第268話 ようこそこちら側へ
F国のDMU代表が口を閉じると、それと入れ替わるようにしてC国のDMU代表が追加質問をした。
『芹江サン、最近我が国のダンジョンで見つけて大量生産に成功した強化薬とポーションを交換してほしいネ。日本産のポーションと強化薬を1:3でトレードするのはがどうアル?』
「お断りします。日本は副作用がある強化薬が必要な状況ではありませんので」
『副作用なんて誤差みたいなものネ。我が国の鑑定士が問題ないと証明したアル』
「日本の二次覚醒した鑑定士が危険性を指摘したのでその証明は当てになりません」
日本とC国の大会議室が今のやり取りでざわついた。
どの国も覚醒の丸薬を鑑定士に使えるような状況ではない。
それゆえ、二次覚醒しないと見抜けないような副作用の詳細に目を背けて来た者も少なくない。
しかし、日本は冒険者登録している日本人が二次覚醒している割合はほぼ100%だ。
鑑定士も二次覚醒しているから、C国の強化薬なるものの危険性に気づけた。
C国で見つかった強化薬とはバーサークポーションのことを示している。
飲んでから1時間は全能力値が飲む前の1.25倍になると聞けば、ダンジョン探索で行き詰まっている者達が我先にとその薬を欲しがるだろう。
だが、その薬には副作用があると聞けばどうだろうか。
その副作用とは依存性があることと飲めば飲んだ分だけ理性が喪失していくことである。
飲み過ぎた者や副作用が強く出た者は理性を失って喋られなくなり、獣のように唸って暴力的になる。
この副作用は中国がバーサークポーションの発見で他国に力の差を見せつけようと大々的にニュースで放映した際、茂が気になって調べた結果明らかになった事実だった。
実際のところ、C国は冒険者として覚醒した犯罪者に限界まで投与して危険性を熟知していた。
そうでなければどこまでならギリギリ理性を失わずにいられるか判断できず、国力を大きく損なうことになるからである。
ちなみに、バーサークポーションを大量生産して各国に売り出したのは、他国の冒険者が乱用して国力が落ちれば儲けものという思惑も含まれていた。
潤が事実を述べてもC国のDMU代表はポーカーフェイスを貫いた。
ところが、他の国のDMU代表はそうではなかった。
『冗談じゃないぞ! C国は副作用がある物を根拠もなく売ったのか!?』
『ふざけるな! 安全安価を売り文句にばら撒いたのはワザとだったのか!』
『モンスターよりも人類にとって害悪じゃないか!』
C国から大量にバーサクポーションを仕入れた国々は激怒した。
『皆さんそれは横暴な話ネ。取引の際は使用後に何が起きても自己責任だと納得したアルヨ。書面にも残ってるネ』
C国のDMU代表は涼しい顔で言ってのけた。
先程は副作用なんて誤差みたいなものだと言っていたのにすごい手の返し方である。
よくもまあ開き直って言えるものだと感心できるレベルである。
騒がしい会場内で潤がマイクを通して声を張り上げる。
「お静かに願います! これ以上揉めるようであれば日本は質疑応答の時間を終了します!」
その瞬間、騒いでいた国々は静かになった。
C国のやり口は業腹だが、怒りに身を任せて日本に質問できる機会を失うのは愚かな行為だとどうにか気持ちを鎮めたようだ。
「さて、他に質問はございますか? と言っても私の発表に残された時間からして次が最後の質問になりますが」
『私から良いですか?』
「どうぞ」
質問の機会を得たのはD国のDMU代表だった。
『ありがとうございます。ヘル・セリエ、覚醒の丸薬を我が国に輸出してもらうことは可能ですか?』
「申し訳ないのですが、日本では覚醒の丸薬に需要がないので輸出できるだけの在庫がありません」
『では、覚醒の丸薬の素材だけでも融通してもらえないでしょうか?』
D国のDMU代表は覚醒の丸薬の素材だけでも良いと粘った。
覚醒の丸薬は各国で見つかっており、見つかった時点でレシピはその国で管理されて覚醒の丸薬の作成にどこの国も力を入れている。
しかしながら、素材となるモンスターの出現率が低くて覚醒の丸薬を思うように作れないのだ。
オークインとシージャイアント、マッドクラウンはレアモンスターであり、国によっては3種全てが現れないこともある。
仮に素材が集まったとしても、覚醒の丸薬を100%作れる薬士というのは世界でも片手で足りてしまうぐらい貴重である。
奈美はシャングリラダンジョン産の素材で薬品をガンガン作って熟練度を上げられたが、他の薬士は日常的に貴重な素材を使って調薬することなんてない。
結果的に覚醒の丸薬は一部の国を除いて不足しており、その一部の国だって力のあるクランに所属する冒険者にしか与えられていない。
日本の二次覚醒率が異常なだけだ。
覚醒の丸薬の素材だけでも融通してほしいと頼んだD国だが、残念なことに二次覚醒者は3人しかいない。
少なくとも2桁は二次覚醒者になってほしいと思う気持ちから、D国のDMU代表者は潤に覚醒の丸薬の素材を譲ってほしいと頼んだ。
そんなD国の願いに潤は申し訳なさそうに答えた。
「D国だけに融通すれば良いと言う話でもありませんので、この場では何ともお答えできません。日本でも1つのクランが1ヶ月以上フル稼働して日本国内への供給に貢献してくれました。世界各国を相手に輸出するとなれば、拘束期間はその比ではありません。私だっていつ終わるかわからない狩りをし続けてくれとは頼めません」
『そうですか・・・』
(小父さん、よく言ってくれた)
藍大は潤がD国の頼みを断ったことにホッとした。
現状ではシャングリラダンジョン以外に覚醒の丸薬の素材となる3種のモンスターが安定して出現するダンジョンはない。
そうなれば、シャングリラダンジョンに入れる”楽園の守り人”にかかる負担は尋常じゃない。
シャングリラダンジョンに入れる冒険者を増やせば負担は減るかもしれないが、それは危険分子をシャングリラダンジョンを招きかねない。
そんなリスクを藍大が許容できる訳なかった。
もっとも、藍大にはシャングリラダンジョンにクラン外の冒険者を入れずにオークインやシージャイアント、マッドクラウンの素材を安定供給する方法を1つだけ保持している。
そうだとしても、C国のように手を差し伸べるふりをして他国の戦力を削ぐような国が他にいないとも限らない今、他国に利用された挙句裏切られるような真似は避けたいからD国の頼みに首を縦に振れないのだが。
日本の発表時間が終わって潤は着席した。
その後、9ヶ国の発表が終わると昼休憩の時間になった。
休憩時間になった途端、C国とC国に騙されたと主張する国々は再び話をすべく集まり、それ以外の国の要人達が藍大と接点を取るべく近付こうとする。
藍大はそれに気づかない振りをしてサクラとリルと共に大会議室を出て行くことができた。
普通に考えて大会議室の外に藍大達が出ようとするのを止める者がいるだろうが、そこはサクラの<
「主、こっち」
サクラがどう行動すれば声を掛けられずに済むか予知し、藍大達はするりと大会議室を出ていくことに成功した。
アビリティの無駄遣いというべきか有効活用かというべきかは人それぞれだろう。
サクラが藍大とリルを案内したのは茂の部屋だった。
昼休憩の逃げ場所としてサクラが指定したのは藍大の幼馴染の職場である。
「ここなら安全」
「いやいやちょっと待って。藍大達会議室から逃げて来たの? ここで飯食う気? その弁当持参?」
「茂にわかるか? 各国の要人達が獲物を見る目でこっちを見て来るんだ」
「そりゃこの国際会議に参加する目的としてお前と接点を持ちたいってのがあるだろ」
「そうだろうけど国同士のやり取りに巻き込まれてるって実感して胃が痛い」
「ようこそこちら側へ」
茂は藍大の言葉を聞いてとても良い笑みを浮かべてそう言った。
藍大に自分の痛みを理解してもらえて嬉しいようだ。
そんな空しい喜びはすぐに終わりを迎える。
「主、すぐに治すから安心して」
サクラはそう言って藍大に<
それによって藍大の体調がばっちり回復した。
「私がいる限り主はいつも元気」
『僕もいるよ! 辛かったらモフモフしてね!』
「よしよし。サクラ、ありがとな。リルもありがとう」
藍大はサクラとリルに感謝して両者の頭を撫でた。
「良いなぁ。胃痛に悩まされないの良いなぁ」
「許せ茂。これが家族の力だ」
拗ねた茂の肩に藍大はポンと手を置く。
「まあ良いさ。それよりも場所代として俺にも弁当くれ」
「良いぞ。ほら」
「冗談で言ったつもりなのにマジであるんか。少しは他国と交流して来いよ」
「前向きに検討することを努力する」
「それ絶対しないじゃん」
それから昼休憩をゆっくり過ごした後、藍大達は大会議室へと戻った。
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