第230話 このハンバーグをまってた!

 藍大達は後処理をしに来た自衛隊に引き継ぎを済ませた後、立石孤児院へと戻って来た。


 時刻は18時を過ぎた頃で、藍大達が戻って来ると子供達が待ってましたと言わんばかりに出迎えた。


「おにいちゃんおかえり!」


「モフモフおかえり!」


「ハンバーグ!」


 (夕食はハンバーグにしてやるか)


 ここまでハンバーグを楽しみにされてしまえば、藍大としてもその期待に応えてやろうと思ったって仕方がないことだろう。


「ハンバーグ作るか」


「ハンバーグ!? 回すよ~! 超回すよ~!」


『ご主人、子供達の相手は任せてね!』


「「「・・・「「ハンバーグ!」」・・・」」」


 食いしん坊ズはやる気満々になり、子供達はハンバーグが食べられるとわかると喜びをそのままシャウトした。


「逢魔さん、お疲れのところ本当に申し訳ありません」


「いえいえ。こちらも舞とリルが楽しみにしてるようなので構いません」


 藍大はそれから舞とサクラ、裕太、孤児院のスタッフと協力して夕食作りを急いだ。


 リルだけでなく幼女コンビも子供達の面倒を見てくれたから、子供達がご飯はまだかと督促しに来ることはなかった。


 食事の準備ができる頃にはリルと幼女コンビが子供達と一緒に椅子に座って待っていた。


 そのタイミングで藍大はゲンを召喚するふりしてゲンに<超級鎧化エクストラアーマーアウト>を解除させた。


 ゲンだけ食事ができないのはかわいそうだからである。


 子供達の中にはゲンを見た瞬間に目を輝かせる者がいた。


「たいほうだ~!」


「さいきょうだ~!」


「カメさんだ~!」


 しかし、子供達の頭の中ではゲンへの興味<食事という優先順位だったので席を立つ子はいなかった。


 これには藍大もホッとしている。


 (ゲンは子供達の遊び相手とか苦手そうだし良かった)


 1人か2人であればまだしも、それよりも多く子供が集まって来たらゲンは対応に困ったに違いない。


 基本的に何もしないのがゲンのスタンスなので、子供達の遊び相手をさせられるのは嫌がっただろう。


 それを考慮して食事の配膳が終わったタイミングでゲンに<超級鎧化エクストラアーマーアウト>を解除させたのは藍大の配慮である。


「主さん・・・感謝・・・」


 ゲンも藍大の配慮を察してペコリと頭を下げた。

 

 全員にハンバーグとご飯、サラダ、味噌汁が並ぶと院長の裕太が口を開いた。


「逢魔さんがみんな大好きハンバーグを作ってくれました。冷めない内に食べましょう。いただきます」


「「「・・・「「いただきます!」」・・・」」」


 子供達は元気良く挨拶してハンバーグを口に運んだ。


「ハンバァァァグ!」


「このハンバーグをまってた!」


「これがほんもののハンバーグだ!」


「わたしもハンバーグつくれるようになりたい!」


「わたし、やっぱりおおきくなったらおうまさんのおよめさんになる!」


 (食事に釣られるんじゃないよ。サクラからのプレッシャーがすごいんだから)


 舞二世と呼べる子供は今回も舞二世らしいコメントを残し、藍大は冷や汗をかいた。


 左隣の舞はハンバーグを食べることに夢中で聞こえていなかったが、右隣のサクラはばっちりとそれを聞いていたからである。


「主がロリコンにならないように大人の良さをわからせてあげなきゃ」


「お手柔らかにお願いします」


「前向きに検討することを善処する」


「あっ、はい」


 サクラの発言を聞いて改めて藍大は今夜ぐっすり寝たいという願いは叶わないだろうと諦めるしかなかった。


 その後、焼かずにとっておいた分も子供達+αのおかわりコールで全部なくなり、藍大の作ったハンバーグはあっという間に完売となった。


 食器を下げてサクラが<浄化クリーン>で皿洗いを済ませる頃には子供達が安心しきった顔でスヤスヤと寝息を立てていた。


 藍大達がいたから子供達は元気に振舞っていたが、スタンピードによる不安で体力を消耗していたのだろう。


 裕太は藍大達を応接室に案内してから頭を深く下げた。


「逢魔さん、今日は本当にありがとうございました」


「どういたしまして。私は舞の希望を叶えただけですからお礼は舞に言ってやって下さい」


「舞、ありがとう」


「今日のことは良いの。それよりも父さんに大事な話があるんだけど良い?」


「何かな?」


「立石孤児院をシャングリラの隣に移さない?」


「・・・いきなりだね」


 裕太からすれば突然そんな話をされた訳なので、そう返すのがやっとだった。


 しかし、舞からすればそれは前々から考えていたことであり、藍大からも許可は得ていた。


「父さん、今日のスタンピードでここが安全じゃないってわかったでしょ?」


「そりゃね。もしもの時のために準備してたシェルターを使うことになるとは思ってなかったよ」


「今日は私達が助けに来れたから良いけど、これから先だってずっと助けに来れるとは限らないのはわかるでしょ?」


「わかってる。逢魔さん達と一緒にダンジョンに潜ってたとしたら、スタンピードに気づかないことだってあるだろうね」


「うん。それとね、私は今日妊娠したってわかったの。6週目よ」


「えっ?」


 これは予想していなかったらしく、裕太は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。


「”災厄”を倒した後、DMUの芹江さんに鑑定してもらってわかったんだ」


「やったな舞! 逢魔さん、ありがとう!」


 裕太は舞に血の繋がった家族ができたことを喜んだ。


 孤児院を出た後も心配していた問題児が子供を授かったと聞き、裕太は藍大によくやってくれたと両手で握手した。


「いえいえ。無事に生まれるまで細心の注意を払いますよ」


「孫の顔を見られるのは嬉しいなぁ」


「ということで、私もしばらく冒険者業務はお休みになるから父さん達に隣に越してきてもらえると安心できるの。隣の土地を購入する手はずは整ってるし、私を安心させると思ってこっちに来てよ」


「そういうことならわかった。なんとかしよう」


 (説得できちゃったよ)


 舞が説得できなかった場合、藍大が論理的に孤児院を移転させた方が良い点を説明しようと思っていた。


 ところが、舞が子供を授かったことで裕太があっさりと移転を決意してくれたので藍大からすれば嬉しい誤算である。


 孫の力は偉大とでも言っておこう。


 藍大は頭を切り替えて孤児院の移転に必要な手順を説明した。


 幸いなことに、今孤児院にいる子供達は小学生未満の子ばかりだった。


 転校手続きは不要だし、藍大が近くにいると知れば美味しい料理を食べられる機会が増えると子供達を説得しやすい。


 胃袋を掴んだ者勝ちということだ。


 スタッフについても家庭があって引っ越しできない者はおらず、元々この孤児院の出身だったり家族を亡くした者なので家さえあれば問題ない。


 藍大が購入する予定の土地は元々DMUのショップ出張所だった場所だから、そこにスタッフも住めるタイプの孤児院を建設すれば裕太を含めてスタッフ達が済む場所に困ることもない。


 加えて言うならば、いざという時に”楽園の守り人”の庇護下にあれば身の安全が保障されたも同然だ。


 ここまで良い条件が揃っているならば、スタッフ達だって断る理由がないだろう。


 ちなみに、藍大は茂経由でもしかしたら近い将来DMUの職人班に孤児院の建築を頼むかもしれないと伝えてあった。


 職人班もシャングリラの素材を使えるなら喜んでと内諾を得ている。


 土地もまだDMU名義のままなので、誰かに先に購入される可能性も極めて低い。


 つまり、裕太の説得さえ済めば立石孤児院移転計画は一気に推し進められるということになる。


 話がまとまると、藍大達は立石孤児院からシャングリラへ帰宅した。


 藍大達は見張りをするドライザーを労ってから102号室に入った。


 クラン掲示板には既にスタンピードに関連する対応報告をしてあったので、”楽園の守り人”のメンバーは舞の妊娠と”暴食の女王”取得で一通り騒いだ後だった。


 健太が遥に告白して成功したことも含め、今日のクラン掲示板はいつもよりも加速していたのは当然のことだろう。


 今日は色々あったので、藍大達は順番に風呂に入って後は寝るだけという段階になったのだが、寝室に入った途端に藍大の背後からガチャリという施錠した音が鳴った。


 そして、ベッドには満面の笑みを浮かべたサクラがスタンバイしていた。


「主、この時を待ってた」


「今日は午前も午後も戦いで疲れただろう? 無理しなくても良いんだぞ?」


「あんなの私にとってはウォーミングアップ。私の本番はここからだよ」


 この日の夜から明け方にかけて、藍大が圧倒的な戦力差を前に孤軍奮闘したのは言うまでもない。

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