第214話 大きいことは良いことだよ

 正午を回った頃には全員のおにぎりが完成した。


 途中でおにぎりの具の匂いに誘われてしまい、何名かがおにぎりを作ったと思いきや口に入れようとしたりしていたがそれは藍大によって全てインターセプトされた。


 この場において戦闘力は奈美の次に弱い藍大だが、つまみ食いは許さないというオカンパワーを発揮すれば”楽園の守り人”内でその言うことを聞かない者などいない。


「藍大、早く食べよう!」


『ご主人、お腹ペコペコだよ!』


「マスター、早く食べましょっ」


「クランマスター、もうええやろ!?」


「藍大、我慢は体に良くないだろ!?」


 藍大を急かすのは食いしん坊ズとゴルゴン、未亜、健太だった。


 ちなみに、このメンバーが藍大につまみ食いをインターセプトされた者達である。


 普段から藍大達はシャングリラダンジョン産の良い食材を食べているから、慌てなくたって一度は食べたことがあるのではないかと思うかもしれない。


 だが、藍大に胃袋を掴まれている家族もそうだが、未亜と健太はまだ地下5階に進めていないので未知の美味しい食材が目の前にぶら下げられたようなものだ。


 司と麗奈、奈美はDMUで働いていた経験から、2人よりも我慢することを覚えているのでどうにか耐えられた。


 ”楽園の守り人”に加入するまではソロで縛られることなく自由にやっていたので、未亜と健太は我慢できなかったらしい。


「流石にここまで引っ張っといてまだお預けとは言わん。喧嘩せず仲良く食べろよ。いただきます!」


「「「・・・「『いただきます!』」・・・」」」


 おにぎりパーティーはワイワイおにぎりを作る第一部を終え、ガツガツおにぎりを喰らう第二部に入った。


「美味しい!」


『我慢して良かった!』


「空腹は最高のスパイスなのよっ」


 食いしん坊ズ+ゴルゴンが嬉しそうにムシャムシャとおにぎりを食べていた。


「これが地下5階の味なんやな~。滅茶苦茶美味いわ」


「それな。早くスチュパリデス狩りてえ」


「下の階のモンスター程美味しいわ」


「美味しさと食材になったモンスターのレベルは比例してるんじゃない?」


「それはあると思いますよ」


 未亜を筆頭に”楽園の守り人”のメンバー達は自力で食べられないおにぎりをじっくり味わっている。


 今日のおにぎりパーティーで藍大が用意した具材は以下の通りだ。


 

 ・スチュパリデスのささみフライ

 ・スチュパリデスとゴルゴンの卵のそぼろ混ぜ込み

 ・タラスクのミニハンバーグ

 ・ダイヤカルキノスの混ぜ込み

 ・ホワイトバジリスクの唐揚げ

 ・デメムートのデメマヨ

 ・レヴィアタンの時雨煮



 週刊ダンジョンで働く遥がこの場にいたら、間違いなく狂喜乱舞していたに違いないラインナップである。


 これらの具を藍大に放出させるならば、司達はせめて米だけでも自分達が狩ったライスキュービーの米を提供すると言ってその通りになった。


 藍大も司達に気を遣わせたい訳ではなかったけれど、罪悪感に押し潰されても困るから司達の申し出を受け入れたのだ。


「働かずに食べる・・・最高・・・」


『( ..)φメモメモ』


「俺は・・・怠惰だ・・・」


『(。_。(゚д゚(。_。(゚д゚ )うんうん』


「ゲン、ゼルに余計なことを教えるんじゃない」


 ゲンの怠惰な部分をゼルに見習われると困るので、藍大は速やかに待ったをかけた。


 パンツァータートルのゲンがおにぎりを作れないのは当然であり、おにぎりパーティーでは第二部から参加する美味しいとこどりのポジションにいた。


 それは十分に手が発達していないゼルも同じだったから、同じポジションにいる先輩ゲンに強さの秘訣を尋ねていたのだろう。


 残念ながら、強さの秘訣だけではなく怠惰についてレクチャーされていたが。


 いや、考えようによっては良いのかもしれない。


 ”怠惰の王”から怠惰について学ぶ機会は珍しいのだから。


「主、私の作ったおにぎりも食べて」


「いただこう」


 藍大はサクラから差し出されたおにぎりを1つ手に取った。


 一口食べてすぐに藍大は目を見開いた。


「美味い。デメマヨか」


「そうだよ。バラバラにならないように汁気を少なめにしたの」


「ちゃんと俺の注意は聞いてくれてたらしいな」


「うん!」


 藍大がおにぎりを作る時に告げた注意点をきちんと守っていたおかげで、サクラの作ったおにぎりは型崩れしていない。


 サクラは藍大に自分の作ったおにぎりを褒めてもらえてご機嫌だった。


 藍大とサクラがイチャイチャしていると、出遅れたと舞がそこにやって来る。


「藍大、私のおにぎりも食べて~」


「デカいな」


「大きいことは良いことだよ」


 それが世界の真理だと言わんばかりの舞の表情を見て、藍大はやれやれと思いながら舞が作ったおにぎりを一口食べた。


 通常サイズの1.5倍はあるおにぎりだが、その中にはレヴィアタンの時雨煮が入っていた。


「美味い。時雨煮ってバランスを考えないと崩れちゃうけど上手く形になってるじゃん」


「エヘヘ。大きいおにぎりを作るために覚えた力技だよ」


 (無駄に器用な力技だなぁ)


 舞がはにかみながら答えるのを見て、藍大はそんな技術を会得していたのかと戦慄した。


 食欲は人に矛盾に満ちた力を与えるらしい。


 その話を掘り進めるのは難しいと判断し、藍大は思い出したことを口にした。


「舞って時雨煮好きだよね。前にやったおにぎりフェスの時はアローボアの時雨煮を選んでたし」


「う~ん、少し違うかな。私は藍大の作る時雨煮が好きなんだよ」


「・・・煽てたって夕食が1品増えるだけだぞ」


「やった~!」


「主、舞のペースに乗せられてるよ?」


 サクラは今までずっと黙って聞いていたが、ちゃっかり舞に丸め込まれている藍大を見て黙っていられなくなったらしい。


「夜はサクラちゃんのペースになることが多いんだし、食事は私のペースでも良いんじゃないかな?」


「それもそっか」


 舞がやんわりと異議を唱えると、サクラはそれに納得して受け入れた。


 日中は舞で夜がサクラという風に時間帯で区切ってペースを握っているらしい。


「あれ? 俺のペースはどこ行った?」


「藍大は他人のペースでも合わせられるから大丈夫」


「主はいつでも主100%だから問題ない」


「どゆこと?」


「深く考えちゃ駄目だよ。感じるんだよ」


「そうだよ主。昼は食欲で夜は性欲に身を委ねれば良いの」


「お、おう」


 舞とサクラが身を乗り出すものだから圧が強く、藍大は言いくるめられてしまった。


 藍大達がそんなやり取りをしている一方で、リュカがフリーになったリルにすかさずアタックしていた。


「リル、私の作ったおにぎりを持って来たわ。食べて」


『いただきます』


 リルはリュカが差し出した小さめのおにぎりをパクッと一口で食べた。


「ど、どうかしら? 私の毛は入ってないはずよ。細心の注意を払ったもの」


『うん。毛は入ってないね。具はタラスクミニのハンバーグで作ってくれたんだ?』


「そうなの。リルはハンバーグが好きって聞いたから。お味はいかが?」


『美味しいよ。僕のおにぎりも食べて』


「ありがとう!」


 リルが<仙術ウィザードリィ>で握ったタラスクのハンバーグが入ったおにぎりを食べると、リュカは膝から崩れ落ちた。


「美味しくて悔しい。完敗なの」


『ご主人が作るのを真似した自信作だもん』


 リルは藍大のことを主としてとても慕っている。


 食事の時を除いてリルは基本的に藍大の傍にいる。


 そんなリルは藍大が料理する姿もじっくり観察しており、持ち前の器用さが発揮されて今日のおにぎりパーティーでは藍大のおにぎりを7割ぐらい再現できていた。


 これでは料理を始めたばかりのリュカが敵うはずがない。


 しかしながら、リルも自分を慕ってくれているリュカを決して嫌っている訳ではないからそれをズバリ指摘したりしなかった。


「私、頑張ってリルの胃袋掴む!」


『う〜ん、ご主人超えられる?』


「無理ぃ・・・」


 藍大がダンジョン食材を使った料理大会で優勝していること、リルが藍大の料理をいつも楽しみにしていることを理解しているので、リュカはすぐに白旗を振った。


 藍大には料理の腕で勝てないと納得できるぐらいにはリュカは冷静だった。


『ちょっとご主人におにぎりおねだりしてくる』


「うん」


 藍大のおにぎりの話をしたせいで食欲がエスカレートし、リルは藍大に突撃しておにぎりをねだった。


 リルが去った後にゴルゴンとメロがリュカの肩をポンポンと叩く。


「ちょっとずつできることからやるのよっ」


「諦めたらそこで終了です」


「そうね! 私、諦めないわ!」


 幼女コンビに慰められる新たな幼女の図ができあがったが、それはそれとしてリュカはリルに振り向いてもらえる料理の腕を身に着けることを決意した。


 その努力が実を結ぶかどうかはリュカの頑張り次第だろう。


 とりあえず、嬉しいことも複雑なこともあったがおにぎりパーティーはこうして終わった。

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