第284話 おーい茂、本音駄々洩れだぞー

 翌日の水曜日の朝、藍大がシャングリラダンジョンに出かけようとした瞬間に茂から電話がかかって来た。


『藍大、おはよう。急ですまんが今日はまだ誰もシャングリラに来てないか?』


「来てないけどどーした? トラブル発生?」


『すまん、老害四天王の紅一点がそっちに向かっちまった』


「うへぇ・・・。誰だよそいつ。居留守ダンジョン探索中使っておけ?」


『居留守をしても日を改めてやって来るだけだ。そっちに行ったのは池上ビジネスコーディネーション部長。冒険者と企業のマッチングを仲立ちする部署のトップだ。去年、老害四天王が藍大達をマッチングパーティーに誘おうとした件があったろ? その首謀者のババアがそっち行った』


「なんで?」


 藍大の疑問はもっともである。


 今まで一度も会ったことがない相手にノンアポで来られる理由がわからないのは当然だろう。


『昨日、笛吹さん達がシャングリラの隣の家を借りに来ただろ? 多分それが原因だ』


「なんで?」


 今度は原因が成美達に家を貸したことだと聞き、藍大はなんでそれが老害を召喚することに繋がるのか訊ねた。


『すまん、そこまではわからん。俺も朝一ですれ違った時にお前が入れ知恵したのかって問い詰められた。言いたいことだけ言って直談判してやるとか言ってDMU本部を出てったから多分そっちにババアが行く』


「茂の入れ知恵って何?」


『詳しくはわからん。あのババア、話が一気に飛躍して自分のペースに持ち込むから今何話してるのかわかんなくなる。あのババア曰く、俺はDMUの利益を減らす害悪らしい』


「へー。じゃあそのババア来たらシャングリラ産の素材の取引を一時的に打ち切るって言ってみる? 黙るんじゃね?」


『効果ありそうだけど勘弁してくれ。職人班の仕事部屋がお通夜ムードになる』


 DMUの職人班はシャングリラダンジョンで手に入る素材が届くのを楽しみにしている。


 他のダンジョンのありふれた素材と違い、流通量が限られている素材を扱うのは職人班としてとても貴重な機会だから皆が素材の到着を待ち望んでいる。


 その供給が止まろうものなら何を楽しみに仕事をすれば良いんだと絶望するかもしれない。


 職人班の生産性が一気に落ちる事態は避けたいから、茂は割と本気で勘弁してほしいと言った。


 その時、ピンポーンと102号室のインターホンが鳴った。


「すまん、誰か来たから電話切る。池上ってババアがどうなるかは知らん。じゃあな」


『ちょっ、今向かっ』


 藍大は茂が喋っている途中で電話を切り、誰が102号室の前にいるのかインターホンのモニターで確かめた。


 画面に映ってるのは司だった。


 それを確認した藍大は玄関のドアを開けた。


「藍大、シャングリラの入口が大変なことになってる」


「大変なこと? DMUのお偉いさんでも来た?」


「なんでわかったの?」


「茂から連絡があった」


「なるほど。とりあえず、事故現場を見てほしい」


「事故現場ってなんだよ・・・」


 既に何か起きた後のように司が言うものだから、司に連れられて藍大はサクラとリルと一緒に102号から外に出た。


 藍大達がシャングリラの入口に移動すると、スーツ姿の男性2人とスカート丈の短いおばさんが気絶していた。


 その近くでドライザーと麗奈、リュカ、マージが困った表情で待っていた。


「ドライザー、何があったんだ?」


『ボス、男2人は襲いかかられたから返り討ちにした。女は勝手に気絶した』


「えぇ・・・。襲って来た理由とか言ってたか?」


『その女の前で武装した者がいるのが不敬と言ってた。武器を取り上げようとしたから躱した。こいつら尻尾にぶつかって倒れた。女の方見たら女が泡拭いて倒れた』


「うん。会話が成立しなかったことがよくわかった」


 ここで麗奈が話に加わった。


「藍大、魔王様信者が掲示板でその時のやり取りをアップしてるわ。安定の炎上中。ほら」


「・・・仕事速いな。つーか信者いつも近くにいんのかよ」


 麗奈からスマホで見せられた掲示板は確かに炎上しており、池上ビジネスコーディネーション部長が滅茶苦茶叩かれていた。


 (これは辞職ルート入ったかな)


 そんなことを思っていると、DMU運輸のトラックがシャングリラの前に停まった。


「あっ、今度こそ私達が待ってた物が来たわ」


 どうやら麗奈達はDMU運輸から受け取る者があったらしい。


 運転手が降りて段ボールを取り出すと、麗奈も司もそれを受け取りに行く。


 その間に茂がトラックの助手席から降りて来て、倒れている3人に目をやった。


「ざまぁ・・・、じゃない。誰がこれを?」


「おーい茂、本音駄々洩れだぞー」


「うっかりした。それで、これは誰がやったんだ?」


「ドライザーだ。そこの男2人がドライザーの武器を奪おうと襲って来て、それを躱したドライザーの尻尾にぶつかって気絶したんだってさ。そこのお偉いさんは次は自分だと思って気絶したっぽい」


「悲しい事故だよね。ちなみに、掲示板が炎上してるのは知ってた?」


「えっ、マジ? 藍大との電話の後で鑑定の応援を頼まれて掲示板見れなかったんだよな」


 司に言われて茂はスマホから掲示板にある該当のスレッドを確認した。


 そのスレッドにアップされていた動画を見終えると、茂の顔が引き攣っていた。


「感想をどうぞ」


「これは酷い。自分達がルールだと言わんばかりの態度からの瞬殺は恥晒しとしか言えない。この黒スーツ2人って部長の息子と甥なんだ。戦闘でCランクらしいけどこれは酷い」


「老害四天王の血縁ってイキって人生転落するのがお家芸なの?」


「否定できねえんだよなぁ。というか炎上させるのに部長の部下も加担してるっぽい」


「部下に嫌われてるとかウケる」


 藍大と茂がそんな話をしていると、DMU運輸の運転手が荷物を司と麗奈に渡し終えてから茂に話しかける。


「芹江さん、どうします? この3人コンテナに積みます? 幸い今は荷物が入ってませんし」


「ブフッ」


 運転手の発言に藍大は吹き出してしまった。


 池上ビジネスコーディネーション部長withCランクズはタクシーでシャングリラまで来たらしく、ここまで乗せて来たタクシーはとっくにこの場を去っているから移動手段がない。


 気絶している3人を放置する訳にもいかず、DMU本部に連行するならトラックのコンテナに積み込むしかない。


 運転手は真面目に言っているのだが、コンテナの中に積み込まれた3人の姿を想像した藍大は堪えられずに吹き出してしまった訳だ。


「笑うなよ藍大。すみません、積んじゃって下さい」


「悪い。積むのは任せてくれ。サクラ、その3人をトラックのコンテナに頼む」


「は~い」


 サクラは<透明多腕クリアアームズ>を使って気絶した3人をコンテナへと動かした。


 コンテナの前まではゆっくりと動かされていたが、サクラはコンテナの中に入れる時だけポイッとごみを捨てるように放り込んだ。


「サクラ?」


「手が滑っちゃった」


「そっか。手が滑っちゃうことは誰でもあるよな」


「あるある」


 なんという茶番であろうか。


 だが、その場にいる誰もサクラを咎めなかったのは自滅した老害達に慈悲はないと考えているからだろう。


「とりあえず、老害達は引き取る。今日明日でどうなるかわかるはずだ。巻き込んで悪かったな」


「そう思うならこっちに来させないでほしいけどな」


「無茶言うなって。老害四天王は独自の理論武装をして好き勝手する連中なんだ。こうやって泳がせて尻尾を出させるのが最終的には一番効率良く排除できる」


「茂も小父さんに似て腹黒くなったもんだ」


「おい止めろ。マジ止めろ。絶対止めろ」


 藍大の発言に茂がそれだけは勘弁してくれと訴えた。


 余程自分の父親と同類にされたくないようである。


 その後、老害達がこの場で目を覚ましても面倒だから茂と運転手がトラックに乗り込んでDMUへと帰っていった。


 トラックを見送った後、藍大は司と麗奈に訊ねた。


「司と麗奈は何を届けてもらったんだ?」


「僕はカトブレパスの革製グローブ」


「私はカトブレパスの皮を使ったブーツ」


「なるほど。ヘカトンケイルは倒せそうか?」


「もう少しで倒せる糸口が見つかりそう」


「腕の数が多過ぎるのよね。こっちは2本しか腕がないってのに」


「ヘカトンケイルは俺達が倒した時も全員で戦ったもんなぁ」


 藍大はヘカトンケイル戦を思い出して遠い目をした。


 あの日は舞もサクラも寝かせてくれなかったと戦闘とは関係ないことを思い出して遠い目になったのだ。


「藍大、大丈夫?」


「大丈夫だ。それよりも司達も頑張れよ」


『リュカも頑張るんだよ』


「わかったわ!」


 リルに声を掛けられたリュカはやる気スイッチがONになった。


 司達がシャングリラダンジョンに入るのを見送った後、藍大達は102号室へと戻った。

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