第254話 こういうのって天丼って言うんだっけ?

 掲示板が炎上した2日後の金曜日の正午前、茂は本部長の部屋に来ていた。


「こういうのって天丼って言うんだっけ?」


「天丼なんだろうな」


「魔王様信者の嗅覚もすごいね」


「あいつらが藍大達の敵を数の力で倒してるおかげで”楽園の守り人”を取り込みたい企業も動けずにいる」


 茂も潤も乾いた笑みを浮かべていた。


 何が天丼なのかと言えば、木津ショップ統括部長が木津芽衣の問題発言の影響で引責辞任したからである。


 最初は”ブルースカイ”だけ叩かれていたのだが、次第に父親の木津ショップ統括部長に飛び火した。


 魔王様信者達は”楽園の守り人”に迷惑をかけることを良しとしないので、”ブルースカイ”から木津芽衣が追放処分を受けたらおとなしくなった。


 だが、その父親の木津元ショップ統括部長の炎上はその流れを無関係な冒険者や一部のマスコミが引き継いだ。


 どういう教育をしているのかという非難だけでなく、元DMU職員でアイテムショップ勤務経験がある者もここぞとばかりに燃料を投下したこともあって彼も叩くべき対象と認定されてしまったのだ。


 DMUに巣食う残り2人の老害は我が身可愛さに木津ショップ統括部長を斬り捨て、それどころか自分達も彼を非難する立場に回った。


 その狡猾なやり方はまさしく老害ならではだった。


 潤もこのチャンスを逃すはずがなく、老害達の派閥に与していない人材を新たなショップ統括部長に据えた。


 以上が昨日までのことである。


「何がすごいって老害達が直接藍大君達に手を出す前に自滅することだよね」


「藍大っつーかサクラさんのおかげだろ。藍大に危害を加える物を近づけないように幸運で守ってるんだ」


「なるほど。ちなみに、サクラさんの今のLUKの値は?」


「聞いた限りじゃ16万」


「1級ポーションも手に入れたし、これ以上LUKが伸びたらどうなるんだか」


「エリクサーとか手に入れたりして」


「・・・茂、それは漫画やゲームの話だろ?」


「存在しないって証明はできてない」


 茂と潤は数秒間沈黙した。


 もしかしたらエリクサーを手に入れるかもしれないと思ったからである。


 実際のところ、エリクサーが存在するかどうかわからないしその効果も不明だ。


 しかしながら、ポーションやミスリル、アダマンタイト等の特殊金属もある世界ならばエリクサーが存在しないとも言い切れない。


 それゆえの沈黙である。


 潤はあるかどうかもわからないことで悩むのは馬鹿らしいと思い、別の話題を提示することにした。


「そうだ、以前画像で送ってくれた壁画の件はどうなった?」


「シャングリラダンジョンの地下8階のあれのこと?」


「それそれ。調査に難航してるの?」


「鑑定結果では職業技能ジョブスキルの三次覚醒までの説明で間違いないが、三次覚醒してるのが藍大と舞さんしかいないから調査は中断してる。優先順位も低いしな」


「藍大君達が他にも覚醒の丸薬Ⅱ型を見つけてくれたら完全に証明できる訳だ」


「そうなる。というか、なんで今になってこの話をするんだよ?」


 茂の疑問は当然だろう。


 壁画を見つけたのは7月でそれから3ヶ月も経っているのだから。


「経緯から話すけど、来年の始めに冒険者関連の国際会議がある」


「何それ初耳」


「そりゃ昨日板垣総理から聞いたばかりだからね。それで、各国のDMUトップとその国で最も強い冒険者を連れてくることになってる。開催場所は日本だ」


「じゃあ参加するのは親父と藍大か。でもなんで日本?」


「”楽園の守り人”が覚醒の丸薬を日本国内の冒険者に販売してくれたし、シャングリラダンジョンの素材の流通もあって冒険者の質と資源の面で日本が全世界で最先端だからだね。その視察も兼ねてってことだと思うよ」


「”楽園の守り人”半端ねえな」


 これもまた茂の言う通りだ。


 ”楽園の守り人”が存在しなければ、その代わりに三原色クランが日本を牽引しただろう。


 ただし、三原色クランでは日本をここまで好景気にはできなかったに違いない。


 ”楽園の守り人”がDMUに販売した素材を基に、それ以外の冒険者がその素材を使って武器や防具、薬品等のアイテムを作ってダンジョンに挑む。


 その結果、日本の冒険者の死亡率は少しずつではあるが確実に減少傾向にある。


 未知の資源があればやるべきことが増え、それが仕事になれば冒険者以外の仕事も増えて失業率も下がる。


 今の日本で職にありつけない者は余程の怠け者か社会不適合者だけだ。


 懐が温かくなれば贅沢をする者も現れ、子供が欲しいと思う夫婦も増える。


 出生率も上がるから日本は世界で復興以上の伸びを見せていると言える。


「さっきの質問にも答えよう。板垣総理は国家間の戦争になることを危惧してるから、冒険者の職業技能ジョブスキルに関するどんな些細な情報も集めておきたいんだ」


「はい?」


「自分達がギリギリなのに他の国は上手いことやって裕福な暮らしをしてる。許せない。殺してでも奪い取る。こんなことを考える国が出て来る可能性がある。その時に戦況を大きく変えかねないのが冒険者だ」


「銃火器や核に人が勝てると・・・。そういうことか。藍大達なら勝てそうだな」


「わかってもらえたようだね。藍大君の保有戦力ならば今までの世界大戦で活躍した兵器すら足元にも及ばない。彼並みの戦力を持つ者がいれば戦況はいくらでもひっくり返せる」


 茂は潤が言いたいことを理解した。


 日本には藍大という切札があるように他国だって切札を持っている可能性は否めない。


 自ら戦争を仕掛けるつもりは毛頭ないが、ただやられるだけなんてことはあり得ない。


 自衛のためにできる準備はしておかねばならないだろう。


 そう考えると、シャングリラダンジョンの壁画でわかる情報は対策を練る時間も必要なのでできる限り早く集めたいのが正直なところだ。


「わかった。壁画の調査は優先度を上げて対応する」


「よろしく頼むよ。それとさ、”勇者”の称号を得た者が国際会議に出てきたらどうしたら良いと思う?」


「まさか藍大に一騎打ちを挑むとでも?」


「頭のおかしい冒険者が”勇者”は”魔王”を倒す者だとか言い出したり、”勇者”を担いだ政治や宗教で国の統一をした国が来た場合に藍大君って狙われるんじゃないかな」


「そこまで想定しなきゃいけないのか?」


「かもしれない運転で行けってことさ」


「車の運転と一緒にすんなって言いたいところだけどありそうで怖いな」


「そうだろう?」


 茂は潤の考えを否定できなかった。


 日本はダンジョンが発生してスタンピードが起きても被害は比較的軽微で景気も順調に良くなっている。


 その一方、対応が後手に回って国家の危機に瀕した国がない訳でもなく、国内の不満をどうにかするために仮想敵を用意するような国が出て来るかもしれない。


 そんな国に”勇者”の称号を持つ冒険者が現れ、快適な生活を送る”魔王”の藍大を見れば八つ当たりされることだってあり得る。


 準備しておいた方が良いことは間違いない。


 そうだとしても、藍大がいないこの場で考えられることに限りがあるのは事実だ。


「それはもう俺達だけじゃどうにもならないだろ。藍大に国際会議への参加を頼む時に相談すべきだ」


「じゃあその役割は茂に任せた!」


「おいこら本部長」


「話すべきことは以上だよ。国際会議の件は極秘事項だから他言しないように。さあ、昼でも食べに行こうかな」


「ふざけんな畜生!」


 茂は潤の息子なので潤が無茶振りしたことに不平不満をぶつけても撤回してくれないとわかっている。


 そうなればこんな所にいつまでいても仕方がないので、茂は本部長室を退出した。


 茂は自分の与えられた部屋に向かうと、千春がその中で待っていた。


「茂君、待ってたよ。お弁当作って来たから一緒に食べよう!」


「ありがとうございます」


 茂は笑顔の千春を見てささくれだった気分が解消されたが、千春は茂に違和感を覚えた。


「・・・元気ないね。大丈夫?」


「大丈夫にしますよ」


「そっか。茂君は話せないこともあって大変だよね。おいで~」


 茂は千春に嘘をつきたくないので正直に今の気持ちを伝えた。


 すると、千春が両手を広げて茂を迎え入れるポーズになる。


「千春さん、ここ職場ですけど」


「ちょっとだけだよ。茂君が疲れてそうだからハグするの。ハグはストレス解消に最適なんだよ?」


「・・・じゃあちょっとだけ」


 千春が自分のことを気遣ってくれているのはわかるので、茂は恥ずかしそうではあるものの少しだけ千春にハグした。


 茂は千春と職場でハグできる環境にあることを感謝して気持ちを切り替えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る