第253話 健太がオラオラしてる。何か良いことでもあったのか?

 クランメンバーにマージとアスタを引き合わせた後、藍大は予定された客が来るのを待っていた。


 その来客とは”ブルースカイ”の青空瀬奈である。


 1級ポーションの代金は指定口座に振り込んでおり、後は品物を受け取るだけという状態にしてから瀬奈はシャングリラまで来るようにした。


 現金を持ち運ぶのは面倒であり、藍大が偽物を掴ませるような卑劣な真似をしないと信用しているからこそ先払いを選択している。


 2日連続で黒塗りの高級車がシャングリラの前に停まるのは珍しいが、そんなことは瀬奈にとって知ったことではない。


 瀬奈はサブマスターの渡辺理人ともう1人の女性を連れてやって来た。


「本物はすごいですね。男のロマンが詰まってます」


「理人、人はロマンでは食べていけませんよ」


「ですよねー」


 瀬奈はドライザーを見て感激する理人に対してピシャリと言ってのける。


 流石はツンドラクイーンの二つ名で呼ばれるだけはある。


 その間に藍大とサクラが1級ポーションを持ってやって来た。


 瀬奈からは事前に受け取りに行くだけだから歓待は不要と言われており、それを押し切って瀬奈のスケジュールを狂わせたら面倒なことになるとわかって藍大は本当に受け渡しだけで済ますつもりだ。


「こんにちは。これが約束の品です」


「理人、受け取って」


「わかりました」


「どうぞ」


「ありがとうございます。確かに受け取りました」


 これでもう用事は済んだため、後は瀬奈達を見送るだけの簡単なお仕事だと思っていた藍大に想定外の事態が起きた。


 瀬奈の後ろにいた目力の強そうな茶髪の縦ロールの女性が口を開いたのだ。


「クランマスター、逢魔さんに挨拶をさせていただいても?」


「そのために着いて来たのでしょう? 早く済ませなさい」


「わかりました。逢魔さん、初めまして。私は”ブルースカイ”Bチームのパーティーリーダーを務める木津芽衣と申します。よろしくお願いします」


「初めまして。逢魔藍大です。こちらこそよろしくお願いします」


 藍大はできるだけ友好的に見えるように挨拶を返した。


 このタイミングでの自己紹介だなんて何かあるに違いない。


 そう思っても最初から警戒していれば相手の機嫌を損ねる恐れがある。


 既に実力で言えば”楽園の守り人”が勝っているが、藍大だって三原色クランの一角とわざわざ敵対したいだなんて考えていない。


 だからこそ、藍大はこのまま穏便に話が終わって瀬奈達が帰ってくれれば良いのにと思いながら芽衣に挨拶を返した訳だ。


「逢魔さんはDMUの芹江さんと親しいんですよね?」


「幼馴染ですがそれがどうかしましたか?」


「幼馴染の力を借りて”ブルースカイ”よりも格が上と評価されて満足ですか? 私達から1級ポーションでぼったくって嬉しいですか?」


 その言葉を聞いた瞬間、その場が凍った。


 瀬奈は表情に出ていないが理人は何言ってくれちゃってんだこいつとアワアワしている。


 そんな中、誰かが口を開くよりも前に藍大とサクラの後ろから声がした。


「おい、。お前んところのメンバーは教育がなってねえな」


 声の主は健太だった。


 普段は瀬奈と関わり合いになりたくないから顔を出さないのだが、今日に限って健太は姿を現した。


 藍大の隣までやって来た時、いつものヘラヘラした雰囲気をどこに置いて来たのかいつになく真剣かつ不快感を露わにした表情だった。


「健太・・・。ようやく義姉に正面から顔を見せる覚悟ができましたか」


「んなこたぁどーだって良い。俺が言ってんのはお前んところのメンバーの教育がなってねえってことだ。二度も同じこと言わせんなよ」


「・・・そうですね。芽衣、貴女はそれを言うためだけに私に付いて来たのですか?」


「クランマスター、私は”ブルースカイ”がぽっと出のクランに格で負けるなんてあり得ないと思ってます。どうせ汚いやり方でDMUに上手く取り入ったに決まってます。1級ポーションだって言い値で買う理由はありません」


「おいおい言ってくれるじゃねえか。木津ショップ統括部長の娘がよ。お前が茂も含めて貶めるような言い方をするならば、お前は肉親の力を借りたって言われても仕方ないよな?」


「なんですって!?」


 (健太がオラオラしてる。何か良いことでもあったのか?)


 根拠のない侮辱を受けている藍大はと言えば、芽衣の言葉を適当に聞き流して健太がオラオラしていることを気にしていた。


「いい加減にしなさい。貴女のくだらないプライドで私達を巻き込むのは止めなさい」


「クランマスター」


「理人、今は話の途中です。後にしてくれませんか?」


「そうも言ってられません。この会話、魔王様信者に録画されて掲示板で大炎上してます」


「「なんですって!?」」


 理人が差し出したスマホを見ると、瀬奈はその内容に目を見開いた。


 芽衣も自分のスマホを取り出して掲示板を見て怒りに震えている。


「逢魔さん、すみません。今回のことは後で木津に厳しい処分を与えときますので今日の所は失礼します!」


 理人がそう言って頭を下げると、1級ポーションを車に積んでから瀬奈と芽衣を車の中に押し込んだ。


 そのまま瀬奈達を乗せた車は急いで発進したが、車内では今流れているであろう動画による炎上の対応に追われているに違いない。


 瀬奈達がいなくなると、健太が大きく息を吐いた。


「ふぅ、上手くいったぜ」


「何が上手くいったのか話を聞かせてもらおうか」


「俺は別に疚しいことはしてねえぜ」


 健太がオラオラしていたのは掲示板のことが影響しているのは間違いないから、藍大はその答え合わせを求めた。


 健太は一切後ろめたいことをしていないので堂々としている。


 そんな健太にサクラが話しかける。


「ゴミ虫」


「なんでしょうかサクラ様?」


「よくやった。これからは人間として扱うことにする」


「ありがたき幸せ」


「人間として扱われてなかったことに対するツッコミはなし?」


 藍大は片膝をついて臣下の礼をする健太を見てツッコまずにはいられなかった。


「俺は過去じゃなくて今を生きるんだ」


「さいですか。とりあえず102号室に移動するぞ」


「へーい」


 藍大達は102号室に戻った時、舞が慌てて声をかけた。


「藍大、掲示板が大変だよ!」


「知ってる。健太が何かやったっぽい」


「青島さんが?」


「俺が直接やったことはないけどね。まあちゃんと話すさ」


 いつも通り3対1で座ると、藍大は健太に事情の説明を求めた。


「それじゃあ詳しく話してくれ」


「あいよ。重ねて言っとくけど俺は掲示板に何も打ち込んでない」


「ん?」


「月見商店街で買い物していた魔王様信者がシャングリラに向かう黒塗りの高級車を見つけて気になって尾行したのが事の発端だ」


「信者が月見商店街の売り上げに貢献してるのは置いとくとして、青空さん達を尾行したのか」


「尾行したんだとよ。その掲示板に書いてあるぜ」


「確かに333の人が動画を流す前に経緯を書いてるね」


 健太の話の裏を取るべく、舞がスマホの画面をスクロールしてそれが事実であることを明らかにした。


 その書き込みによれば、何かトラブルになる気配がしたからいざという時に備えて張り込んでいたらしい。


 最初は芽衣の自己紹介だけだったから動画を回すだけに留めたが、その後に芽衣が藍大と”楽園の守り人”に難癖をつけ始めたので自己紹介の部分から動画を投稿した。


 その動画を見た魔王様信者達は激怒した。


 この女許すまじと動画を拡散して回った。


 芽衣は”ブルースカイ”の縄張り以外のダンジョンへの遠征でも横柄な態度が目立っており、お世辞にも評判が良いとは言えなかった。


 それゆえ、動画を見たアンチ芽衣の冒険者達が書き込みを炎上させるのに時間はかからなかった。


「ちなみに、俺は木津芽衣あの女がいたと知ってすぐに掲示板を閉じてスタンバってた。良い噂のねえ奴だったから、この機会を利用できればラッキーと思ってな」


「なるほどな。それで健太は青空さんと無礼な女相手にオラオラしてた訳だ」


 藍大も聞き流していたとはいえ、頭の中では木津芽衣=無礼な女という式が成り立っているようで名前を呼ぼうとすらしないのは仕方のないことである。


「そーいうことだ。いやぁ、瀬奈相手に強く物が言えて大変気分がようございました」


「健太、強く物が言えたのは良いとしてお前と青空さんの関係がバレたらめんどいことになるんじゃね?」


「構わん。今までは出涸らしのように思われてた俺が動画で瀬奈を追い詰めてると知れば、青空グループの重鎮も完全に今の力関係を理解するさ。下手にこっちに手を出せば下降中の株価が更に落ちるから手出しもできねえだろうよ」


「お前が真剣に悪巧みすると悪質だな」


「褒めんなよ。照れるだろ」


「褒めてねえよ。まったく」


 その日の夕方、”ブルースカイ”がクランの公式ホームページに藍大に対する謝罪文と処罰を掲載すると、掲示板で非難していたアンチ”ブルースカイ”の冒険者達もようやく落ち着きを取り戻した。


 この一件で”楽園の守り人”もそうだが魔王様信者は敵に回すと恐ろしいと改めて認識されたのだった。

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