第271話 悲しいけどこれ、事実なんだよね

 DP、つまりはダンジョンポイントのことだが、これは冒険者やモンスターが死ぬかダンジョン内でMPが消費されることで発生する。


 冒険者やモンスターがダンジョン内で死んだ場合、能力値の合計値がDPに換算される。


 ダンジョン内でMPが消費された場合、消費されたMP=獲得DPという扱いになる。


 ただし、これだけわかればダンジョン運営ができると思ったら大間違いだ。


 ”ダンジョンマスター”がダンジョン内で独自ルールを設けて運営をすればDP獲得量に補正がかかるので、上記の前提条件に上方下方の修正が入る。


 ブラドはやり手の”ダンジョンマスター”だったから、独自ルールを利用してDPを稼いでダンジョンを強化した。


 シャングリラダンジョンは1階~地下5階まで1週間で内装も出現するモンスターも違うが、これはブラドがDPを得るための作戦縛りだった訳だ。


 それに加え、シャングリラダンジョンでは冒険者がいなくなったフロアのみモンスターを召喚できるようにしている。


 そのおかげでいつでも召喚できるようにするよりもDP獲得量が5倍に増えるとかつてブラドは得意気に言った。


 ここまで説明した上で藍大は総括した。


「つまり、”ダンジョンマスター”になるべくDPを与えないようにするにはMPを消費せずに必要最低限のモンスターを倒して先へ進む必要があります。無論、冒険者がMPを使わずにモンスターを倒したらDP獲得量を増やせるって縛りもあり得ますので一概には言えませんが」


『”ダンジョンマスター”次第で条件が変わるとか悪夢だな』


『ちょっと待て下さい。皆が皆MPを使わずに倒せばDP獲得量を増やせるなんて条件を付けてるとは考えにくいです』


『なるほど。そうすると拳闘士や武器を使う戦闘職、薬品で攻撃する薬士にガンガン探索させれば良いな。その縛りのダンジョンを引いたら運が悪かったってことだ』


『いやいや、DPをいくら増やそうが”ダンジョンマスター”まで倒してしまえば良いのではありませんか?』


 議論が藍大の手元を離れて各国のDMU代表によって加速していく。


 近接戦闘職や弓士、薬士の強化に力を割いたとしても、<物理耐性レジストフィジカル>を会得しているモンスターがいるから魔術士だって弱いままで良いはずがない。


 結果的にスタンピードが起きないようにダンジョン探索をするには冒険者を強化する必要があるという着地になった。


 二次覚醒ができれば手っ取り早いのだが、日本という例外を除いて覚醒の丸薬が潤沢にあって冒険者の強化に成功した国はない。


 二次覚醒という安易な手段が取れない以上、次善策は武装の強化となる。


 武装の強化に必要なのはより強いモンスターの素材やミスリル等の特殊金属だ。


 それらを手に入れるためにはダンジョンを探索しなければならず、派手にモンスターを倒せばDPをダンジョンに落とすことに繋がる。


 どうしたってDPが”ダンジョンマスター”に渡ってしまうのならば、あれこれ考えずに出て来たモンスターを倒して進めば良いという至極当然な結論になり、議論に白熱した各国のDMU代表は虚しくなった。


 力があればゴリ押しで行けるという事実は大会議室内をどんよりさせた。


 (悲しいけどこれ、事実なんだよね)


 舞がダンジョンの壁を壊したのもサクラが以前使っていた<幸運光線ラッキーレーザー>も優れた力によるゴリ押しである。


 強者の力が不可能を可能にしてしまうのだ。


 藍大は自分の回答が発端の議論の着地に申し訳なく思いつつ、事実を事実として受け入れた。


 そんなどんよりした空気の中、1人の冒険者が手を挙げた。


「ディオンさん、何かあればどうぞ」


 手を挙げたのはCN国のシンシア=ディオンであり、潤は彼女を指名した。


 彼女は弓士でCN国では仕事人の二つ名で呼ばれている。


 自分の実力を履き違えず堅実に倒せるモンスターを倒すことからその二つ名が付いた。


『ミスター・オウマ、私の弟が調教士で獣型モンスターならテイムできるの。獣型モンスターでダンジョンを潰すか”ダンジョンマスター”をテイムするのに必要なモンスターは何かしら?』


 シンシアの質問はかなり個人的なものだった。


 この場じゃなくて休憩時間やパーティーで質問しろと思わなくもないが、スタンピードを阻止する議論でぐったりした場内でシンシアの質問を止める者はいなかった。


 逆に言えばそのタイミングで自分のしたい質問をしたシンシアが策士とも言える。


 藍大はシンシアが率いるクランに調教士がいることを茂が用意してくれた事前資料で把握していた。


 シンシアが言う通り、調教士とは獣型モンスター限定でテイムできる職業技能ジョブスキルであり、決して疚しい意味合いはない。


 テイム対象が限定されるという点で考えるなら、マルオの死霊術士と兄弟関係と表現できる。


 そうだとすれば、藍大がシンシア経由でその弟にアドバイスできないはずがない。


 シンシアも死霊術士マルオのことを把握して藍大に先程の質問をしている。


 藍大は考えるまでもなくすぐに答えた。


「リル一択です」


『信じてたよご主人!』


 今のやりとりをサクラが通訳していたようで、藍大に名前を呼ばれたリルは嬉しそうに頬擦りした。


 実際、獣型モンスターの中でどのモンスターがいたら助かるかと訊かれたなら、藍大の中ではリル一択である。


 暗殺特化のモンスターを察知して隠し部屋も探し当てる。


 戦闘でも移動でも活躍し、それどころか撫でるだけで心が安らかになる。


 こんなに優秀な獣型モンスターはいないというのが藍大の考えだ。


『うっ、可愛い。おほん、ミスター・オウマのフェンリルが優秀なのは知ってるわ。でも、私が訊きたいのはそうじゃなくてどんな獣型モンスターなのかってことなの』


 シンシアは当然のようにリルと言ってのけた藍大に本音がポロッと出たが、どうにか気持ちを切り替えて再び訊ねた。


 藍大はリルの頭を撫でて真剣に考え始めた。


 舞が調べた世界の国々で出現する有名なモンスターの話を聞く機会は多く、藍大自身もモンスター図鑑でモンスターの分布を調べられるからカナダに出現するモンスターで回答を導き出せた。


「奇襲するならヴォーパルバニー。壁役として優秀なのはカクタスキャット。癒しを求めるならカーバンクル」


『なるほど。貴重な意見を感謝するわ』


 ヴォーパルバニーは一見ただの兎に見えるが、油断した隙に距離を詰められて鋭い蹴りをお見舞いする。


 カクタスキャットは全身がサボテンの配色と棘を引き継いだ猫であり、AGIもそこそこ高いから回避盾にもなる。


 更には回避が間に合わなくても物理攻撃なら棘が刺さって反撃できるので、盾役としての継戦能力は高い。


 カーバンクルは個体によって見た目が代わり、リスみたいな個体もいればパンダのような見た目の個体もいる。


 共通しているのは額に宝石があることだけである。


 カーバンクルはサクラやメロのように回復系アビリティを会得しているため、長期戦になりかねないダンジョン探索では重宝すること間違いなしだ。


 シンシアの質問が大会議室内の気分転換になり、各国のDMU代表はどんよりした雰囲気を振り払って復活した。


 潤は次の議題を提示した。


「次の議題はこちらです。プロジェクターをご覧下さい」


 参加者全員が潤に言われた通りにプロジェクターを見る。


 そこには冒険者が所持しておくべき称号というテーマが映し出されていた。


『掃除屋殺し』


『ボス殺しですね』


『災厄殺しアル』


『HAHAHA! 守護者に決まってるだろ!』


 最後のは昨日藍大に勝手に挑んで自爆したパトリックである。


 藍大がチラッと視線を向けた途端、パトリックはブルッと震えて藍大から視線を背ける。


 完全に格付けが済んでしまっている。


 A国では最強と謳われたパトリックも藍大には勝てないと思ってしまったらしい。


 ちなみに、藍大パーティーならば”守護者”どころか”英雄”もいるし、大罪を冠する称号の持ち主もいる。


『大罪を冠する称号を持つモンスターが傲慢以外逢魔さんの手中にあるとは本当なのか?』


「舞はモンスターじゃありません。ベルゼブブを倒した際、舞が”暴食の女王”を会得しました」


『し、失礼した。悪気はなかったんだ。だからどうか怖い目をしないでくれないだろうか』


 SK国のDMU代表は発言に問題があったため、藍大から自分を人として見ていない目で見られて震え上がった。


 家族を大事にする藍大にとって、自分の妻をモンスター扱いされるのは不愉快なことだ。


 この時点でSK国から何か助けてほしいと言われても、藍大は助けるつもりが失せた。


 恨むならば自分の不注意な発言を恨むべきという良い例だろう。


 議論はその後もしばらく続き、正午になったことで昼休憩に移った。


 ただ話を聞くだけだった1日目よりも疲れたため、藍大は大きく伸びをしてからサクラとリルを連れて部屋の外へ出て行った。

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