第215話 その成長亀の如しです

 おにぎりパーティーの2日後の水曜日、藍大は朝からいつものメンバーだけでシャングリラダンジョンの地下8階にやって来た。


 本来であれば、昨日の火曜日に地下8階に挑む予定だったがレヴィアタン装備とメイスが昨日では作成が間に合わなかった。


 藍大達も万全な状態で地下8階に挑むべきだと判断し、DMU職人班が作成する武装を待つことにしたのだ。


 DMU職人班が作ったそれらが届いたのは今日の朝一番であり、藍大にはレヴィアローブで舞にはレヴィアスケイルとレヴィアメイスが届いた。


 どれも美しい蒼色の装備だったが、藍大の場合はゲンが<上級鎧化ハイアーマーアウト>を使えば藍色に染まるので性能のみ変化したと言っても良い。


 レヴィアローブとレヴィアメイルには<全半減オールディバイン>の効果が付与されており、藍大と舞の守りがあらゆる方面でより一層強固なものとなった。


 また、レヴィアメイスはレヴィアタンが巻き付いた蒼いメイスであり、MPを流すことで激流の刃をメイスの先端にセットして疑似的な水属性の大剣にできる機能があった。


 ミョルニル=レプリカには一歩及ばないが、レヴィアメイスを作成したことでDMU職人班の職業技能ジョブスキルの熟練度は格段に上がった。


 彼等が民間企業に差をつけて職業技能ジョブスキルを鍛えられるのは、”楽園の守り人”が提供する素材あってのことだ。


 彼等は職業技能ジョブスキルを高められて大喜びだし、藍大達も自分達の武装が拡充されて助かるのでみんな幸せである。


 ダンジョン探索に話を戻すと、ゼルは自分に見合った階層で戦った方が良いと判断し、藍大はゼルを未亜パーティーと司パーティーに日替わりで貸し出すことにしたのでこの場にはいない。


 ゼルとしても、地下に潜れば潜る程自分ができることが減っていくので藍大の決定に異論はなかった。


 地下8階の内装は遺跡だった。


 地下5階~7階とは内装を変えて気分を変えさせる意味合いがあるのだろう。


『今日は水の気配がしないね』


「リルはそんなこともわかるのか」


『わかるよ。すごい?』


「勿論すごいとも。リルは優秀だな」


「クゥ~ン♪」


 藍大に顎の下を撫でられてリルは嬉しそうに鳴いた。


「水気がないことはアタシにとって良いことだわっ」


『残念』


 火を操るゴルゴンは喜び、水を操るゲンは残念そうにポツリと呟いた。


 そんな時、リルがピクッと反応して天井付近に視線を向けた。


 藍大もリルが何かに気づいたと察してその方向を見たが、藍大の目には何も見えないように思えた。


「リル、何かいるのか?」


『いるよ。そこ!』


 リルは何もない天井に向かって<翠嵐砲テンペストキャノン>を放った。


「「「カァ!?」」」


 驚いた鳴き声が聞こえた直後、リルの攻撃が命中して三つ首三本足のカラスの姿が現れて地面に墜落した。


 藍大がモンスター図鑑を視界に展開して確認したところ、このモンスターはトリオレイヴンといって隠密特化の暗殺に適したアビリティを有していた。


 レベルは80で雑魚モブのくせに、スタンピードでダンジョンの外に出ようものなら1体だけで一夜にして一都市の生物を皆殺しにできるスペックを持ち合わせている。


 これもリルがいなければ全滅案件と言えよう。


「グッジョブ! リルは俺に見えない敵を倒してくれて頼もしいぞ!」


「クゥ~ン♪」


「うぅ~。”掃除屋”が出るまでリル君のターンか~」


「妬ましい」


「サクラ、それは称号からしてアタシのセリフだわっ」


「羨ましいです」


 今のところリルしか活躍していないから女性陣が悔しそうにしている。


 それから先、しばらくの間リルは大活躍だった。


 藍大達を倒そうと<不可視インビジブル>で透明になってトリオレイヴンが襲撃を仕掛けるが、全てリルが察知して返り討ちにした。


 女性陣は戦利品の解体と回収しかすることがなかった。


「他にも雑魚モブが出て来ないかな」


 サクラがそう呟いた直後、藍大達のいる場所に向かって赤みを帯びた金色の巨大な棘ボールが転がって来た。


 素早く藍大がモンスター図鑑で調べると、ヒヒイロヘッジホッグLv80だった。


 (サクラのLUKがこの階にいる新たな雑魚モブを引き寄せたか)


 藍大がそんなことを考えていると、舞がレヴィアメイスにMPを注いで疑似的な水属性の大剣を構えてそのまま大降りに横に薙いだ。


「ヒャッハァァァァァッ!」


 激流の刃の切れ味は鋭く、高速回転しながら接近するヒヒイロヘッジホッグは真っ二つになった。


「舞が少しだけ騎士っぽくなった」


「撲殺騎士も卒業かしら?」


「掛け声が駄目です」


「「確かに」」


 メロがピシャリと言うと、サクラとゴルゴンは納得した。


「酷~い。私だって少しずつ騎士として成長してるんだよ~」


「その成長亀の如しです」


『呼んだ?』


 (ゲンはちょっと黙っとこうか)


 亀と言われてレヴィアローブに憑依していたゲンが反応するが、藍大はゲンが参加するとややこしくなるから黙殺スルーさせてもらった。


「撲殺騎士は女性の二つ名じゃないと思う!」


「ぴったりだと思う」


「同じく」


「同感です」


 舞はサクラと幼女コンビにばっさり切り捨てられて悲しくなり、藍大に抱き着いた。


「藍大~、サクラちゃん達が虐める~」


「よしよし。俺は舞をオフだと可愛い物好きの美人だってわかってるからな」


「エヘヘ♪ 藍大、大好き~♪」


 藍大に慰められて舞の機嫌が良くなった。


 そこに3体のヒヒイロヘッジホッグが棘ボール状態でやって来る。


「私が真ん中」


「アタシは左ねっ」


「私が右です」


 てきぱきと役割分担を済ませてサクラと幼女コンビがヒヒイロヘッジホッグを迎え撃った。


 サクラは深淵のレーザーを放ち、ゴルゴンは<爆轟眼デトネアイ>で爆破させ、メロは極めて硬い植物の種で狙撃してあっさりと仕留めてみせた。


 ヒヒイロヘッジホッグを倒して終えると、藍大達は4体分の解体と回収を済ませた。


 藍大はヒヒイロヘッジホッグの情報を見返していると、気になる記述があって目を留めた。


「えっ、マジ?」


「藍大、どうしたの?」


「いや、ヒヒイロヘッジホッグの棘ってヒヒイロカネでできてるんだって」


「それってすごいの?」


「今は失伝した金属がダンジョンで見つかったって言えばわかる?」


「すごいじゃん!」


 舞も藍大に遅れてヒヒイロカネ発見が重要な事態であることを理解した。


 ヒヒイロカネという金属については不確かな情報しか残っていない。


 曰く、比重は黄金よりも軽い。


 曰く、強度は合金ならばダイヤモンドよりも固くて絶対に錆びない。


 曰く、磁気を拒絶する。


 曰く、表面が揺らめいて見える。


 曰く、触ると冷たい。


 噂レベルの情報なので確度は低かったが、ヒヒイロヘッジホッグの棘を手に入れた今ならばじっくりと調べられる。


「表面が揺らめいて見えるのと触ると冷たいのは本当だな」


「不思議な金属だね~」


「詳しくは茂に調べてもらおう」


「そだね」


 困ったら鑑定できる茂に任せる。


 勿論、サクラに持ってもらえればその性質を理解できるが、茂の方がじっくりと調べてくれるだろうから藍大と舞は茂に一任することにした。


 藍大達が探索を再開して先に進んでいると、リルがピタッと止まって右側の壁を睨んだ。


「リル先生、隠し部屋ですか?」


『うん。この先にあるよ』


「わかった。舞先生、武器の交換といつものやつお願いします」


「任されました」


 舞はレヴィアメイスとミョルニル=レプリカを交換してレヴィアメイスを藍大の収納リュックにしまった。


 ダンジョンの壁を壊すならば、レヴィアメイスを壊してしまう恐れがあるのでミョルニル=レプリカの方が使い易いのだ。


 ミョルニル=レプリカに雷光を纏わせると、舞が全力でリルが示した壁を殴る。


「砕けろオラァ!」


 最初は藍大達も驚いていたが、今となっては舞ならばダンジョンの壁だって壊せると知って驚かない。


 この事実が外に漏れれば、まず間違いなく撲殺騎士の二つ名は変わらないか悪化するだろう。


 舞がダンジョンの壁を壊したことで通路が現れ、藍大達はその先へと進む。


 通路の先には小部屋があり、その中心には宝箱があった。


「サクラ先生、今日もよろしくお願いします」


「くるしゅうない」


 先程の戦闘でサクラのLUKは13万を突破した。


 そのすさまじい幸運でサクラが宝箱を開くと、中から赤色の液体の入った丸底フラスコだった。


 サクラが持ったままの状態で藍大がモンスター図鑑を視界に展開してみれば、その液体が2級ポーションであることが発覚した。


「やったなサクラ! 2級ポーションだってさ!」


「1級ポーションもいずれ引き当ててみせる」


 (宣言したら引き当てられるなんて制度あったっけ?)


 そんな疑問を藍大は抱いたが、サクラのLUKならばやりかねないと思ったので納得した。


 まだ”掃除屋”にもフロアボスにも遭遇していないにもかかわらず、藍大達は既に地下8階で人類にとって有益な発見を2つもしている。


 ”掃除屋”にはどんなモンスターが現れるのか期待に胸を膨らませながら藍大達は先へ進んだ。

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