第246話 お祝いの言葉よりもケーキで喜ぶのは仕方ないか。舞だもの

 翌日の土曜日、藍大パーティーはシャングリラダンジョンの探索をせずに102号室にいた。


 昨日手に入った1級ポーションにより、奈美が1級ポーションのレシピを理解して未亜と司のパーティーはブラドが調整した地下5階で素材集めに勤しんでいるが、今日は藍大にとって特別な日だから102号室に留まっている。


 今日、10月11日が特別な理由とは舞の誕生日だということだ。


 秋田県にあった頃の立石孤児院で舞は育ったが、舞は生まれて間もない頃に毛布でくるまれたまま名前と誕生日の書かれたカードと一緒に段ボールに入れて捨てられていた。


 それゆえ、赤ちゃんの時から孤児院にいるが舞は名前も誕生日もはっきりしている。


 そんな舞が誕生日にしてほしいことは何かと藍大に訊かれると、どこにもいかずに一緒にいてほしいと言った。


 誕生日は大切な人達と楽しく過ごしたいと言われれば藍大が断わるはずない。


 大切な妻のために藍大は今日一日ずっと一緒にいようと快諾した。


「今日は藍大とずっと一緒~」


「勿論だ。それにしても、今日の舞はいつもよりもずっと甘えん坊だな」


「だって嬉しいんだも~ん」


 舞は今、藍大の肩に寄り掛かりながらソファーに座っている。


 妊娠16週は安定期と呼ばれる頃合いだ。


 お腹は順調に大きくなっており、そのお腹の中に藍大の子供がいると思うだけで舞は嬉しくなってしまう。


 藍大も父親になった身として舞のお腹の中にいる子供のことを良く気にしている。


「これはお腹の子も甘えん坊かな?」


「そうかも~。男の子かな? 女の子かな?」


「俺はどっちでも嬉しい。舞と俺の子供なんだから」


「藍大ってばもう。大好き~」


 舞は藍大の言葉が嬉しくなって藍大に抱き着いた。


 舞も孤児だが藍大も大地震で家族を失って独りになってしまった。


 だから、舞のお腹の中にいる子供が男の子でも女の子でも藍大は血の繋がった家族ができたことだけで充分嬉しいのだ。


 藍大と舞が一通りイチャイチャした後、サクラ達従魔がソファーの周りに集まる。


「主と舞の子供の名前は何が良いかな。私は男なら蓮、女なら蘭」


『僕は男なら優月ゆづき、女なら美月みづきが良い』


「薫・・・。どっちでも・・・」


「男なら朝陽あさひ、女なら日向ひなたよっ」


「男なら大地、女なら恵も良いと思うです」


「男なら龍之介、女なら辰喜たつきが良かろう」


 サクラは語感と花言葉から生まれてくる子供に相応しい名前を考えた。


 リルは月を名前に入れられるように頭を捻った。


 ゲンは2つ名前を考えるのが面倒だからどちらにも名付けられて良さげな名前を1つだけ提示した。


 ゴルゴンは太陽に関する名前で案を出した。


 メロは農家らしい発想をしている。


 ブラドはドラゴン要素をどうしても絡めたいようだ。


 サクラ達が順番に自分の意見を言うと、ゼルは首から提げたホワイトボードに「男ならシンジ、女ならレイ」と書いて藍大達に見せた。


「ゼル、そんな知識どこから拾って来た?」


 藍大の問いにゼルは再びホワイトボードに「ネットの海は広大だわ」と書いた。


「しばらくネットサーフィン禁止」


『フウ((((。(´°Α°`)。))))ェェ』


 ゼルは新しいことを知るのが楽しいのか、暇さえあればネットサーフィンをしている。


 その過程でネタ知識もちゃっかり蓄積していたらしい。


 藍大的にはネタ話ができる相手がいて嬉しいけれど、子供の名前を付けるのにネタに走るのはどうかと思うのでゼルのネットサーフィンをしばらく禁止と告げた。


 ゼルはそんな殺生なと言わんばかりの目で藍大を見るが、藍大は少し反省すべきだと判断を曲げなかった。


 そこにインターホンの音が鳴る。


「私が行くです」


 メロが素早く玄関に近づいて客人を家に招き入れた。


 その客人とは茂と千春だった。


「「舞さん誕生日おめでとう!」」


「ありがと~」


 今日は舞の誕生日を祝うために休みを取り、茂と千春がシャングリラにやって来たのである。


「舞さん、ケーキ作って来たよ!」


「ありがとう!」


 (お祝いの言葉よりもケーキで喜ぶのは仕方ないか。舞だもの)


 どちらも同じありがとうという言葉だが、2回目のありがとうの方が力が入っていたので藍大は舞だから仕方ないと笑った。


 それはさておき、流石の藍大もケーキまでは作ったことがなかったから作ったことがある千春にケーキを作って来てもらったのだ。


 舞も誕生日ケーキを食べるのは久し振りのようで、とてもウキウキした表情になっている。


 千春が持って来たケーキを冷蔵庫にしまうと、今日の昼食を作るために藍大と千春がキッチンに移動した。


 舞の誕生日なんだからケーキだけで祝うはずがなく、藍大と千春がシャングリラ産の希少食材を使ってデザート以外の料理を作り始めた。


「むっ、また腕を上げましたね逢魔さん」


「千春さんも流石はプロです」


「おかしい。従魔士と調理士の会話じゃない」


「芹江さん、美味しければOKなんだよ」


 舞にとっては美味しさが重要なので、職業技能ジョブスキルが調理士かどうかなんて関係ない。


 純粋な実力だけなら藍大も千春には敵わないが、舞は藍大に胃袋を掴まれているから2人の会話に疑問を抱いていないようだ。


 正午を少し過ぎると、藍大と千春が昼食を完成させた。


 本日の昼食のメニューは以下のフルコースである。


 オードブルはメロが家庭菜園で作った野菜のテリーヌ。


 スープはマスクドトマトのミネストローネ。


 サラダは木曜日のダンジョン食材と蒸しトリオレイヴンを使ったもの。


 魚料理はデメムートのムニエル。


 肉料理はアジ・ダハーカのステーキ。


 主食はライスキュービーの炊き立てご飯。


 デザートは千春特製のショートケーキ。


 ドリンクはメロが家庭菜園で作ったフルーツのミックスジュース。


「やった~! ご馳走だね〜!」


『ここが楽園だった!』


「今日ほど分体を創れて良かったと思ったことはない!」


 舞率いる食いしん坊ズは藍大と千春の本気料理の数々に目を奪われていた。


 料理の準備ができているのにこれ以上お預けできるはずもなく、早々に実食タイムとなった。


「「「・・・「『いただきます!』」・・・」」」


 仲良く手を合わせてから食材に感謝して昼食が始まった。


 そして、一口食べた瞬間から大絶賛だった。


「美味しいよ! 本当に生きてて良かった!」


「これが主と千春の合作・・・。恐ろしい程美味しい」


『美味しい物を食べるのって気持ち良いね!』


「美味♪」


「ファンタスティックだわっ」


「美味しいです!」


美味うまぁぁぁい!」


『ウ,ウマ━━━Ψ(°д°;!)━━━!!』


「これを味わったらほとんど外食なんてできなくなるぜ」


 みんなに喜んでもらえたことで藍大と千春が握手をした。


「やりましたね千春さん」


「逢魔さん、頑張った甲斐がありましたね」


 作り手からすればこの反応は嬉しいに決まっている。


 その後も感想を言いつつ藍大達はデザート以外の料理を食べ続け、ようやくショートケーキの出番がやって来た。


 ショートケーキには誕生日仕様ということでチョコレートのプレートにメッセージが書かれ、蝋燭は23本刺さっている。


 全ての蝋燭に火を点けると、舞のリクエストで定番の歌を歌い始める。


「「「・・・「『ハッピバースデートゥーユー、ハッピバースデートゥーユー。ハッピバースデーディーア、ま~い~。ハッピバースデートゥーユー』」・・・」」」


 歌い終わった瞬間、舞がケーキを吹き飛ばさないように力を加減して蝋燭の火を吹き消した。


 流石に舞が馬鹿力でケーキを吹き飛ばすなんて展開はなかった。


 ケーキは綺麗に切り分けられてみんなで仲良く食べた。


 店売りの物に負けない味であり、大切な家族や友人と食べるショートケーキは舞にとって今まで食べたどのケーキよりも美味しく感じられた。


 フルコース全てを食べ終えたので、ここからはプレゼントタイムである。


 藍大達が用意した誕生日プレゼントはダイヤカルキノスのダイヤとアダマンタイトをで作られたデジタルフォトフレームだった。


「はい。これが俺達パーティーメンバーからのプレゼント」


「すご~い! これなら頑丈だしデザインも素敵だね~!」


「喜んでもらえて良かった」


「藍大がくれる物はなんでも嬉しいけど、大事な思い出を残せるのはとっても嬉しい!」


 ダイヤによる装飾が高級感を齎すのもそうだが、頑丈なのが何よりもポイントである。


 最近の舞は力加減がかなりできるようになったが、大切な写真が写るデジタルフォトフレームが壊れるのは悲しい。


 だからこそ、簡単には壊れないデジタルフォトフレームがとても嬉しかった。


「私と茂君からはこれです」


「ありがとう~。ポーチだよね? とても綺麗な革だけど何革?」


「トリニティワイバーンです。昨日逢魔さん達が狩って手に入れた物を職人班が大急ぎで作りました。あっ、大急ぎでもとても丁寧に作ってますよ」


「うんうん! カラーリングも水色で気に入ったよ~!」


 こうして舞の誕生日会は舞が大満足の結果で終わった。


 余談だが、夜はクランメンバーが舞を祝う名目でバーベキューを行った。


 舞にとって今日が忘れられない素敵な日だったことは言うまでもない。

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