第218話 今日も胃薬が手放せない
水曜日の夕方、茂はDMU本部の本部長室を訪れていた。
「”楽園の守り人”係の芹江です。本日の報告をしに参りました」
茂がドアをノックして用件を告げると、その中から
「どうぞ」
「失礼します」
茂が本部長室の中に入ると、その中には潤以外誰もいなかった。
綿貫元メディア事業部長のような老害がDMUにはまだ3人も残っている。
茂ができる限り鉢合わせしたくないと思っていても、彼等の立場からして本部長室に来ることはあるからここに来る時は茂も表情を引き締めてから来るようにしている。
「茂、今日の藍大君達はどうだった?」
「今日も胃薬が手放せない」
「もうちょっと加減してほしいなぁ」
藍大からの報告は人類にとってプラスになることが多いが、しれっと重要機密クラスの情報が入って来るから油断ならない。
潤も茂経由でとんでもない情報を受け取ることが多くなったので、潤の本音がぽろっと出た。
「あいつだってわざとやってるんじゃねえし無理だろ」
「そりゃわかってるんだけどさ、ポンポン重要機密になりそうな情報が入って来ると処理が追い付かないじゃないか」
「知らないでしんどい目に遭うぐらいなら知っててしんどい目に遭った方がマシ」
「世の中には知らなくて良いことだっていっぱいあるさ」
「時間稼ぎなんてすんなよ。報告を始めるぞ」
「わかった」
潤のちょっとした現実逃避に終止符を打つと、茂は資料を潤に渡してから順番に報告し始めた。
「まず、地下8階で現れたモンスターだ。
「暗殺特化の三つ首ヤタガラスとヒヒイロカネの棘を持つハリネズミ? それがLv80? これって本当?」
「嘘じゃねえっての。前者はリルなしじゃ索敵できないらしい。後者も舞さんやサクラさん達じゃなきゃダメージを与えるのは無理だろうな」
「スタンピードでトリオレイヴンが外に出たらヤバいね。下手したら国が滅ぶ」
「シャングリラは藍大達が間引いてくれてるから問題ない。だが、他所のダンジョンで目撃されたら洒落にならんと思う」
レアなモンスターがシャングリラに出たとしても、”楽園の守り人”が3パーティーでガンガンモンスターを狩っているからスタンピードになることはない。
というよりも、ブラドがシャングリラダンジョンの”ダンジョンマスター”である以上、藍大がスタンピードが起きないように命令しているのだが。
「ヒヒイロカネってまだ存在してたんだな。どうしようか? 三種の神器の修復に充てさせてもらう?」
「それが良いと思う。天皇陛下も喜ばれるんじゃないか?」
「そして藍大君達に勲章が増えると」
「叙勲って聞いたら逃げそうだな。板垣総理の時も大変だったし」
「天皇陛下からは逃げられない」
「天皇陛下を大魔王扱いするんじゃない」
「ごめん」
潤の言い方が不敬だと茂は咎めると、潤はすぐに謝った。
やれやれと溜息をついてから、茂は報告を再開した。
「”掃除屋”に話を移すが、今日はスレイプニルだったらしい。瞬間移動したり音もなく動くから厄介だったってさ」
「厄介だったで済む相手じゃないでしょ」
「俺もそう言ってやった。リルという優秀な索敵役がいて、迎撃をこなせるだけの戦力を揃えるのに他のクランで何年かかるかわかったもんじゃないからな」
「三原色のクランでも無理かもね」
「武力だけなら間違いなく”楽園の守り人”は日本一、いや、世界でもトップ争いに名乗りを上げられるだろうよ」
今のところ、世界中にダンジョンが出現して各国は自国の対応に必死である。
しかし、いずれは各国を代表する冒険者達が一同に会する機会があるかもしれない。
そうなった場合、潤も茂もそこに出席すべきは藍大達だと思っている。
それぐらい藍大達の戦力が今となっては他のクランを置き去りにしているのだ。
「フロアボスに話を移るぞ。フロアボスは強欲の大罪で有名なマモンだった。倒したことでメロが”強欲の女王”になったらしい。<
「また凄まじいアビリティだね。ところで、マモンがロリコンだったって書いてあるんだけどこれは?」
「出会い頭にゴルゴンとメロを口説き、舞さんとサクラを年増と言ってのけたらしい」
「うん、そいつはまごうことなきロリコンだ」
「ロリコンだって指摘されたら自分はフェミニストだって言ったらしいけどな」
「モンスターってフェミニストなんて言葉を知ってるんだ?」
「知ってたらしい」
茂と潤の間で数秒無言の時間があった。
この件に関しては何を言及しても空しいと意思疎通が取れたらしく、2人は頷き合って次の報告へと進むことにした。
「次は拾得物についてだが、2級ポーションが見つかった」
「大したものだね。このペースなら1級ポーションもすぐに見つかるかな?」
「どうだろうな。藍大曰く、サクラのLUKの伸び次第だとさ」
「今のサクラさんのLUKはいくつ?」
「2級ポーションを見つけた時は13万オーバー、地下8階の探索後で14万に到達したって話だ」
「人類のLUKなんてサクラさんに比べたらゴミ屑じゃないか」
「言うな。俺もそう思ったけど口にしたら負けだ」
どれぐらいで1級ポーションを手に入れられるか予想を立てるはずが、自分達のLUKの数値とサクラのLUKの数値のどうにもできない差を知って茂と潤が落ち込んだ。
それでも、どうにか気持ちを切り替えて次の報告へと移った。
「レベルの話に移るぞ。サクラとリルがLv100に到達した。”到達者”の称号を得て、”守護者”と統合されて”英雄”になったそうだ」
「そりゃ”英雄”でしょ。藍大君達のおかげでどれだけの国民が救われたことか」
「スタンピードで直接助けた数も多いが、藍大達が供給した素材や提供した情報で間接的に救われた数は計り知れない」
「そういうこと。今日の2級ポーションだって薬師寺さんがレシピを調べてるんだろう? 再現できるようになったらまた多くの人が救われそうだ」
「まったく遠い所に行っちまったぜ」
「茂もダンジョン探索したいのかい?」
「いや、全然」
偉業を成したいならばダンジョンに潜れば良いじゃないかと言外に提案され、茂はきっぱりと断った。
自分の実力を正確に把握しているから、茂は勇敢と無謀を履き違えたりしない。
自分にできることだけを見つめ、それに従事することで社会に貢献する。
それが茂の選んだ道である。
「オホン。茂のダンジョン探索は置いとくとして、”英雄”の説明が不穏だね」
「そうだな。『モンスターとの戦闘』から『戦闘』に表記が代わり、ピンチに際して全能力値が2倍になる。これは敵がモンスターだけじゃなくなり、藍大達ですらピンチになる想定の称号だ。これから何が起こるのかわからないけど嫌な予感がする」
「稼げない冒険者崩れが犯罪に走った時は、DMUが問答無用で処理することになってる。残念ながら、力に溺れる者や裏社会と通じる者は何人か処理して来たけど、今後はもっと増えるかもしれないな」
「それだけじゃない。現在確認できてるダンジョンの数も少しずつではあるが確実に増えてる。全てのダンジョンのモンスターを定期的にでも間引かなきゃ、またスタンピードが起こるぞ」
「DMUの戦力強化も本格的にやらないといけない」
DMU所属の戦闘に関わる
自衛隊が銃火器だけでモンスターを討伐できればDMUの負担も減るのだが、モンスターの中には銃火器では大したダメージを与えられない者もいる。
自衛隊が大した戦力にならない以上、DMUが有事に備えなければならないしその期待も大きい。
それゆえ、DMUの戦力強化は急務と言えた。
「装備は藍大達のおかげで良い物を使えても、実力がそれに伴わなきゃ意味がないか」
「藍大君達に鍛えてもらうのはどうだろう?」
「舞さんとサクラはさておき、ゴルゴンとメロに戦闘で軽くあしらわれたら心が折れる奴もいるんじゃないか?」
「・・・否定できない。訓練に丁度良い従魔とかいないのかな?」
幼女コンビは見た目が可愛らしい分、彼女達にコテンパンにされたら立ち直れない者が出て来そうだと潤も茂同様に判断し、もっとまともな訓練ができそうな従魔はいないか訊ねた。
「藍大の従魔は一番弱くてもLv65だって聞いた。訓練に向いてる従魔はいないと思うぞ」
「いっそのことDMU用に教官的なモンスターをテイムしてもらって、その後レンタルしてもらうのは?」
「藍大は傷つけるために従魔をテイムするのを嫌うから厳しい。司や健太達は同行する従魔をレンタルしてもらってるだけだ」
「なるほど。だったら、最前線で戦う冒険者目線で座談会でも開いてもらうのが良いね」
「それが妥当だろ。俺から頼んでみるわ」
およそ4ヶ月前まで覚醒していなかった藍大は、今となってはDMUどころか日本にとって代わりの効かない重要人物であることは間違いない。
藍大がシャングリラ近辺でマイペースに探索をする生活は本格的に終わりが近づいているらしい。
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