第272話 これでは私がただ煩悩に負けたように見えるじゃないですか!

 昼休憩が終わると、国際会議のプログラムは各国の冒険者の模擬戦に移る。


 これまでは大会議室での話し合いで頭を働かせる時間だったが、ここからは体を動かす時間である。


 国際会議に参加していた冒険者達にとってはここが本番と言えよう。


 DMU代表達にとってもこの模擬戦は代理戦争のようなものだから、この模擬戦での勝敗が今後の国同士の力関係に響くのは火を見るよりも明らかだ。


 絶対に負けられない戦いがここにある。


 戦闘準備を終えた冒険者達とDMU代表達は訓練室に移動し、抽選で決まった模擬戦を行う。


 20ヶ国の参加なので10組のペアが順番に戦うという考えではあるものの、I国のソフィア=ビアンキのように戦いに向かない者を連れて来ている国もいる。


 結果として16ヶ国8組が戦うことになった。


 模擬戦は相手を降参させた方が勝ちで故意に相手を殺さなければ基本的に何を使っても許される。


 この模擬戦を行うため、日本は開催国として治療に2級ポーションを用意している。


 1級ポーションは販売権を”楽園の守り人”が実質的に占有していることから、DMUが提供できる2級ポーションまでとなる。


 危険な戦いだから1級ポーションを提供しろと物申す者がいるかもしれないが、治療用に貰った1級ポーションを使わずにくすねるような輩がいることも考慮して潤が2級ポーションを用意した。


 その2級ポーションだってこの場で使わないのならば渡さないし、各国も独自に回復手段は持って来ているのだが開催国が何も用意していないのはいかがなものかと判断してこうなった。


 最初の模擬戦はA国対C国だった。


 昨日会議が始まる前に軽く言い合いになったパトリック=ディランと王浩然ワンハオランの組み合わせである。


 2人だけが1階に降りてそれ以外の者達は2階から観戦する。


 審判は日本のDMUの隊員が担う。


「模擬戦第一試合、始め!」


『ぶっ飛ばしてやるぜ禿げ野郎!』


『返り討ちにしてやるよ無駄マッチョ』


 試合開始直後、パトリックも浩然も身体強化をしてから接近してラッシュを放ち始める。


『オラオラオラオラオラァ!』


『無駄無駄無駄無駄無駄ァ!』


 パトリックの拳が剛ならば、浩然の拳は柔と呼ぶのが相応しい。


 パトリックは守りなんて知ったこっちゃないと言わんばかりに攻めしか考えていないラッシュだ。


 それに対する浩然は素の威力で敵わないと悟るや否や、パトリックのラッシュを受け流しながらその動きを利用した攻撃を当てようと隙を狙う。


 (もしも三つ巴の戦いだったら漁夫の利が狙えそうだ)


 藍大がこのように考えるのも無理もない。


 この考えは藍大だけではなく、訓練場内にいる誰しもが抱いたからである。


 それだけパトリックと浩然は戦いに集中し過ぎていた。


『戦いはやっぱりこうじゃねえとな!』


『見せてやろうC国4千年の歴史を!』


 今では拳どころか蹴りも交えての戦いになっているが、どちらも実力者なので早々に決着がつくことはなくそのまま引き分けという判断がなされた。


 2人のテンションが徐々にるかられるかという風になったため、止められなくなる前に止めたのだ。


 後が詰まっているのにいつまでも殴り合いを続けさせる訳にもいかなかったという事情もある。


 第二試合はAU国とSK国のマッチングとなり、AU国の槍士がリーチの長さを活かして勝った。


 AU国の槍士は司とは違って手足の長い体を活かした動きであり、それがSK国の剣士にやりたいことをさせなかったのだ。


 藍大は舞をモンスター扱いしたSK国が負けたことに憐れみ以外感じられなかった。


 第三試合はB国とAR国のマッチングでB国の舞踏士が関節技を決めて勝った。


 AR国の冒険者は魔術士だったため、接近されるとそこから先はB国の舞踏士のなすがままだった。


 魔術士が杖を振り回して距離を取ろうとしても、舞踏士がダンスのステップでひらりひらりと躱しながら接近して組み付かれておしまいである。


 続く第四試合は藍大とE国のランスロット=エルセデスのマッチングだ。


 藍大とサクラ、リルがランスロットと対峙する。


『ミスター・オウマ、勇者である私がアロンダイト=レプリカの錆にして差し上げましょう』


 気障ったらしく言うランスロットにサクラはイラっと来た。


「主、あいつの相手は私がやる」


「・・・殺すなよ?」


「大丈夫。


 (殺さないけど気が済むまでボコる気なんですね、わかります)


 サクラは藍大を馬鹿にした者を許さない。


 かつて藍大を馬鹿にした者達はサクラと舞によって惨めな最期を遂げた。


 今日もそうなる予感しかしない藍大だった。


『ご主人、僕はおとなしく見てるだけなの?』


「リルはあの状態のサクラに代わってって言える?」


『無理だね。うん、僕はご主人と一緒に見てるよ』


 今まで一緒に行動して来たからこそチェンジはあり得ないとリルも理解しているので、リルは藍大の隣で観戦モードに入った。


「模擬戦第四試合、始め!」


『私のけ・・・


 ランスロットは何か言いかけていたが止まった。


 それはサクラが<魅了眼チャームアイ>を使ったからだ。


 ”色欲の女王”の魅了がそこらのモンスターと同程度だろうか。


 否、断じて否である。


 ランスロットは剣を振りかぶったまま目をハートにしていた。


「そんな物騒な物は脱ぎなさい」


『Yes, your majesty!』


『ランスロット!? 女王様を差し置いて何を言っているんだ!?』


 サクラに言われるがままに剣と盾を捨てて鎧も脱いだランスロットに対し、E国のDMU代表は信じられない事態が起きて叫んだ。


 ランスロットが女王陛下にしか使うことがない敬称をサクラに使ったのだから驚くのも当然だろう。


「主を侮辱した罪を伏して詫びなさい」


『誠に申し訳ございませんでした! 私のような下賤な者が勇者を名乗って崇高なる魔王様を侮辱したことを深くお詫び申し上げます! どうかその足で私の頭を踏んで下さい!』


 ランスロットは土下座した。


 E国のDMU代表はその現実を頭が許容し切れなかったせいで泡を吹いて気絶した。


「そこまで! 勝者は逢魔サクラ!」


 審判は慌てて模擬戦を止めた。


 既にE国の気品なんて消し飛んでしまったが、これ以上続ければどこまでマイナスになるかわからないからである。


 激戦の末に打ち負かすのならばまだいいが、ここまで圧倒的に差を見せつけて辱めたともなれば相手の所属する国から恨まれてしまう。


 それを理解して審判は模擬戦を強制終了とした。


『マジかよ日本・・・。半端ねえな』


『歯向かったらあんな惨めになるなんてあんまりネ』


『紳士の国が聞いて呆れますね』


『女王様、私も踏んで下さい!』


 (おい、余計な変態湧いてんぞ?)


 2階から聞こえる模擬戦の感想をイヤホンが拾い、藍大は顔が引き攣った。


 サクラはやり切った表情で藍大の前に戻って来た。


「主、不敬な奴は懲らしめといたよ」


「俺のために怒ってくれるのは嬉しいけどやり過ぎじゃね?」


「私は模擬戦のルールに則って敵を倒したもん」


「・・・そうだな。よしよし」


「エヘヘ♪」


 藍大は深く考えるのを止めてサクラの頭を撫でた。


 その背後では<魅了眼チャームアイ>を解除されたランスロットがわなわなと震えていた。


『なんということだ! 私が女王様以外に深く頭を下げるだなんて!』


 (<魅了眼チャームアイ>をかけられてた時って記憶が残るんだよなぁ)


 サクラがモンスターに対して<魅了眼チャームアイ>を使うことはあったが、人に使ったのは今回が初めてだった。


 だからこそ、<魅了眼チャームアイ>の効果を目で見て理解できた。


 モンスター図鑑でアビリティの効果自体は知っていたとしても、実際に目で見なければイメージがつかめないのである。


 ランスロットは素早く着替えると藍大に声をかけた。


『ミスター・オウマ! もう一戦だけお願いします!』


「なんでです? 勝負はもう着いたじゃないですか」


『これでは私がただ煩悩に負けたように見えるじゃないですか!』


「どこからどう見たって煩悩に負けてたじゃないですか。何が違うんです?」


 何を言っているんだこいつはと藍大は首を傾げる。


 その発言に2階から噴き出した者が多数いた。


 しかし、潤は笑いに堪えて藍大に声をかけた。


『藍大君、時間に余裕もあるしもう一戦だけ付き合ってあげて』


「えぇ・・・」


 藍大の気持ちからすれば面倒の一言に尽きる。


 サクラが倒したのだからそれで良いではないかと思っている。


『頼みます! あんな勝負で私の価値が判断されるなんて死んでも死に切れない!』


「はぁ・・・。リル、頼んでも良いか?」


『うん!』


 ランスロットが再戦を要求した途端、リルが尻尾を振って自分がやるとアピールしていたので藍大はリルにラウンド2を任せることにした。

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