第23章 大家さん、国際会議に参加する

第267話 ごめんね、フェンリル用のイヤホンはないんだ

 激動の年が明けて2026年になった。


 クリスマスはジズの肉で孤児院と合同でクリスマスパーティーを行い、藍大サンタが孤児達に金銭感覚が麻痺しない程度のプレゼントを用意した。


 高級食材を使った料理を振舞っている時点でそれはどうなのかと思うかもしれないが、そこは気にしたら負けである。


 大晦日と三が日は茂と千春を呼んでパーティーをして過ごし、藍大達は1月5日の月曜日に国際会議に参加するべくDMU本部へと向かった。


 ゲンが<超級鎧化エクストラアーマーアウト>で藍大のスーツに憑依するのはいつも通りであり、ゲンに加えてサクラとリルを連れて来ている。


 幼女トリオとブラドをシャングリラに待機させているのは万が一のためだ。


 藍大達が外出している隙に国籍不明の何者かが襲撃する可能性を考慮し、待機させる戦力を手厚くしている。


 ブラドは国際会議で”ダンジョンマスター”として発言してもらうのもありだったかもしれないが、テレパシーを使った連絡要員がシャングリラにいないのは不安だったから留守番の任務を与えられた。


 藍大はゲンのVITで守られ、リルによって不可視の敵から守られ、サクラの<運命支配フェイトイズマイン>で守られているから三重の備えをしていることになる。


 これを全て突破して藍大に攻撃できる者がいたならば、その者は神の領域に足を踏み入れていると言えよう。


 DMU本部に到着した藍大達は本部長芹江潤が待つ本部長室に通された。


「あけましておめでとうございます、小父さん」


「あけましておめでとう、藍大君。それにサクラさん、リル君もおめでとう」


「おめでとうございます」


『おめでとう!』


「これがお年玉って言うのは冗談でイヤホンだよ。参加国全ての言語が日本語に翻訳される機能なんだ。今日の会議が始まる前に着けてくれるかい?」


「わかりました」


 藍大とサクラは潤に渡されたイヤホンを耳に着ける。


『あれ、僕のはないの?』


「ごめんね、フェンリル用のイヤホンはないんだ」


『そっかぁ・・・』


 しょんぼりするリルに藍大は頭を撫でて励ます。


「リルには俺から大事な任務を与えるから、イヤホンは付けてない方が良い」


『任務? 何すれば良いの?』


 つい先程まで落ち込んでいたことなんて嘘のようにリルは元気になった。


 藍大に頼られて嬉しくなれば凹んでいた気分なんてどこかに行ってしまうらしい。


「会議中の俺達の護衛だ。怪しいと思ったらい逐一伝えてくれ。伝える暇もない場合はリルに対処を任せる」


『うん! 僕、頑張る!』


「愛い奴め」


「クゥ~ン♪」


 藍大に撫でられてリルは気持ち良さそうに鳴いた。


 そこに本部長室のドアをノックする音が聞こえる。


「失礼します。”楽園の守り人”係の芹江です」


「どうぞ」


 ノックをしたのは茂だった。


「茂、胃の調子は大丈夫か?」


「なんとかな。薬師寺さんの処方してくれた胃薬はマジで良く効くわ」


「会議に出るのは俺の方なんだぜ? なんで茂が緊張してるんだか」


「藍大がやらかすんじゃないかって心配でなぁ・・・」


 茂がジト目を向けて来るものだから、藍大はそっと茂から視線を逸らした。


 自分に悪気がなくとも結果的にやらかしたことばかりなので、茂の視線に耐えられなかったのである。


「茂、そろそろ時間かい?」


「あぁ、そうだった。各国の代表が来る前にスタンバイしてほしい」


「わかった。藍大君、サクラさん、リル君、出陣だよ」


 (小父さんが出陣って言ってる時点で何か起こる気しかしない)


 藍大はそう思ったけれど口に出すことはなく、サクラとリルを伴って潤の後をついて行った。


 国際会議の会場となる大会議室に到着したら、藍大達は自分達のネームプレートがある席に移動した。


 今日の会議の内容は事前に茂経由で知らされている。


 基本的に話をするのは潤だから藍大が口を開くことはない。


 ただし、冒険者に直接質問する機会がない訳ではないからその時は喋ることになる。


 藍大としてはできればただ座っているだけの簡単なお仕事で済ませたいのだが、そうは問屋が卸さないだろうと思っている。


 藍大達が資料に目を通していると、徐々に各国の代表が集まり始めて来た。


『どこだ!? 日本のサタンはどこにいる!?』


 がやがやと翻訳された音声が聞こえる中で一際大きな声が藍大の耳に届いた。


 翻訳される前の声の主は身長2m超えの筋肉ムキムキの大男だった。


 (確かマッスルオブステイツだっけ?)


 藍大が思い出したのはその男の二つ名だった。


 金髪に青い目をして顔は整っているというのに、その尋常ではない筋肉量がイケメンな印象を台無しにしている。


 マッスルオブステイツが二つ名の男の名前はパトリック=ディラン。


 A国最強の拳闘士で二次覚醒を済ませている。


『騒々しいな。どこでも我が物顔でいるのはA国人の悪い癖だ』


『あ゛あん? 誰だ今俺に口答えした奴は?』


『私だ』


 そう言ったのは見るからに武術の達人っぽい剃髪の僧だった。


 (あれは麒麟僧正だったな)


 パトリックと同じく拳闘士であり、C国ではNo.1の実力を誇る男である。


 その名は王浩然ワンハオランと言い、この人物も二次覚醒者だ。


 パトリックと王の言い合いに両国の残りの代表は大慌てで仲裁に入った。


 そんな騒動が起きている中、1人の金髪ジェントルマンが溜息をついていた。


『やれやれ、静かに紅茶を楽しめないとは残念な人達だ』


 紅茶を飲む気が損ねられたジェントルマンの腰には剣が提げられていた。


 (こいつが勇者の二つ名持ちか)


 二つ名の由来はこのジェントルマンの名前がランスロット=エルセデスであり、ダンジョンでアロンダイト=レプリカを手に入れたからだ。


 E国で行われた最強決定戦で優勝し、自らの職業技能ジョブスキルが騎士であることから彼は自身を円卓の騎士の再来だと吹聴しているらしい。


 優勝した際に覚醒の丸薬を飲んだことにより、彼は二次覚醒者になっている。


 その他にも二つ名持ちの各国の冒険者の姿が見えたが、藍大は下手に目立たぬようにおとなしくしていた。


 会議開始時刻の午前10時になると、開催国代表が議長の役割を担うので潤がマイクをオンにした。


「皆様、本日は新年早々から遠路はるばるお越しいただきありがとうございます。本日から2日間行われる会議が有意義な時間になることを切に願います。では、これより第1回冒険者国際会議を始めます」


 冒険者国際会議は2日間で行われる。


 1日目は各国の現状共有と質疑応答だ。


 参加国はG20からEUを抜いてN国が加わった20ヶ国であり、現状共有と質疑応答だけでも1日かかるのは納得できる。


 この会議に参加しない国は会議に参加している余裕がない国と他所は他所だと考える国だけだ。


 それ以外の国は他国の情報を仕入れるのに貪欲である。


 特に日本の状況を探る意味合いが強い。


 開催国の日本の発表は最初に行われる。


 これは潤が会議に疲れたタイミングで質疑応答をするよりも元気な内に済ませておきたいと考えたからだ。


 その判断は正しいと言えよう。


 現に日本の発表が終わると各国から質問の波がどんどん押し寄せて来た。


『ミスター・セリエ、日本の冒険者はアダマンタイトを普段使いできる程潤沢に保有してるというのは本当か?』


「普段使いとはどの程度でしょうか?」


『包丁や銀食器の代わりにアダマンタイトを使ってると聞いたことがあるぞ』


「それはまったくのデマですね。トップレベルのクランの冒険者が武器に使ったり、職人班の鍛冶道具に使われるぐらいです」


 (ミスリル製の調理器具なら使ってるんだよなぁ)


 A国のDMU代表の質問と潤の回答を聞き、藍大は顔には出さないがまるっきり見当外れではないと心の中で苦笑した。


『ムッシュ・セリエ、日本は1級~5級ポーションを全て製法まで見つけたのに全て国内で使ってるじゃないか。どうして外国に輸出してくれないのかね?』


「逆の立場で考えてみて下さい。自国の冒険者に満足に供給できていないのにどうして他国に輸出できましょうか?」


 F国のDMU代表の質問に対して潤は堂々と答えた。


 その態度は正しい。


 ここで後ろめたさを見せれば今がチャンスだと各国は日本を叩き、1級ポーションを輸入するためにあれこれ言っただろう。


 しかし、潤は堂々と反論してその内容も非難することはできないものだからF国のDMU代表は黙らざるを得なかった。


 誰だって自国が一番なのだ。


 綺麗事を言うのは容易いが、それを実行するのがどれだけ難しいのか自分の立場で考えれば深く追及することはできまい。


 下手に追及しようものなら他国に自国を浅ましいと思われるだけでなく、その発言を利用されて仮に1級ポーションを輸出してもらえるとしても自国を候補から外されてしまうことを懸念するからである。


 それでも各国からの日本への質問はまだまだ続く。

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