第269話 これが強者ムーブというやつか。偶には良いもんだな

 休憩時間が終わって会議が再開した。


 後半の現状共有では先進国から興味深い情報が出た。


 A国ではクトゥルフ神話のヒュドラやイタカのような存在が”ダンジョンマスター”として現れた。


 I国では施療士の職業技能ジョブスキルを持ち聖女の二つ名で呼ばれる女冒険者がいた。


 D国ではダンジョンでMPを注げばビールの湧き出るゴブレットが見つかった。


 F国ではル・カルコルというドラゴンが”ダンジョンマスター”として現れた。


 藍大はこのような話を聞いて興味を持った。


 日本以外でもクトゥルフ神話の存在やドラゴンが現れ、宝箱からは食に関するアイテムが出たとなれば気にならない方がおかしい。


 その中でもI国の聖女の存在は藍大にとって要注意だった。


 聖女は施療士の力で4級ポーションと同等の回復効果を任意の対象に発揮できるからだ。


 サクラやメロのような従魔以外でポーションに頼らない回復手段を持つ者がいれば、彼女達の回復系アビリティがバレても注意が分散する。


 その一方でI国が聖女だけに回復の力があるべきだと考えた場合、回復系アビリティを使える従魔の存在は邪魔になるだろう。


 (やっぱり俺の従魔が優秀過ぎる)


 藍大の感想はそれに尽きた。


 彼がテイムした従魔はダンジョンで遭遇する他のモンスターと比べ、全体的に能力値が高いだけでなく戦闘に限らず幅広く活躍できる。


 他国の発表を聞けば聞く程、藍大は自分が恵まれた環境にいることを再確認できた。


 20ヶ国の現状共有が終わっただけで、国際会議の1日目は終了した。


 この後はDMU本部のすぐ傍にあるホテルでパーティーを行うことになっている。


 藍大達は潤に連れられてそのホテルへと移動し始めた。


「いやぁ、疲れたねぇ」


「お疲れ様です」


「今日は藍大君に質問がなくて良かったよ。というか、昼休憩の時にいなくなるの早過ぎじゃない?」


「取り囲まれる前に逃げるのはダンジョンでは当然のことです」


「各国のお偉いさんをモンスター扱いするとは・・・、いや、あながち間違いでもないか」


 潤は苦笑いしたが藍大の言い分を否定することはなかった。


 自分も発表の時間に他国のDMU代表に質問された時には並々ならぬプレッシャーを感じたからだろう。


 ホテルのパーティー会場へと移動すると、開催国の代表としてパーティーの流れをホテル担当者と打ち合わせるために藍大達と別れた。


 パーティー会場の中央にいると目立つので、藍大達は壁際に移動してパーティーが始まるのを待った。


 そんな時だった。


 パーティー会場に入って来た一目で宗教関係者とわかる姿の女性が藍大をロックオンして近づいて来た。


 残念なことに藍大達は部屋から出ようとしても彼女が立ちはだかる位置にいたため、接触の回避を諦めた。


『やっと話せますね、東洋の魔王ランタ=オウマ』


「東洋の魔王? 私はそんな風に呼ばれてるんですか?」


『はい。最近では西洋の聖女、東洋の魔王と呼ばれてるのをご存じないんですね』


「それは初耳でした」


「東洋の魔王。主の名が世界に知れ渡ってるのは良いことだね」


『ご主人すご~い』


 サクラとリルは藍大よりも嬉しそうである。


 従魔として主人が高く評価されることが嬉しいのだろう。


『その様子だと私が誰なのかわかっていただけてないんでしょうか?』


「そんなことありませんよ。聖女と名高きソフィア=ビアンキさん」


『良かった。私のこともご存じだったんですね。私が一方的に貴方のことを知って話しかけてるのは悲しいのでホッとしました』


「回復能力持ちの貴女を知らないなんてあり得ませんよ」


 藍大はソフィアを警戒させないように笑顔を作ってそう言った。


『そう言ってもらえると私も誇らしいですね。私のことはソフィアと呼んで下さい。仲良くなりたいので名前で呼び合えたら嬉しいです』


「わかりました。よろしくお願いします、ソフィアさん」


『こちらこそ、ランタ』


 藍大はソフィアと握手した。


 ソフィアに先を越された他の国の冒険者達は藍大に話しかけるのを躊躇った。


 しかし、一切躊躇わずに藍大達のいる場所に向かって行く者がいた。


 それはマッスルオブステイツことパトリック=ディランである。


『やっと捕まえたぜサタン!』


「サタン? あぁ、魔王サタンですか。すみませんね、モンスターのサタンと一瞬混ざってわかりませんでした」


『お前がサタンを倒してサタンになったんだろ? 俺と決闘デュエルしろよ』


「えっ、嫌だ」


 藍大は本気で嫌だったせいか素で答えてしまった。


 ストレートに断られたことでパトリックはキョトンとしたが、次の瞬間には大声で笑い出した。


『HAHAHA! 俺を前にして物怖じせずに言えるとは大したもんだ! 気に入ったぜブラザー! 握手しようぜ!』


 パトリックは手を差し出した。


 見るからに筋肉質な相手が仕掛ける勝負なんて自分が苦手なものに決まっているから、藍大はパトリックとさっさと握手して話を終わらせることにした。


 だがちょっと待ってほしい。


 マッスルオブステイツと呼ばれるような男が藍大に勝負を断られて素直に受け入れるだろうか。


 いや、そんなことはあり得ない。


『かかったな? くたばれ貧弱野郎!』


「え?」


 パトリックは全力で藍大の右手を握り締めた。


 藍大の右手の骨を完全に折るつもりで握ったのだ。


 ところが、パトリックは藍大の右手を握りつぶすことができずにいた。


 それどころか、藍大に右手を握られたことで痛みを感じる程だった。


『Ouch! こいつの手はチタン合金製か!?』


 種明かしをしよう。


 藍大は今、自分のスーツにゲンを憑依させている。


 つまり、藍大の貧弱ボディはゲンという強化外骨格に守られている訳だ。


 そうであるならば、人間の領域を抜け出せていないパトリックではゲンのVITを超えて藍大にダメージを与えられるはずがない。


 サクラとリルが手を出さなかったのはゲンのVITの高さを信頼してのことである。


 人類は素手でVIT3,000超えかつ<全耐性レジストオール>持ちの相手に握手で勝てないのは当然と言えよう。


 余談だが、舞とパトリックのSTRを比較すると三次覚醒者かつ”暴食の女王”の舞に軍配が上がる。


「勝手に勝負を仕掛けて自爆するなんて愉快な奴だ」


『悪かった! もう手を離してくれ! この通りだ!』


「えっ、なんだって?」


 先程のオラオラした態度とは打って変わって謝るパトリックを見て、藍大はとても良い笑顔で聞こえなかったふりをする。


『悪かった! お前は貧弱なんかじゃねえ!』


「お前?」


『貴方様は貧弱なんかじゃありません!』


「よろしい。次からは喧嘩を売る相手を考えた方が良いぞ。わかったら行って良し」


『失礼しました!』


 パトリックは全力で逃げた。


 ヤバい奴に喧嘩を売ってしまったと後悔してその場から一心不乱に逃げ出したのだ。


 藍大は逃げたパトリックの姿に胸がスッとした。


 (これが強者ムーブというやつか。偶には良いもんだな)

 

 貧弱呼ばわりした相手に握力で負けて手を痛めるなんて恥を晒したものだから、パトリックはA国最強でも世界は広いと思い知った。


 自分を強者だと思っている者の鼻をへし折るのは藍大の中で強者の振舞いであり、いつもやりたいとは言わないが今日この時に関してはやって正解だったと思えた。


 今のパフォーマンスによって藍大にSTRでマウントを取ろうとした冒険者達がおとなしくなったからだ。


 パトリックと同じ醜態を公の場で晒したいドMなんて滅多にいないだろう。


『ランタは強いんですね』


「ああいう力自慢を撃退する手段を持ってるだけですよ」


 ソフィアの言葉に対し、藍大は肯定も否定もせずに応じた。


『私もリンゴを素手で割れるぐらい強くなった方が良いんでしょうか?』


「いや、そのままで良いと思いますよ。ソフィアさんがそうならなきゃいけない理由ってありますか?」


『ないですね。フフッ』


 自分で言ってみておかしく思ったのかソフィアは笑い始めた。


 その後、藍大がソフィアと別れてから潤の乾杯によってパーティーが始まった。


『ご主人、あの料理取って!』


「リル、わかったから落ち着け」


『うん!』


 リルはパーティーが始まってすぐに食べたい料理を藍大にリクエストした。


 <仙術ウィザードリィ>で自分の食べたい物を皿に盛れるのに盛らないのは、自分のアビリティを隠すのと同時に藍大に甘えたかったからである。


「リル、主も食べられるようにペースを考えてね」


『わかった!』


「・・・私が主の分も用意した方が良いかも」


「悪いけど頼む」


「任せて」


 尻尾を振ってサクラの話が半分以上右から左に通り抜けているリルを見れば、サクラは藍大の分を自分が用意した方が良いと判断した。


 藍大も苦笑してサクラに頼んだ。


 リルが食いしん坊を発揮したことにより、その世話をする藍大にパーティーで話しかける者がいなかったのはラッキーだった。


 リルの可愛らしさにやられた者もいれば、その食欲に圧倒された者もいる。


 想定外のリルの働きもあり、藍大は少しドタバタしつつもパーティーで誰も相手をせずに済んでホッとしたのはここだけの話である。

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