第249話 モフラーはどんな時もブレねえな

 10月13日の月曜日の午前10時、”楽園の守り人”と三原色クランにとって大事なWeb会議が始まった。


「定刻となりましたので会議を始めます」


 藍大はパソコンの画面に向かって声をかける。


 参加者は”楽園の守り人”と”レッドスター”、”ブルースカイ”、”グリーンバレー”から2名ずつ。


 ”楽園の守り人”からは藍大と舞。


 ”レッドスター”からは赤星誠也と赤星真奈。


 ”ブルースカイ”からは青空瀬奈と渡辺理人。


 ”グリーンバレー”からは緑谷大輝と緑谷麗華。


 麗華は先月下旬に大輝と結婚して苗字が変わっている。


 神奈川と大阪、福岡にあるクランがオフラインでどこかに集まるとなれば大事になるのは間違いない。


 会議に使う場所の予約や参加者全員のスケジュールの確保、マスコミ対策が面倒だという理由でWeb会議になった。


『逢魔さん、今日は何を見せてもらえるんでしょうか? 覚醒の丸薬に次ぐ薬品の紹介だと聞いてますが』


 藍大の次に口を開いたのは大輝だった。


 薬士である大輝にとって、今日藍大が紹介する薬品が何か気になって仕方なかったらしい。


 画面越しでも彼が期待に目を輝かせているのは一目瞭然だった。


「今日お見せするのはこれです」


 藍大はそう言うと、テーブルの上に置いてあったオレンジ色の液体が入った丸底フラスコをパソコンのカメラに映した。


『ま、まさか!?』


『知ってるの大輝?』


『逢魔さん、それって1級ポーションでしょう?』


『『『『『えぇ!?』』』』』


 大輝が真っ先に藍大の手の中にある薬品に見当を付けると、隣に映っていた麗華は全くわからなかったので大輝に訊ねた。


 大輝が自分の予想を口にした途端、藍大と舞、大輝以外は驚きを隠せなかった。


「流石は緑谷さんですね。その通りですよ。これは1級ポーションです。我々のクランで作成に成功しました。今から鑑定書のデータを画面に共有します」


 藍大はパソコンを操作して会議に参加している全員の画面上に茂が1級ポーションだと認めた鑑定書のデータを共有した。


 この場に鑑定士はいないから、藍大が自分の持っているそれが1級ポーションであると証明するために茂に鑑定書を用意してもらったのだ。


『逢魔さん、これは以前私が使ってもらった物を生産できるようになったってことですか?』


『使ってもらったとはどういうことですか誠也さん?』


 誠也は自分がダゴンにやられた傷を治したのが藍大達のダンジョンでの拾い物の薬品であるという作り話を信じていた。


 実際はサクラの<超級回復エクストラヒール>で治したのだが、サクラが常識外れな回復手段を持っていることを隠すために誠也にはそう説明してある。


 誠也の隣にいる真奈はサクラが治した所に立ち会っていたため、その事実を決して口外すまいと動揺を顔に出さないようにしている。


 自分が無理を言ってサクラの力を暴いてしまったのだから、せめて口外しない約束だけは守ろうと律儀に守っているのだ。


 誠也に質問をしたのは瀬奈である。


 瀬奈にとって誠也が1級ポーションを使う必要のある怪我をした事実は見過ごせないので、何があったのか正確に把握しておきたいのだろう。


 今ここで1級ポーションを使って自分が五体満足になったと言えば、自分の失態を”ブルースカイ”と”グリーンバレー”に知られることになっても1級ポーションの信憑性が上がる。


 それによって藍大が話をしやすくなれば恩返しになると判断して包み隠さず話すことにした。


『私は7月末に客船ダンジョンの”ダンジョンマスター”と戦った際に左腕と右脚を失って意識不明の重体になりました。しかし、逢魔さんが1級ポーションを使って私を五体満足の状態に戻してくれたのです』


『それは大変興味深いですね。逢魔さん、私達と赤星さん、緑谷さんに声をかけたのは競売をするためでしょうか?』


 瀬奈は以前月見商店街のオークションでスカルネックレスを5,000万円で落札するぐらいには自分の身を可愛く思っている。


 そうであるならば、瀬奈が1級ポーションを欲しがらないはずがない。


 瀬奈の目は獲物を狩ろうとする狩人の目になっていた。


 (揉めてほしくないからこの会議を開いたんだっつーの)


 藍大は”レッドスター”と”グリーンバレー”に1級ポーションを売った場合、大して仲の良くない”ブルースカイ”が何故自分達を除け者にするのかとゴネると想定していた。


 それゆえ、わざわざこの会議で3つのクランに同じ量の1級ポーションを同額で売ることにしたのである。


 瀬奈がいくら札束を積み上げようと藍大の意思は変わらない。


「競売を始めるつもりはありません」


『そうですか。では、3つのクランに同じ数用意できるということでしょうか?』


「その通りです。1つのクランに10本。1本当たり5,000万円です。買われますか?」


『安いですね。勿論買います。5,000万円で命が救えるのなら買わないはずありません』


『”レッドスター”も買いましょう』


『”グリーンバレー”もです』


 資産に余裕がある三原色クランにとって5億円で10回分の命の危機を回避できるならば安い買い物だ。


 瀬奈を筆頭に誠也も大輝もすぐに購入する意思を示した。


 なお、5,000万円という価格は以前サクラが誠也を直した時の5倍の価格である。


 価格設定については茂が1,000万円では安過ぎると指摘し、誠也の治療費は誠也が真奈の支払った金額を聞いて差額の4,000万を後日支払っている。


 知り合い価格にしても過度な値引きは今後の関係に溝ができるかもしれないと考えてのことだ。


「ありがとうございます。購入代金は指定口座への振り込みか直接払っていただくとして、1級ポーションの受け渡し方はどうされますか? 私は妻が身重のため届けに行くのは遠慮させていただきます。郵送か受け取りに来ていただくかです」


『”グリーンバレー”は指定口座に振り込みますのでDMU運輸の配送でお願いします』


「わかりました」


 大輝が即座に払い方と受け取り方を伝えると、藍大が望まない展開が訪れた。


『不用心ですね。神奈川から福岡までどれだけ離れてると思ってるんですか?』


『ちょっ、クランマスター!?』


『私達がどうしようと難癖付けないでくれるかしら? 不愉快よ』


『失礼な話ですね。こちらは親切心で言ってるだけですのに』


『他所は他所、ウチはウチよ!』


 (喧嘩なら他所でやってくれよ)


 言い合いを始める瀬奈と麗華に藍大は困惑せずにはいられなかった。


 その一方、マイクがオンになった状態で瀬奈と麗華が喧嘩しているところに声を張り上げるのは疲れるから真奈がチャットで回答した。


 舞がパソコンのマイクをオフにしてから藍大に話しかける。


「藍大、真奈さんは支払いも受け取りも明日の午後3時に直接行いたいって。ついでにリルを一目見れたら大満足とも書いてあるよ」


 (モフラーはどんな時もブレねえな)


『えっ、嫌だ』


「わかってるって。無理に会わせるつもりはないから安心してくれ」


『良かった~』


 リルが真奈のチャットにすぐに反応できたのは、Web会議が始まる前から子犬サイズになって藍大の膝の上に乗っていたからだ。


 大事なWeb会議となれば、藍大がリラックスできるようにその膝の上で撫でられるのが自分の役割だとリルは自負している。


 リルの予想は的中しており、藍大がストレスを感じると気持ちを落ち着かせるためにリルを撫でていた。


 ペットとしてもリルは大変有能である。


 ひとまず藍大は真奈が直接支払いと受け取りに来ることに了承し、瀬奈と麗華の言い争いを大輝と理人が抑えるのを待った。


 (皆さんが静かになるまで5分もかかりましたとか言ったら酷いことになりそう)


 藍大がくだらないことを考えていると、疲れた表情の理人とは対照的にケロッとした表情の瀬奈が支払いも受け取りも直接を希望すると答えた。


 三原色クランの全てから回答が出揃ったので、藍大にはこれ以上会議を長引かせる理由はない。


 すぐにお開きにしようとマイクをオンにした。


「ありがとうございます。では、それぞれが希望された方法で対応しますのでよろしくお願いします。今日はありがとうございました」


 それだけ言うと、各々がミーティング画面から退出していった。


 藍大は全員退出したのを確認してから自分もミーティング画面から退出した。


 藍大と舞はWeb会議が終わったことにホッとして大きく息を吐いた。


「お疲れ様だね~」


「舞もお疲れ」


「お疲れ様。主と舞に蜂蜜入りホットミルクだよ」


「サクラ、ありがとう」


「ありがと~」


 Web会議が終わったタイミングを見計らって飲み物を出すあたり、サクラもとても気の利く従魔である。


 精神面をリルが癒し、身体面をサクラが癒す。


 バランスが取れていると言えよう。


 何はともあれ藍大と舞にとって気を張る時間はもう終わりなので、その後家族でのんびりしたのだった。

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