第222話 マジで氾濫5秒前!?

 誠也を治療した翌日の火曜日、藍大パーティーは朝から山梨県の本栖湖のキャンプ場に来ていた。


 本栖湖に来たのはC大学教授の北村がここにダンジョンがあると伝えたからだ。


 サクラの<超級回復エクストラヒール>について口外しないと約束したが、真奈教え子の家族の危機を知ってその約束を破ってしまった。


 北村はそれを後日会って謝罪すると電話をした上で藍大を頼って本栖湖の情報を伝えた。


 DMUに未登録のダンジョンは速やかに内部のモンスターを間引かなければスタンピードが起こりかねない。


 スタンピード阻止を目的として、DMUは未登録のダンジョンを見つけて報告した者に謝礼金を支払っている。


 謝礼の額はそのダンジョンの危険度や価値で決まる。


 北村が詫びの気持ちで謝礼金をもらう権利も含めて伝えて来たことを察すると、藍大はその情報をお詫びの印として受け取った。


 それが詫びになるとは思えないが北村は少しでもお詫びとしてアクションを取らずにはいられないのだろうと理解したからだ。


 北村からの電話があったのは昨日の夕方だったから、藍大達は今日になってから本栖湖のキャンプ場に来た訳だ。


 北村がダンジョンだと断定したのはキャンプ場内にあるレンタルボート屋のプレハブである。


 人の寄り付かないプレハブが気になって足を踏み入れたところ、プレハブの中に入ったはずなのに湖とそれに続く桟橋しかなかった。


 冒険者ではない北村はすぐに引き返し、貴重な情報とダンジョンに対する権利を藍大に譲った。


 藍大達がキャンプ場内からプレハブの中に入ってみると、確かにそこには湖と桟橋しかなかった。


『俺のターン』


「泳ぎたいなら泳いでも良いぞ?」


『移動・・・めんどい・・・』


 水辺と知ってゲンのテンションが上がるも、藍大に泳がないのかと聞かれたら一瞬で元のテンションに戻ってレヴィアローブに憑依し続けることを選んだ。


 ゲンはやっぱり怠惰である。


 その時だった。


 藍大達の進行方向の水中から泡がブクブクと発生し始めた。


『ご主人、たくさん出て来るよ』


「迎撃態勢!」


 リルが危険を察知して伝えると、藍大はすぐに指示を出す。


 その直後に蓮の葉が襟巻のようになっている蛇が大量に桟橋の上に飛び出して来た。


「「「・・・「「シュロロ!」」・・・」」」


「ハスネークだよ!」


「舞は戦ったことがあるのか?」


「貧乏な時の貴重な食糧だよ! 焼いただけでも味はそこそこ!」


『ご主人、食べてみたい!』


「しょうがないな。みんな、収穫の時間だ」


 舞は極貧生活時は料理と呼べる代物ではない物を口にしていたが、その状態でもそこそこ美味しかったのならば藍大が調理すれば美味しくなるとリルは判断した。


 どの道倒さなければ先に進めないので、藍大はハスネークを収穫討伐するように指示した。


 ハスネークはの平均レベルは15であり、舞達によってあっさりと収穫された。


 しかし、ハスネークがいなくなった途端、黒ずんだ青色のアメーバのようなモンスターが水中から桟橋に這い出て来た。


「ブロブ! 美味しくない! 火に弱い!」


『美味しくないなら駄目だね』


「燃やすわねっ」


 ゴルゴンが食いしん坊ズの評価を聞いてから炎の蛇を創り出し、その蛇に次々にブロブを呑み込ませていく。


 桟橋がすっきりしたと思いきや、シェルシューターの群れが入れ替わるようにして飛び出した。


「収穫収穫ゥ!」


「狙い撃つです!」


 食べられるシェルシューターが相手だとわかると、舞が嬉々として<水弾ウォーターバレット>を打ち返していく。


 メロも狙撃の腕では負けないと気合を入れ、撃たれる前に種を撃ち込むという早撃ち勝負を仕掛けていく。


 収穫は3分とかからずに終わり、桟橋にはハスネークとシェルシューターの死体がどっさりとあった。


「入ってすぐこれだけのモンスターがいるってヤバくね?」


「スタンピードの一歩手前だったのかも。それなら主は山梨の救世主だね」


 サクラの言っていることは間違っていない。


 あと少し遅ければダンジョン内のモンスターが溢れ出していただろう。


 それを証明するかのように桟橋の向こうから大きなモンスターが藍大達に向かって近づいて来る。


 そのモンスターは人間サイズの蛙の背中から蝙蝠の翼を生やした姿をしていた。


「ゲコォォォォォッ!」


 蝙蝠の翼をめいいっぱい広げ、藍大達を威嚇するようにそのモンスターは叫んだ。


 藍大は怯えることなくモンスター図鑑を視界に展開してその正体を確かめた。



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名前:なし 種族:ウォーターリーパー

性別:雄 Lv:40

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HP:240/240

MP:340/340

STR:0

VIT:400

DEX:300

AGI:250

INT:500

LUK:160

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称号:湖の王

   災厄

アビリティ:<水舌弾ウォータンブレット><矢雨アローレイン

      <鳴音弾ハウルブレット><擬死カタプレキシー

装備:なし

備考:苛立ち

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「マジで氾濫5秒前!?」


 モンスター図鑑に映る”災厄”の文字を見て、本当にあと一歩遅ければスタンピードが起きていたことが明らかになった。


 藍大のリアクションを受け、やる気に満ち溢れたメロが声をかける。


「マスター、私にやらせてほしいです!」


「よし、やったれ!」


「はいです!」


 メロは藍大パーティーの中で唯一”守護者”の称号を持っていない。


 前回のスタンピードに同行していなかったからだ。


 同じ幼女コンビのゴルゴンは”守護者”持ちにもかかわらず、自分は”ダンジョンの天敵”に留まっている。


 この差をすぐにどうにかしたかったが、スタンピードが起きれば良いのにだなんて口が裂けても言えないからメロは今が好機だと立ち上がった訳である。


「ゲコォ!」


るです!」


 メロは<元気槍エナジーランス>でウォーターリーパーの<鳴音弾ハウルブレット>を消し飛ばし、そのままウォーターリーパーの体に大きな風穴を開けた。


 ウォーターリーパーはドサリと音を立てて倒れた。


 普通ならば<擬死カタプレキシー>を使ったのではと疑うべきだが、メロのINTで攻撃されたらオーバーキルである。


 現に藍大の耳に戦いの終わりを告げるシステムメッセージが届き始めた。


『メロが称号”災厄殺し”を会得しました』


『メロの称号”災厄殺し”と称号”ダンジョンの天敵”が称号”守護者”に統合されました』


『おめでとうございます。逢魔藍大が世界で初めてスタンピードをダンジョン内で終わらせました』


『初回特典として”災厄”のモンスターを倒したメロのアビリティ:<火炎耐性レジストフレイム>がアビリティ:<魔法耐性レジストマジック>に引き上げられました』


 システムメッセージが鳴り止むと、満面の笑みで藍大に抱き着いた。


「やったです! マスター、私も追いついたです!」


「よしよし。良く今まで我慢できたな」


「マスター!」


 嬉しさが爆発してメロは藍大に頬擦りする。


「愛い奴め」


 ロリコンが発狂しそうな絵面である。


 本栖湖ダンジョンにロリコンがいなくて助かったワンシーンであることは間違いない。


 メロの気が済むまで抱き着かせた後、藍大達はウォーターリーパーの解体を始めた。


「藍大~、ウォーターリーパーって食べられる~?」


「モンスター図鑑によれば食べられる」


「じゃあ今日のお昼のメインは決定だね~」


「そうだな」


『ご主人、ウォーターリーパーの胃袋から宝箱出て来た!』


「サクラ、浄化してくれ」


「うん」


 ウォーターリーパーの体内にあった小さな宝箱は胃液塗れだ。


 それをそのまま開けたいとは誰も思わないので、サクラもすぐに<浄化クリーン>で新品同様の状態に変えた。


「サクラ先生、今日もよろしくお願いします」


「任されました」


 LUK14万超えのサクラが宝箱から取り出したのは木べらだった。


「木べらかな?」


「サクラが普通の木べらを引き当てるはずない。調べてみるからちょっと待ってて」


 舞が首を傾げて訊ねると、藍大はある種の予感がしてすぐにモンスター図鑑で調べた。


 (ユグドラシルのへら。うん、やっぱり普通じゃなかった)


 藍大は鑑定結果にホッとした。


「どうだった?」


「ユグドラシルのへらだ。炒飯作る時とかに役立つかな」


「『炒飯』」


 食いしん坊ズが炒飯と聞いて期待した目で藍大を見る。


「炒飯も昼に作ってあげるから心配すんな」


「ありがとう!」


『ご主人最高!』


 わかりきったことだが、これが胃袋を掴んだ者と掴まれた者の図である。


 掴んだ者の方が優位に立てると思いきや、掴まれた者の期待する目に弱くてうっかりリクエストを聞き入れてしまうのだ。


 藍大は相変わらず家族に甘い。

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