第273話 人を勝手に脱がすなっての。脱いでもすごくねえぞ?

 リルとアロンダイト=レプリカを構えたランスロットが向かい合う。


「模擬戦第四試合ラウンド2、始め!」


「勇者の実力を見せてやる!」


 光を纏わせたアロンダイト=レプリカを力強く振り抜き、ランスロットはリルに向かって光る斬撃を放つ。


『えいっ!』


 リルは<聖狼爪ホーリーネイル>でその斬撃を撃ち破る。


 それどころか斬撃を撃ち破ったリルの攻撃は威力を大して減衰させないままランスロットまで届いた。


 咄嗟にアロンダイト=レプリカで防ぐランスロットだったが、リルのSTRは3,500にも達する。


 いくら光でコーディングしていたところで地力VITが足りねば踏ん張れない。


『Oh, my God!』


 ランスロットはリルの攻撃をどうにか逸らしたけれど、その時にアロンダイト=レプリカも後ろに吹き飛ばされた。


 ランスロットはリルに背を向けてアロンダイト=レプリカを取りに走るが、リルは<光速瞬身ライトムーブ>で先回りして落ちていたそれを踏みつけた。


『僕の勝ちで良いよね?』


『・・・降参します』


「そこまで! 勝者、リル!」


『勇者の二つ名は返上した方が良いな。勇者(笑)でどうだ?』


『いやいや、あれは東洋の魔王の従魔が強過ぎるからですね。他の国の冒険者ならば良い試合になったでしょう』


『俺、昨日見たけどマッスルオブステイツが東洋の魔王と握手して手を痛めてたぜ』


『まさか、東洋の魔王は脱いだらすごいと言うことなのか?』


 (人を勝手に脱がすなっての。脱いでもすごくねえぞ?)


 2階から聞こえて来る声に藍大は心の中でツッコんだ。


 そんな藍大は置いといて、リルがご機嫌な様子で藍大の前に戻って来た。


『ご主人、倒して来たよ~』


「グッジョブ。良い子だ」


「クゥ~ン♪」


『信じられるか? あんなに可愛らしい狼がフェンリルなんだぜ』


『昨日のパーティーでモグモグ食べる姿はとてもほっこりしましたが、食いしん坊なだけではないらしいですね』


「モフモフしてみたいですぅ」


 外野の感想をスルーして藍大達は訓練場の2階へと戻った。


 潤が藍大達を迎え入れた。


「お疲れ様」


「ただいま戻りました」


「悪かったね、倍働いてもらっちゃって」


「本当にそう思ってます? 1回で止めとけば次は勝てるかもって期待は残ったでしょうに」


 藍大はチラッとまだ1階にいるランスロットを見てから潤にジト目を向ける。


 ラウンド1だけならサクラの<魅了眼チャームアイ>への耐性がなかったと言い訳ができたが、ラウンド2のせいでランスロットは完全に藍大達に勝てないことを思い知る羽目になった。


 善戦とはかけ離れた結果を2連続で国際社会に晒してしまえば、ランスロットはE国最強のプライドがズタズタになっているだろう。


「日本に手を出したらどうなるかデモンストレーションが必要だったんだ」


 潤は藍大に近づいて耳元でボソッと言った。


 (E国は哀れな実験台だったって訳か。A国だけじゃ足りないと?)


 昨日のパーティーでパトリックが仕掛けた握手力比べでは足りず、不幸にも藍大達の対戦相手となったE国が日本の戦力を知らしめるための踏み台になった。


 自国E国と日本以外の18ヶ国がこの模擬戦にズルをしていないことの証人になっているため、事実を捻じ曲げて自国で報道すれば国際社会から叩かれる。


 ランスロットはアロンダイト=レプリカを手にするのに運を使い切ったのかもしれない。


 彼が幽鬼のような表情で2階に上がって来ると、入れ替わるようにして第五試合に出場するR国とS国の冒険者が1階に降りた。


 R国の冒険者はパトリックより小さくともガチムチな盾士であり、S国の冒険者は薬士だった。


 模擬戦の結果はS国の薬士の勝利に終わった。


 薬士は金属を融かす薬品の入った試験管をガンガン投げ、R国の盾士の武装解除をした。


 R国の盾士は鎧すら融かされる液体が体にかかるのはぞっとしたので降参した訳だ。


 第六試合はF国とD国のマッチングとなった。


 F国の冒険者もD国の冒険者も魔術士であり、魔術士同士の模擬戦ということになる。


 字面だけ見れば遠距離からの撃ち合いになると思うかもしれない。


 ところが、F国の魔術士は得物がメイスでD国の魔術士は得物がトンファーだった。


 互いにMPを節約することを意識した結果、魔術士(物理)同士の戦いになってしまったとだけ言っておく。


 勝敗はダブルノックアウトで引き分けであり、本当にこれが後衛同士の戦いなのかと訓練室内が微妙な空気になったのは当然のことだろう。


 第七試合はCN国のシンシアとIN国の槍士のマッチングとなった。


「模擬戦第七試合、始め!」


『撃たせぬ!』


『遅いわね』


 試合開始直後にIN国の槍士が突撃して矢を撃たせまいとしたが、シンシアはその動きを上回る速さで矢を放ってIN国の槍士の頬に傷をつけた。


『うっ、体が・・・』


『痺れ薬よ。普段は毒を塗ったりするけど危ないから変えたわ』


「そこまで!」


 体が痺れて転んだIN国の槍士に対し、シンシアは近づいて矢の鏃をその首元に近づける。


 審判はそれを見てシンシアの勝利であることを告げた。


 第六試合と比べてあっさりと終わった戦いに観戦していた者のほとんどが呆然とした。


 (未亜と真奈さんと同レベルの強さじゃん)


 藍大は未亜や赤星真奈向付後狼さんの戦う所を近くで見たことがあったので、シンシアが弓士として優れていることを理解した。


 無駄な手順を踏まずに頬に痺れ薬付きの矢を当てて終わらせる当たり、流石は仕事人と呼べるだろう。


 第八試合のM国とT国の模擬戦もあったが、シンシアの見事な一撃の余韻で観戦者達には印象には残らなかった。


 どちらも国一番の冒険者同士の模擬戦だったというのに残念なことである。


 予定していた全ての模擬戦が終わったので、頭と肉体を使った国際会議は閉幕した。


 この後は隣のホテルで打ち上げも兼ねたパーティーだ。


 昨日もパーティーだったのに今日もパーティーと知って藍大はげんなりしている。


 藍大達は着替えるためにホテルの割り当てられた部屋に移動した。


 部屋に入った瞬間、リルがピクッと反応した。


「リル、どうしたんだ?」


『ご主人、僕達が出かけてた間に誰かここに入ったよ』


「マジか・・・」


 藍大は荷物をすべて収納リュックに入れて運んでいるため、宿泊していたホテルに私物は一切置いていないから盗まれるようなものはない。


 サクラの<浄化クリーン>があれば掃除は不要であり、ベッドメイクぐらい自分でやれると掃除不要の札をドアノブに引っ掛けておいた。


 それでも誰かが入ったとなれば、その侵入者がホテルの清掃員である可能性は考えにくい。


 (どうにも嫌な予感がしてきたぜ。どっかのスパイか?)


 藍大が真っ先に疑ったのは外国のスパイの仕業だった。


 藍大が持つアイテムには価値があると思っているからこそ、何者かが忍び込んでそれを物色していたと考えたのだ。


 次に考えられるのは盗聴器の設置である。


 いずれにせよ、藍大だけでこの状況からわかることは少ない。


 こんな時こそリルの出番だ。


「リル、この部屋に何か仕掛けられてないか調べてくれ」


『わかった~』


 リルは藍大の指示を受けて素早く部屋の中を探った。


 一通り探した後、何かに気づいたリルは<仙術ウィザードリィ>で藍大が使っていたベッドの近くにあった電気スタンドの笠から黒い小型の装置を取り出した。


 続いてシャンデリアの装飾に偽装されたカメラも回収した。


「主、こっちの装置を調べて」


「頼んだ」


 サクラがリルから装置を受け取ると、藍大はモンスター図鑑を利用してその装置の正体を確かめた。


 (盗聴器じゃん。どこ製なのかはわからんけど)


 藍大の顔が引き攣った。


 続いてシャンデリアの装飾に偽装されたカメラもチェックしたところ、やはり監視カメラだった。


 藍大はそれらの電源を切った後、部屋に備え付けられたタオルに何重にも包んでユニットバスの浴槽の中に入れた。


 水は溜まっていないからとりあえず置いただけにして茂に連絡を入れた。


「もしもし茂?」


『どうしたよ藍大? これからパーティーじゃなかったのか?』


「問題発生。俺の部屋に盗聴器と監視カメラが仕掛けられてた」


『・・・すぐに行くからちょっと待ってろ。まったくしょうがねえな』


「俺もお前もトラブルに愛されてるんじゃね?」


 予想外の事態に茂が胃を痛めているのだろうと苦笑しつつ、藍大達は茂の到着を待った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る