第220話 司きゅんの爪の垢を煎じて飲みます!

 麗奈の声が大会議室に響いた途端、その他の音がピタリと止んだ。


 だが、そんなことお構いなしに麗奈と対峙する男性隊員が口を開いた。


「聞こえなかったのか? 逢魔さんのお零れに与っただけの女が偉そうにすんじゃねえって言ってんだよ!」


「落ち着け内藤!」


「いいや、落ち着かないね! なんで俺達が”飲猿”なんかの話を聞かなきゃならん!」


 隣にいた男性隊員が止めても内藤と呼ばれた男性隊員は声を荒げたままだ。


「麗奈、落ち着きなって」


「司は黙ってて。これは私の喧嘩よ」


 麗奈は司に落ち着くよう言われて声のボリュームを抑えるも、内藤を力で捻じ伏せてやろうかと考えて良そうな表情である。


「はぁ、面倒臭いなぁ・・・」


「茂、なんとかしろよ」


「わかってる」


 心底面倒臭そうな表情の茂に対し、藍大はこの騒ぎを収めるように促した。


 座談会の企画者が収めるべきだとわかっているので、茂はやれやれと溜息をつきながら麗奈と内藤の間に割って入った。


「内藤、なんで轟に喧嘩売ってんだ?」


「この女はDMUに在籍してた頃、酒飲みなだけで大したことなかった! そんな奴が偉そうに俺達に対して座談会の講師になるってのが気に食わねえ!」


「シャングリラダンジョンで戦えてる時点で大したことない訳ないだろ。何言ってんだ?」


 内藤がキレている理由を聞き、茂は内藤の発言が理解できなくて呆れた表情を浮かべた。


 茂が言う通り、シャングリラで地下4階に挑める時点で麗奈は十分過ぎる程強者だ。


 少なくともDMUの隊員が挑めばまず間違いなく瞬殺される相手を倒せているから、内藤よりも強いのは間違いない。


 それを理解せずに馬鹿なことを言うので、茂は内藤に呆れてしまった訳だ。


 そんな茂に内藤を落ち着かせようとしていた男性隊員が補足する。


「芹江さん、こいつは酒の席で酔っぱらった轟にワンパンでやられたことを根に持ってるんですよ」


「えぇ・・・」


「麗奈、ああ言ってるけど?」


「記憶にないわ」


「だよねー」


 悪酔いして酔拳を披露し、”飲猿”の二つ名が付くきっかけとなった日の飲み会を麗奈は忘れていた。


 それゆえ、内藤をワンパンでダウンさせたことを根に持たれていても覚えてないから悪いとも思えないのだ。


「うん、もう面倒だ。轟と内藤が訓練室で模擬戦しろ。言葉で落ち着かねえなら殴り合って互いにスッキリすりゃ良いさ」


 (茂が滅茶苦茶投げやりなんだが)


 荒事は管轄外なので、茂は当人同士に殴り合いで解決しろと言っている。


 言い争いの仲裁としては雑としか言いようがないが、麗奈と内藤はそれに納得したらしい。


「望むところよ。私に喧嘩を売ったことを後悔させてやるわ」


「上等だ。俺はこの時のために体を鍛えて来た」


 これにより、座談会は一時中断となって藍大達は訓練室へと移動した。


 DMU本部の訓練室は2階から観戦できるようになっている。


 麗奈と内藤を残してそれ以外は2階に上がり、茂が2人に大声で訊ねる。


「準備は良いか!?」


「いつでも良いわ!」


「いつでも良い!」


「よろしい! 始め!」


 茂が合図をした途端、内藤が先手必勝と言わんばかりに距離を詰める。


 内藤は麗奈と同じく拳闘士の職業技能ジョブスキルを有している。


 それなのに宴会の席でワンパンでダウンさせられたから、内藤は不意打ちで負けたと思って根に持っていたのだ。


 内藤は麗奈目掛けて拳を繰り出す。


「遅っ、この程度?」


 麗奈は今までシャングリラダンジョンで強敵と戦ってきた経験があるから、内藤のパンチを遅く感じた。


 麗奈が思わず口にしてしまったその言葉によって内藤が更に怒り狂う。


「てめえぇぇぇ!」


 内藤は麗奈に連続して拳を繰り出すが、麗奈は冷静に全て躱してみせる。


「どうした!? 避けるだけか!?」


「何イキッてんのよ。サンドバッグにされるのと一撃で気絶するのどっちが良い?」


「サンドバッグだ! ただし、てめえがな!」


「あっそ」


 麗奈はそう言って攻勢に出た。


 内藤のストレートを掻い潜って鳩尾に一撃喰らわせた。


「がはっ」


 今の麗奈の力で殴れば内藤が耐えられるはずもなく、あっさりと気絶してしまった。


「そこまで! 勝者、轟!」


 茂が麗奈の勝利を告げると、2階から見ていたDMUの隊員達が各々自由に感想を口にしていた。


「すげえ」


「あれがあの”飲猿”か?」


「DMUで一番強い拳闘士が子ども扱いか・・・」


「魔王様のダンジョンでこんなに強くなったなんて」


「内藤ざまぁ」


 最後の隊員は内藤が嫌いだったらしい。


 茂は麗奈の強さを知ってもらえたと判断し、DMUの隊員達に言葉でも現実を突き付けることにした。


「という訳で、轟はDMUにいた時とは比べ物にならない程強くなってる。装備だけ良い物使ってるって勘違いしてる奴はいないな?」


 その言葉にDMUの隊員達は首を縦に振るしかなかった。


「ついでに広瀬も戦ってみるか? 轟だけ強くなったと思われるのも嫌だろ?」


「そうですね」


 この際だからと茂が提案すると、司は苦笑しながら頷いた。


 麗奈が内藤と戦うまでは自分も戦うつもりはなかったが、麗奈だけ強くなったと思われるのも心外なので茂の提案に乗ったのだ。


 麗奈と入れ替わりで司が1階に下りると、司と対戦希望の男性隊員3人が我先にと言わんばかりに争いながら階段を駆け下りた。


「なんで3人?」


「俺が司たんと戦うんだ!」


「てめえ、俺が司たんと戦うに決まってんだろ!?」


「何言ってんだ! 司たんと戦うのは俺だ!」


 悲しいことに1人目の男性隊員は先程内藤を落ち着かせようとしていた者である。


 やはり人間にはどこかしらに欠陥があるらしい。


 (司って人気だなぁ。未亜がこれ見たらヤバそう)


 男達が司を奪い合う構図なんて腐女子未亜にとって美味しいシーンでしかない。


 藍大はこの場に未亜がいなくて本当に良かったと思っている。


「司きゅん頑張って~!」


「司君ファイト~!」


「司君可愛い~!」


 (健太もいなくて良かったわ)


 時間差で女性隊員から黄色い声援を送られる司を見て、藍大は健太もこの場にいなくて良かったと思った。


 健太は遥とまだ付き合うまでには至っていないので、彼女持ちの司が女性隊員にモテている現状は許容できなかっただろう。


「大丈夫。私は藍大一筋だから」


「私も主以外恋愛対象じゃないから安心して」


「ありがとな」


 何も言っていないのに両隣にいた舞とサクラが自分に身を寄せて来るから、藍大は2人の気持ちに感謝した。


 藍大は決してモテない訳ではない。


 既に妻帯者となっているだけでなく、舞とサクラの守りが鉄壁でその上幼女コンビまでいればもはや子持ちのパパだ。


 これでは女性隊員達も藍大にアプローチすることはできまい。


 もっとも、藍大は女性隊員達にアプローチしてほしいと思っていないのだが。


 それはさておき司の模擬戦だ。


「広瀬、このまま3人一気に戦えるか!?」


「わかりました」


 茂が3人の対戦順を決めるのも面倒だと思っていると察し、司は1対3の模擬戦を受け入れた。


 シャングリラダンジョンではこの状態よりも過酷な環境で戦うこともあるから、男性隊員3人がまとめてかかってこようと問題ないと判断したのだ。


「始め!」


 茂が開始の合図を告げると、司は麗奈とは違って3人に攻撃する暇も与えず槍の石突で次々に仕留めた。


「そこまで! 勝者、広瀬!」


「司きゅん素敵~!」


「司君カッコいい~!」


「司君こっち向いて~!」


 茂が司の勝利を宣言すると、女性隊員達が司に手を振る。


 それはもう、男性アイドルに手を振る女性ファンさながらである。


 茂は咳払いをしてその場を仕切り直した。


「オホン。2つの模擬戦を見てわかったと思うが、轟も広瀬も以前とは比べ物にならない程強くなった。これはシャングリラダンジョンというある種の魔境で鍛えた成果だ。幸い、DMUに藍大達が素材を売ってくれてるから装備は整えられる。となれば、DMUの隊員としてやるべきことはわかるな?」


「実戦経験を積みます!」


「モンスターを倒しまくります!」


「司きゅんの爪の垢を煎じて飲みます!」


 (最後だけ違う!?)


 藍大はDMUにも業が深い奴はいるものだと顔を引き攣らせた。


 茂も藍大と同感でげんなりした表情になったが無理矢理まとめに入った。


「その通り。もっと経験を積むんだ。色々なダンジョンに行くのも良い。それがDMUの地力を上げてスタンピードから市民を守ることに繋がる。今日の藍大達の話と2つの模擬戦で学んだことを是非とも活かしてほしい。今日はここまでとする」


「「「・・・「「ありがとうございました!」」・・・」」」


 途中でイレギュラーなことは起きたものの、こうしてDMUでの座談会は終わった。

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