第258話 私、リテイクしないので
藍大の誕生日の2日後の金曜日、シャングリラの102号室に来客があった。
出迎えるのは藍大と舞、サクラの3人だ。
「逢魔さん、お久し振りですね」
「そうですね。『Let's cook ダンジョン!』以来でしょうか、有馬さん。あの時はまさか貴女が”ホワイトスノウ”のクランマスターになるとは思ってませんでしたよ」
「私もそうですよ。事務所の方針で波に乗ったらそれがビッグウェーブでした」
シャングリラにやって来たのは藍大が6月に開催された料理大会で司会に抜擢された女優だった。
その名は有馬白雪。
数々の芸能人が在籍するWSプロダクションに所属し、この事務所の中で唯一冒険者として覚醒した芸能人である。
WSプロダクションの公式サイトによれば、白雪の二つ名は白雪姫で
実際、白雪の殺陣はその辺のスタントマンよりもリアリティがあるから、アクション系の映画やドラマ、舞台はどれも大人気だ。
6月の料理大会時点ではクランを設立しておらず、実は冒険者だったという話のタネになるかどうかぐらいの実力だった。
しかし、日本で2回目に起きたスタンピードの際、ロケ地が偶々スタンピードの発生場所になって自衛のために戦って冒険者としての経験が一気に蓄積された。
その結果、WSプロダクションは演技ではなく真剣で戦える女優として白雪を売り出すように舵を切り出した。
それがクラン”ホワイトスノウ”の始まりである。
立ち上げメンバーは白雪とWSプロダクション内で冒険者として覚醒した事務方のメンバーだけだった。
ところが、白雪のファン達が白雪の剣や盾になりたいとクラン入りを強く志願したことで三原色クランの次に大きな規模のクランへと急成長した。
いつかの掲示板で白雪はクランのメンバーが握手や話をするのに貢がせているなんて書かれていたが、あれは白雪がそういうシステムにしたのではなくメンバー達がいつの間にか築き上げたシステムだったりする。
誰かが抜け駆けしないようにするため、貢献度に応じて白雪と握手したり話をしたりできるようにしたのだ。
メンバーはそれぞれ白雪との時間を獲得するべく、前向きに成果を出そうと頑張っている。
決して白雪が自分に貢げと悪女ムーブをしている訳ではない。
その方がクランが上手く回るからその流れに乗っているだけだ。
「それで、今日はどういった用件でこちらにいらっしゃったんですか? 大人気の女優なら忙しいと思うのですが」
「お仕事は確かに多いですが時間は作れるんですよ」
「スケジュール管理をしっかりしてるんですかね?」
「私、リテイクしないので」
(マジかよかっけぇ・・・)
言い切った時の表情は映画のワンシーン、それも決め台詞のようだった。
料理大会であざとい決めポーズをしていたのと同一人物とは思えない程である。
「有馬さん、お仕事ができるのはわかったんで用件を教えて下さい」
ドヤ顔の白雪に先を促すのは藍大の右隣りに座る舞だ。
藍大が白雪のノーリテイク発言に感心したのに少しだけムッとしているのは、夫が家族以外の女性に興味を持ったことにジェラったらしい。
「失礼しました。私が今日ここに来たのは逢魔さん達に渋谷ダンジョンの攻略を依頼するためです」
「渋谷ダンジョン? ”ホワイトスノウ”が管理してるダンジョンですよね。なんで私達に攻略を任せるなんて話になったんですか?」
藍大の疑問はもっともだろう。
一般的にクランが縄張りとするダンジョンを有しているのはステータスだ。
それを手放そうと言うのだから、藍大が疑問に思わないはずがない。
「渋谷ダンジョンが私達には難易度が高くて運営のコスパが悪いんです。”ホワイトスノウ”は下北沢にも管理するダンジョンがあり、探索が難航している渋谷ダンジョンは放置され気味なんですよね」
「スタンピードが起きないようにダンジョンを潰してほしいということですね?」
「その通りです。間引きするのも一苦労なのでこの際アウトソーシングで片付けようという話になりました。渋谷ダンジョンに近くて実績のあるクランが”楽園の守り人”ですから、今日はこうしてお邪魔しました」
ホワイトスノウが管理しているダンジョンでスタンピードが起きたら渋谷が大パニックになる。
その原因がホワイトスノウだと知られれば今まで積み上げて来た信頼と実績が振り出しに戻ってしまう。
いや、むしろマイナスになってもおかしくない。
「どんなモンスターが出るんですか?」
「無機型とアンデッド型がメインですね。序盤はキラードールやシャドウストーカー、ストーンスタチューなんかが出て来ます」
そこまで聞くと藍大は少しだけホッとした。
昆虫型モンスターが出て来るダンジョンならサクラを筆頭とする女性陣が猛反対するからである。
昆虫型でなければサクラ達が嫌がることもないだろう。
「なるほど。では、報酬の話に移りましょうか。”ホワイトスノウ”は渋谷ダンジョンを潰す依頼で”楽園の守り人”にいくら支払ってくれますか?」
「ダンジョンを1つ潰していただく訳ですし、1,000万円でどうでしょうか?」
「”ホワイトスノウ”の尻拭いが1,000万円ですか。自分達を安く見るものですね」
「それに加えて私とのツーショット写真も付けます。しかもサイン入りです」
「ツーショット写真はノーサンキューです。私には舞とサクラがおりますので」
「藍大・・・」
「主・・・」
白雪のファンであればうっかり首を縦に振ってしまいそうな条件だが、愛妻家の藍大にその手が通用するはずない。
きっぱりと断る藍大に舞とサクラは嬉しそうに笑みを浮かべる。
人気女優よりも自分を選んでくれたことは彼女達にとって幸せなことだから当然だろう。
「流石逢魔さん。妻帯者の鑑ですね。では2,000万円と今度公開される私が主演の映画『剣林弾雨』の先行上映会のチケット3名分でどうでしょう?」
「さっきからちょくちょく自分アピールしますね」
「芸能事務所に所属している以上、私にも商品価値がありますからね」
「それもそうですね。ですがもう一声欲しいところです。3,000万円ならば引き受けましょう。グッズとかそういうのなしでマネーでお願いします」
「・・・わかりました。それでお願いします」
「決まりですね。明日、早速渋谷ダンジョンにお邪魔しますよ」
白雪は自分の商品価値を否定されたような気分になったが、藍大に渋谷ダンジョンを潰す依頼を引き受けてもらえたので気持ちを切り替えた。
ところで、藍大が提示した3,000万円という額は茂が以前算出した金額である。
藍大がブラドの力でダンジョンを支配下に収められるようになった後、藍大は茂に頼んで有名なクランが管理するダンジョンからダンジョンを潰すか存続させる依頼が来た時のために依頼を引き受ける適正価格を訊いておいた。
茂の鑑定結果によると、ダンジョンを潰す場合は存続させる場合の半額という見積もりになっている。
指定口座への入金は藍大達がダンジョンを潰した後ということで話がまとまり、白雪はダンジョンに出て来るモンスターについて知り得るだけ話してからシャングリラを発った。
白雪が出ていくと、話し合いの間おとなしくしていたリルが藍大に駆け寄る。
『ご主人、終わった~?』
「良い子にしてて偉かったな。明日は渋谷ダンジョンだ」
『お肉いるかな?』
「残念ながら食材になるモンスターはいないはずだ」
『そっかぁ・・・』
リルは新たな食材との出会いがないとわかってしょんぼりする。
そんなリルを見て藍大はわしゃわしゃと撫でながらリルを励ます。
「まあまあ。今日の晩御飯はベヒーモスシチューにしてあげるから元気出せって」
『元気出た!』
「私も元気になった!」
リルを励ますつもりが舞まで元気になったのはある意味想定内である。
そこに幼女トリオがしょんぼりした雰囲気でやって来た。
「ゴルゴン達どうしたの? 元気ないみたいだけど」
「『剣林弾雨』楽しみにしてたのよ」
「イチ押しの映画って評判だったです・・・」
『ビェーン。゚(ノωヽ。)゚。チラッ(ノω・ヽ)』
サクラが気になって声をかけると、幼女トリオは『剣林弾雨』の先行上映会に興味津々だったことがわかった。
幼女トリオがテレビっ子なのはわかっていたので、藍大はやれやれと首を振ってゴルゴン達の頭を順番に撫でた。
「今度映画館に連れてってあげるからそれで機嫌を直してくれ」
「約束なんだからねっ」
「マスター、約束ですよ!」
『( ´艸`)たのしみ~』
幼女トリオはすぐにご機嫌になった。
ゲンは報酬なんて特に気にしないため、藍大は従魔達に明日渋谷ダンジョンに行くことを納得してもらえたと判断してベヒーモスシチューの仕込みを始めた。
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