日の茂は本当によく毒を吐くねぇ」


 流石に茂に毒を吐かれ続ければ潤のメンタルも無事じゃいられないようだ。


 潤は茂にズバズバと言われて苦笑いしている。


「自分に清らかな面があるって自分から言う奴は碌なもんじゃないってことは言っておきたい」


「ぐうの音も出ないね」


 潤にも心当たりがあったのか言い返したりしなかった。


「とりあえず、今日の報告は終わりだ。これで失礼する」


「うん。お疲れ。体調が悪かったら早上がりしても良いんだからね?」


「マジでヤバかったらそうする」


 茂は本部長室から出て自分の仕事部屋へと移動した。


 仕事部屋には千春がいた。


「あれ、千春さんどうしたの?」


「茂君がお昼まだだと思ったから、休憩時間ずらして一緒に食べようと思って待ってたの。はい、これお弁当」


「ありがとうございます。千春さんマジ天使です」


「色々大変だったって聞いてるよ。おいで~」


「・・・ちょっとだけ失礼します」


 千春がいつでもハグOKの体勢で待っているので、茂は千春と少しの間ハグして今日溜め込んだストレスが解消されていくのを感じた。


 自分の心が軽くなるのを感じ、茂は改めて千春の存在は大きいと思うのだった。

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