第212話 それは許容できない!

 日曜日の午後、クラン掲示板で突発的に行われた報告会の後に司と麗奈とリュカはシャングリラダンジョンの地下4階に来ていた。


 司達が自分達の縄張りにやってきたことに気づき、腹部に人面で背後に虎の顔を持つグリルスが接近する。


「フンドシ」


「ボクサーブリーフ」


「ハイテナイ」


「最後、のは、下着じゃないわ!」


 麗奈はツッコミを入れながら次々にグリルスを殴り落とした。


「クゥ~ン」


「麗奈、リュカが自分の出番奪わないでって訴えてるよ」


「あっ、ごめん。そうだったわね」


「アオン」


 もうちゃんと覚えといてよと言わんばかりにリュカは鳴いた。


 リュカは今朝時点でLv67だった。


 掲示板でのやり取りの通り、リュカはリルに片思いをしている。


 リルにおにぎりを作ってあげたいと間接的に伝えたが、リルは毛が入ったおにぎりは嫌だと断った。


 ビニールの手袋をして握る選択肢もあったが、手だけビニールで覆っても全身が毛で覆われているならば焼け石に水だと判断してリュカは強くなることを求めた。


 具体的には魔石の摂取とレベルアップを目指している。


 新たなアビリティには毛の量を減らした人の姿になれるものもあるかもしれないし、進化できればリルに興味を持ってもらえる可能性だってある。


 リュカはリルに振り向いてもらえるように強くなるのに必死だ。


 その一方、司と麗奈も今日こそ地下4階をクリアしたいと考えている。


 雑魚モブモンスターのグリルスとノーブルホースは問題なく倒せるが、”掃除屋”のキマイラに苦戦していた。


 それでも、藍大達が道場ダンジョンを攻略した報酬でリュカの全能力値が500ずつ上がった今ならきっと勝てると考えている。


「グルルッ」


 リュカはグリルスの接近に気づいて唸った。


「ドロワーズ」


「ヒモパン」


「ババシャツ」


「グリルスのおかわりだね。リュカ、行っておいで」


「アォォォォォン!」


 リュカは<絶望叫ディスペアークライ>でグリルス達を絶望状態に落とし込み、その隙に確実に1体ずつ倒して回った。


「何度見ても<絶望叫ディスペアークライ>からの攻撃って安定してるわね」


「だよね。<恐怖叫テラークライ>の時よりも確実に隙が大きくなってる」


「ワフン」


 自分が褒められていると悟ると、リュカは得意気に鼻を鳴らした。


 グリルス達の解体と回収を終えれば、今度はノーブルホースが司達を襲撃する。


 司達は来る敵を悉く倒していき、先週よりもかなり速いペースで”掃除屋”キマイラの姿を拝むことができた。


「ここまで来たわね」


「そうだね。今度こそ倒すよ」


「アォン」


「ガオォォォォォン!」


 司達に向かってキマイラの真ん中のライオンの頭が吠えると、周囲の空気がビリビリと震えた。


 司と麗奈が歯を食いしばってそれに耐えている間、リュカは反撃に出た。


「オン!」


 リュカが短く吠えるのと同時に空気の砲弾がキマイラに向かって射出された。


 これは<鳴音砲弾ハウルシェル>というアビリティであり、発動から発射までにかかる時間が短く隙が少ない遠距離攻撃だ。


「「「グェブ!?」」」


 空気の砲弾がキマイラの胸部に当たり、キマイラの全ての口から強制的に息を吐き出させた。


「アォン!」


 その間にリュカはキマイラとの距離を詰め、<暗黒拳ダークネスフィスト>を放つ。


「「「ゴバッ!?」」」


 リュカの暗黒を纏った拳が空気の砲弾に当たった部位に命中し、キマイラのいずれの頭も苦しそうにした。


「でかしたわねリュカ!」


 麗奈がキマイラの背中に飛び乗り、背中の上からガンガン拳を振り下ろす。


「メェェェ!」


 キマイラの羊の頭が鳴くと、ぐるりと首を捻って麗奈に向けて<火炎吐息フレイムブレス>を発動した。


「当たらないわよ」


 首を捻ったとしても、少し移動するだけで斜線から外れるから麗奈は慌てない。


「君、僕のこと忘れてない?」


「ガォン!?」


 今までヘイトを稼がずにいた司がこっそりと距離を詰め、キマイラの両前脚の腱を斬る。


 腱を斬られたキマイラはガクンとバランスを崩して倒れた。


「アォォォォォン!」


 リュカは<絶望叫ディスペアークライ>でキマイラを絶望状態に叩き落すことに成功した。


 ここまでの戦いで司達が一度も被弾せず、一方的に自分に攻撃を浴びせるものだからキマイラが弱気になっていて絶望状態になりやすかったのだ。


「今がチャンス!」


「私達が勝つ!」


「オン!」


 そこから先は無抵抗のキマイラをリンチするだけの簡単なお仕事だった。


 数分後、司の刺突がとどめとなってキマイラは微塵も動かなくなった。


「アォォォン!」


 リュカは勝利の雄叫びを上げてキマイラを倒した喜びを表現した。


「よし!」


「やったわ!」


 司は麗奈とハイタッチして勝利の喜びを分かち合う。


 地下4階の”掃除屋”は何曜日でも強く、倒すのは月曜日のライカンスロープと木曜日のデーコンに続いて3体目だった。


 リュカが強くなったことも勝因としては大きかったが、それだけがキマイラを倒せた理由ではない。


 しっかりと司も麗奈も強くなっている。


 先週は当たらなかった攻撃が当たり、先週被弾した攻撃を今回は受けずに済んだ。


 それは間違いなく司と麗奈が成長したことを意味している。


 司は頭を切り替えてから麗奈に見張りを任せ、リュカと共にキマイラのテキパキと解体を行った。


 魔石を手に入れるとリュカに与え、リュカがそれを飲み込むとその体が少し大きくなった。


「新しいアビリティは会得できたのかな?」


「ワフン」


 司が訊ねたらリュカは勿論だと主張するように頷く。


 解体と回収を済ませたタイミングで、司達とキマイラの戦闘する音を聞きつけて老人の顔にライオンの胴体、背中には蝙蝠の翼、それに加えて蠍の尻尾を持つマンティコアが現れた。


「ラーメン」


「今度は食べ物かしら」


「ツケメン」


「麺縛りだね」


「ワシイケメン」


「「それは許容できない!」」


 マンティコアの3つ目の言葉に麵好きではないとわかると、司と麗奈のツッコミがシンクロした。


「オン!」


「ブヘッ!?」


 リュカも司と麗奈と同じ気持ちらしく、<鳴音砲弾ハウルシェル>をお見舞いした。


 その攻撃でマンティコアが怯んだため、リュカは間を置かずに<脚月牙レッグクレセント>でマンティコアに斬撃を放つ。


 マンティコアは<鳴音砲弾ハウルシェル>を喰らって動きが鈍っていたため、通常よりも逃げ出すのに時間がかかってしまった。


 どうにか避けたマンティコアだったが、無傷という訳にもいかず掠り傷を負った。


「ワシノハダガ!?」


 傷を付けられたことに激昂し、マンティコアは<猛毒針ヴェノムニードル>を乱射した。


「無茶苦茶だわ!?」


「落ち着けば躱せる」


「アォン」


 MPをガンガン消費しながらアビリティを使い、マンティコアの残りMPは開戦時の半分を割った。


 司達が冷静に躱し続けたことが余計イライラさせたらしく、マンティコアは絶対に当ててやるとムキになったのが大きな要因である。


 ノンストップで猛毒の針を撃ち続けていたせいで、マンティコアは体力を消耗したのか息が上がっていた。


 このままでは反撃されると考えたのか、自身の周りに<猛毒霧ヴェノムミスト>を張って司達が自分に近寄れないようにした。


 マンティコアは<猛毒耐性レジストヴェノム>を会得しており、普通のモンスターよりも猛毒に強い。


 その特徴を活かして自分も猛毒になるリスクを負いながら身を守ろうとしているのだ。


 しかしながら、その猛毒の霧をどうにかする方法を司達は有している。


「オン!」


 リュカが<鳴音砲弾ハウルシェル>を撃ち込んだことでその大半が後方へと流れていく。


「それっ」


 その直後に司が液体の入ったガラス瓶を収納袋から取り出し、それを猛毒の霧の中に隠れるマンティコアに投げる。


 マンティコアに命中してガラス瓶が割れると、その中に入っていた液体がマンティコアにかかった。


 すると、ガラス瓶が割れてから3秒後に液体がかかった部位がドカンという音を立てて爆発した。


 司が投げたのは奈美が作った液化爆弾薬である。


 空気に触れて3秒以上経つと爆発する薬であり、収納袋がなければ迂闊に持ち歩くこともできない大変危険な代物なのだ。


 マンティコアを覆う猛毒の霧は爆発で完全に消えたため、爆発によって吹き飛ばされた所に麗奈が一気に畳みかけるようにラッシュをお見舞いする。


 キマイラよりもマンティコアの方が弱いから、その後あっさりと麗奈がマンティコアのHPを削り切ってしまった。


「「勝ったぁぁぁ!」」


「やったわ!」


「「えっ?」」


 司と麗奈がハイタッチした隣で女の子の声が聞こえ、2人が声のした方向を見るとヒッポレザーを着た銀灰色の耳と尻尾が生えた狼獣人の幼女が喜んでいる姿があった。


 これには司と麗奈も驚かずにはいられない。


「リュカなの?」


「そだよ!」


「獣人になっちゃったの?」


「うん! キマイラの魔石でこの姿に変身できるようになってたの! 早くここから出てリルにおにぎり作るの!」


 恋する乙女リュカの執念恐るべしと2人が思ったのは言うまでもない。

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