第22章 大家さん、運命を味方に付ける

第255話 やだー、ワイバーン先輩じゃないですかー

 12月1日の月曜日、今日を迎えるまで藍大達は大忙しだった。


 ”ブルースカイ”への1級ポーションの受け渡しから1級ポーションの存在が国内に一気に知れ渡り、懐に余裕がある冒険者や冒険者ではない高所得者から1級ポーションの購入希望の波が押し寄せた。


 1級ポーションを作るのは奈美1人だから、覚醒の丸薬を売る際に作られた”楽園の守り人”の公式サイトで予約注文を受けて奈美のペースで売るようにした。


 藍大達も奈美の求めに応じて1級ポーションの素材集めに協力し、どうにか1週間に1回のペースで販売したのだが、落ち着くまでに1ヶ月強の時間がかかった。


 また、”ブルースカイ”は追放処分にした木津芽衣の発言を謝罪するべく、”楽園の守り人”に賠償金を払った。


 購入した1級ポーションの代金と同じ額ということで、5億円を追加で支払った訳である。


 しかし、藍大と健太はこの賠償金を自分で使う気になれなかったので、5億円を立石孤児院をはじめとした県内の孤児院に寄付することを考え付いた。


 他のクランメンバーも異議を唱えなかったので、5億円はそのまま孤児達が少しでも良い環境で過ごせるように使われることとなった。


 神奈川県知事や孤児院のある市の市長から感謝状を授与する羽目になり、その時になってやり過ぎたことに気づいたのはご愛敬である。


 その一方、株価が下落した青空グループについては近畿圏の無所属の冒険者の支援を開始し、悪いイメージの払拭を狙った。


 これによって近畿圏では青空グループと”ブルースカイ”への悪印象がひとまず拭うことができた。


 それでも”ブルースカイ”のメンバーは遠征先で白い目を向けられるようになり、遠征の規模は縮小傾向になった。


 再発防止策として、”ブルースカイ”は木津芽衣と似たような思考の持ち主がいないか調査し、他のクランを蹴落として”ブルースカイ”の評判を上げようとする者を追放処分とした。


「逢魔さん、お忙しい所すみません」


「いや、こっちも都合がつかずに悪かったな」


「仕方ないですよ。今は”楽園の守り人”しか1級ポーションを作れない訳ですし」


「全然OKです。デーモン素材が売れて俺の分だけじゃなくて成美と晃の覚醒の丸薬も買えましたし」


「マルオの言う通りです。僕達も時間を有意義に使えました」


 藍大はゲンを憑依させてサクラとリルと一緒に道場ダンジョンに来ていた。


 今日は成美達後輩のパーティーが道場ダンジョンのラスボスと戦う日であり、藍大はそれを見届けに来た。


 11月中旬には各種デーモンが出現する7階を無傷で突破できるようになり、後は8階にいるラスボスを倒すだけになった。


 ところが、藍大達が1級ポーションの販売やその素材集めに忙しかったこともあり、藍大が立ちあえる日で成美達がラスボスに挑む日は最短で今日だった。


 成美達は藍大の都合がつく今日までの間、デーモンを狩っては素材を売って過ごして来た。


 各種デーモンの素材は武器や薬品系アイテムになるため、シャングリラダンジョンのモンスター程ではないがレアで高く売れる。


 それをコツコツ狩っていたいたおかげでマルオの覚醒の丸薬の代金を完済し、成美や晃の分も一昨日完済できた。


 ちなみに、成美達の職業技能ジョブスキルについては既に日本中に知れ渡っている。


 藍大が目をかけているパーティーということで注目が集まり、北村ゼミの卒業生でマスコミ関係の仕事に就く者が成美達のようなレアな職業技能ジョブスキルを持つ冒険者の特集を組んだからだ。


 成美達も冒険者としての実力は中の上ぐらいに達したことで、コソコソするよりも名前が売れた方が変に手を出し辛いだろうと考えてのことである。


 本来の目的は成美達を守るためだったけれど、結果的にレアな職業技能ジョブスキルを持つ冒険者達の助けになった訳だ。


 認知度が上がった副産物として、マルオは道場ダンジョン周辺ではローラとセーラ、オルラを外で連れ歩けるようになっているからその意味でも助けとなった。


「そう言ってもらえるとありがたい。じゃあ8階に行くけど準備は良いか?」


「「「はい!」」」


 後輩3人からやる気十分な返事を聞き、藍大達は道場ダンジョンの最上階8階へと移動した。


 道場ダンジョンはブラドが管理しており、今は元々いた”ダンジョンマスター”が不在である。


 その代わりにこいつを倒せば道場は卒業できると認めたモンスターを配置した。


「やだー、ワイバーン先輩じゃないですかー」


「ウィアァァァァァ!」


 マルオのコメントを受け、自分の存在をアピールするようにワイバーンが吠える。


 道場ダンジョンはクラン無所属の冒険者にとって登竜門だ。


 竜のなりそこないとも言われるワイバーンを倒して実力者になってみせろというブラドのメッセージがワイバーンには込められている。


 藍大はトリニティワイバーンしかワイバーンを知らなかったので、普通のワイバーンがどんなものなのか知らない。


 それゆえ、すぐにモンスター図鑑でステータスを確認した。



-----------------------------------------

名前:なし 種族:ワイバーン

性別:雌 Lv:80

-----------------------------------------

HP:1,200/1,200

MP:1,500/1,500

STR:1,200

VIT:1,000

DEX:1,000

AGI:1,500

INT:1,200

LUK:1,000

-----------------------------------------

称号:ラスボス(道場)

アビリティ:<火炎吐息フレイムブレス><降下尾鞭ダイブテイル><猛毒尾刺ヴェノムスティング

      <爪斬撃ネイルスラッシュ><螺旋突撃スパイラルブリッツ

      <戦叫ウォークライ><物理耐性レジストフィジカル

装備:なし

備考:なし

-----------------------------------------



 (近接戦ができるしAGIも高いから移動砲台にもなるのか)


 藍大がそんなことを考えていると、ワイバーンは藍大の方を見つめる。


「ウィア!?」


 藍大を美味しそうに感じたが、両隣にいるサクラとリルを見てワイバーンは藍大をすぐさま攻撃対象から外した。


 攻撃しようとすれば即座に狩られると本能的に察したからだ。


 首を横にブンブンと振るい、ワイバーンは晃に向かって<降下尾鞭ダイブテイル>を発動する。


 このアビリティは急降下からサマーソルトキックの要領で尻尾を鞭のようにしならせて攻撃に移る。


「セーラ、受け流せ! ローラとオルラはその隙に攻撃!」


 マルオの指示を受けてセーラが2つの盾を使ってワイバーンの攻撃を受け流す。


 ワイバーンが攻撃を受け流されてバランスを崩すと、オルラがローラの2本の剣に闇を付与し、ローラが左側面から斬撃を連続して飛ばした。


「ウィウィッ!?」


 ワイバーンは<物理耐性レジストフィジカル>があるから斬撃なんて痛くないと思って油断していたが、闇の付与された斬撃を受けてダメージを負った。


 その事実に驚いてワイバーンが怯んだ。


 成美がバフ効果の演奏で味方の力を引き上げると、晃が手榴弾によく似た紫色の物体をワイバーンに投げた。


 それがワイバーンに命中すると同時に爆発する。


 爆発によって紫色の煙が発生し、その煙はワイバーンが呼吸をした際に3分の1程吸い込まれていく。


 ワイバーンが煙の中から飛び上がって姿を現した時、ワイバーンの動きは<降下尾鞭ダイブテイル>を使った時よりも動きが鈍くなっていた。


 晃が投げた物はデモンズボムというアイテムだ。


 このアイテムは煙を吸った者の能力値を15秒程1割削れる貴重な物である。


 道場ダンジョンのラスボス戦ということで、晃は使えるアイテムを事前に用意していたらしい。


「今がチャンスだ!」


「OK! ローラとオルラは攻撃! セーラは反撃に備えろ!」


 ローラが斬撃でオルラは暗黒の槍を連射してワイバーンを攻撃する。


 能力値が落ちた今がダメージの稼ぎ時であり、ワイバーンも全ては避け切れずにダメージが蓄積されていく。


「ウィアァァァァァ!」


 デモンズボムの効果が切れた途端、今までよくも好き勝手にやってくれたなとワイバーンが<火炎吐息フレイムブレス>を放つ。


「オルラ、盾2つに<闇付与ダークエンチャント>! セーラは安心して防げ!」


 オルラが闇の膜を張ることにより、セーラは自分が持つ2つの盾でパーティー全員の盾になる。


 素の状態の盾ならばあっさり融けてしまったかもしれないが、闇の膜がそれを防いだ。


「耳塞いで!」


「「了解!」」


 ワイバーンの<火炎吐息フレイムブレス>を凌ぎ切ると、晃がカードから出したボールをワイバーンに投げつける。


 耳を塞げという晃の言葉とボールの見た目から察し、観戦していた藍大はサクラに咄嗟に指示を出す。


「サクラ、リルの耳を塞いでやれ」


「うん」


 サクラは前脚で自分の耳を塞げないリルのために<透明多腕クリアアームズ>で耳を塞ぐ。


 当然、自分は自分の両手で耳を塞ぐし藍大も同様だ。


 藍大の指示は正解だった。


 晃がワイバーンに投げたボールは破裂すると金属音がボス部屋に鳴り響く。


 ワイバーンは至近距離で嫌な音を聞かされたせいで耳が狂い、バランスを崩して地面に墜落した。


 晃が投げたのは音爆弾といい、デモンズボムと比べて一般的なアイテムで安くてよく効くから冒険者に大人気の品である。


「総攻撃!」


 成美の号令に従い、パーティーメンバー全員が墜落したワイバーンを袋叩きにする。


 特にローラとオルラの攻撃を軽減できず、ワイバーンは力尽きた。


「「「勝ったぁぁぁぁぁ!」」」


 どうやら雛鳥後輩達の巣立ちの時が来たようだ。

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