第283話 ファンキー鈍器先輩チーッス
3月10日の火曜日、午後2時過ぎに藍大の住むシャングリラ102号室には客人がやって来た。
客人とは成美とマルオ、晃の北村ゼミ後輩3人組のことだ。
3人が今日シャングリラに来た目的は遊びではなく、ちゃんとした用件があった。
「おじゃまします!」
「マルオ、落ち着きなさい!」
「マルオ、ハウス」
「俺は犬か!?」
「「え?」」
「え?」
成美と晃の”え?”とマルオの”え?”には同じ言葉でも違う意味が込められている。
成美と晃の”え?”には今更何言ってんだこいつというリアクションであり、マルオの”え?”は自分が犬だと思われてたことに衝撃を受けたリアクションである。
確かにマルオが久し振りの
「リルさんはマルオよりもずっとお利口よ」
「うん。マルオよりも聞き分けが良くて頼もしい」
「リルさんが賢いのは周知の事実なんだから俺と比べるのは良くない」
(自分がリルよりも馬鹿っぽいって自覚はあったのか)
藍大は苦笑しながらそのやり取りを聞いていた。
その隣にはドヤ顔のリルがいる。
『ご主人、僕ってばマルオよりも賢いんだって!』
「そうだな。リルは賢いぞ~」
「クゥ~ン♪」
愛い奴めと藍大はリルの顎の下を撫でる。
成美達がダイニングテーブルに着席すると、ご機嫌なリルが冷蔵庫からお茶を取り出して話に参加するメンバー全員分のコップに注いで配膳した。
当然、リルに手はないから全て<
「「「リルさん、ありがとうございます!」」」
『どういたしまして』
成美達からお礼を言われたリルは、小さくなってから椅子に座った藍大の膝の上に飛び乗る。
話し合いをする時は藍大の膝の上がリルの定位置らしい。
「「「逢魔さん、Sランク認定おめでとうございます!」」」
「ありがとな。成美達はBランクになったんだって?」
「はい。道場ダンジョンで経験を積めたおかげで、3人共”ダンジョンの天敵”を会得しました」
成美が藍大の問いに対して3人を代表して答える。
「伸び悩んでる中小クランをごぼう抜きしたから色々と注目されてるんじゃね?」
「逢魔さん、俺達C大にいると滅茶苦茶チヤホヤされます! モテ期突入したと言っても過言じゃないっすね!」
マルオがとても良い笑顔で言うものだから、藍大はマルオは大丈夫なのか心配になって成美と晃の方を向いた。
「こいつ大丈夫か? ハニトラ被害に遭ってないか? めっちゃチョロそう」
「寄生虫みたいな奴等は私達が駆除してます」
「駆除してるのは成美だけです。僕は自分とマルオから注意を逸らしてマルオを離脱させてますんで」
「悔しいけど晃の方がモテるんですよねー。なんで全員断るの?」
「大学生に興味ない」
「年上好きなんですね、わかります」
「・・・」
(えっ、マジ?)
藍大は口には出さないが晃が年上好きを否定しないことを意外に思っていた。
しかし、こんな雑談をいつまでもしていると話が進まないから本題に入った。
「それはさておき、今日は隣の家の件で合ってるか?」
「はい。逢魔さん、私達はシャングリラの隣の家を拠点として借りたいと考えてます」
シャングリラは民家と立石孤児院に挟まれており、民家の方は1月中旬まで老夫婦が住んでいたが今は空き家になっていた。
空き家になった原因は老夫婦が息子の家に引き取られたからである。
国際会議の2日目、ダンタリオンに実権を握られていたC国DMUの工作班がシャングリラを襲撃したと聞き、老夫婦の息子が今後も襲撃を受ける可能性があると心配して老夫婦を引き取った。
その判断は間違いとは言い切れない。
何故なら、”楽園の守り人”は日本のトップクランでシャングリラダンジョンは宝の山だ。
欲ボケした何者かが返り討ちになると考えずに襲撃する可能性があるのは国際会議の際に証明されてしまった。
老夫婦は決して”楽園の守り人”と関係が悪くはなかった。
隣人として藍大の従魔達を温かく見守る優しさはあったが、仙台に住む息子をこれ以上心配させる訳にもいかないと引っ越したのだ。
老夫婦が引っ越したとなれば、シャングリラの隣が空き家になってしまう。
”楽園の守り人”に対して良からぬ者が出てくる可能性を考慮し、藍大は隣の家と敷地を買い取った。
家を取り壊して更地に変え、クランのメンバーが体を動かす運動場に変えることも考えたけれど、成美達がシャングリラの隣の家が空いたことを聞きつけて待ったをかけた。
「最近ちゃんと稼げてるって聞いたが隣の家の家賃は高いぞ? 内見に来た時にも言ったが、DMUの職人班に頼んで家の壁や敷地の塀を補強して攻め込まれても簡単には壊れないようにしたから」
「大丈夫です。いつかこんな時が来るかもと考えて川崎大師以外のダンジョンでも探索して貯金してきましたから」
「月30万だけど大丈夫か?」
「シロガネーゼの家より高い!?」
「何故にシロガネーゼと比較した?」
家賃が30万円と聞いてマルオがシロガネーゼと口にしたものだから、藍大はなんで今シロガネーゼが出て来るのかと苦笑した。
その解説をするのは成美である。
「北村ゼミに不動産業界に就職希望の学生がいて、その人が企業訪問の際に担当者と会った時にアイスブレイクでこの話を聞いたらしいです」
「そうなのか。まあ、家賃については茂に意見を貰った上で決めた知り合い価格だ。それでも良ければ貸してやろう」
「よろしくお願いします」
成美達が拠点として隣の家を借りることが決まった。
手続きをテキパキと済ませたところで席を外していた舞達が部屋から出て来た。
「藍大、大家さんとしての話は終わったの?」
「丁度今終わったところだ。舞達は何やってたんだ?」
「大罪会議だよ」
「仰々しいな。どんな話をしてたのさ?」
「二つ名の話だよ。私だけ大罪を冠する二つ名だから、サクラ達も大罪を冠する二つ名が良いって言ってね。みんなでしっくりくる二つ名を考えてたの」
「はい! 俺も二つ名変えたいです!」
舞の話を聞いてマルオが挙手をした。
「チャラ弟子は黙ってなさい」
「ファンキー鈍器先輩チーッス」
「お望み通り頭ぶん殴ってあげようか? ん?」
「成美もマルオも落ち着いて」
「運び屋は良いわよね。ぶっ飛んだ感じがしなくて」
「晃にはわからないんだよ。カッコ良い二つ名が欲しかったのにチャラ弟子と呼ばれる気持ちなんて」
「運び屋はカッコ良くないでしょ」
このやりとりからわかるように成美達にも二つ名が付いた。
成美はファンキー鈍器。
マルオはチャラ弟子。
晃は運び屋。
成美の二つ名が定着したのは吹いて良し殴って良しの特注の笛のせいだ。
彼女の戦闘シーンを見て掲示板上でファンキー鈍器と取り上げられたことがきっかけとなり、それが一気に広まってしまった。
マルオのチャラ弟子はいつかの道場ダンジョンスレで言い出されたものがそのまま定着した。
晃の運び屋については、今の晃がMPによって作ったトランプ1枚あたり1kgの物を収納できるからだ。
ジョーカーを含めて53枚で53kgの物を収納して持ち運べるので、それだけ運べるならばと運び屋という名前が広まった。
3人に共通して言えるのは自身の二つ名に納得していないことである。
だがちょっと待ってほしい。
”楽園の守り人”のメンバーですら思うような二つ名を得られていないのだから、自分達だけ都合良く気に入った二つ名を得るのは難しいのではないだろうか。
藍大の東洋の魔王は国際会議でそう呼ばれたことがきっかけとなった例外であり、それ以外は掲示板の住人達が悪ノリして決めた者が多い。
こればかりは運を味方に付けなければどうしようもないと言えよう。
「二つ名は冒険者として活躍すればきっと変わるさ。俺や舞、サクラ、リルはシャングリラダンジョンで成果を出す過程で変わった訳だし」
「そうですよね! いつまでもファンキー鈍器だなんて言わせません!」
「俺も逢魔さんの弟子って思われるのは嬉しいですけどチャラ男は返上したいです!」
「目指せ脱運び屋です」
「その調子だ。そう言えば、3人はクランを立ち上げるつもりなのか?」
「そのつもりです。どこかに入るのは広告塔として利用されそうで嫌ですから。それで、もしよろしければ改めて”楽園の守り人”の傘下に入れてもらえませんか? 今、クランのメンバー候補も集まって来てるんですけど、学生冒険者だけのクランだとマウント取ろうとして来る人もいて困ってるんです」
「そうだな。クランを作ったら兄弟クランとして扱おうか」
「「「ありがとうございます!」」」
成美達は藍大自分達のクラン(予定)を兄弟クランと言ってくれたことに喜び、クラン設立を目指して気合を入れるのだった。
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