第205話 一体いつから俺は降臨するレベルになったんだ?

 道場ダンジョンを脱出した藍大達の耳に言い合う声が届いて来た。


「何故断る必要がある? 俺の親父はDMUのメディア事業部長だぞ? どう考えても鞍替えすべきだろ?」


「私達は逢魔さんに恩があります。恩を仇で返すような真似はしません」


「そうだそうだ!」


「用がそれだけなら邪魔だからどいて」


 (この声って成美達だよな?)


 道場ダンジョンの敷地から出た所には野次馬が集まっており、その先で成美達とその後ろの集団がガチムチマッチョマンとその下っ端2人の3人組と口論になっていた。


 藍大達が現れたことに気づいた野次馬達は道を開けた。


「魔王様だ」


「降臨なさった」


「おい、邪魔をするな。道を開けて差し上げろ」


 (一体いつから俺は降臨するレベルになったんだ?)


 そんなことを思いつつ藍大達は野次馬達が開けた道を進んだ。


 それに真っ先に気づいたのはマルオだった。


「あっ、逢魔さん! こんにちは!」


「「「・・・「「こんにちは!」」・・・」」」


 マルオに続いて成美や晃、その後ろにいた者達も一斉に頭を下げた。


 体育会系の部活でありそうな光景である。


 その一方、成美達と言い争っていた男は不快そうな表情を浮かべたまま言い争いの矛先を藍大に変えた。


「オイオイオイオイ、良いご身分じゃねえか! ボロアパートの大家風情がよぉ!」


「ああ゛? 誰に向かって口開いてんだよ木偶でくが!」


 藍大が馬鹿にされた瞬間、舞のスイッチが切り替わって人類最強クラスの殺気が向けられた。


 健太が余計なことを言った時だってまだ全然本気ではなかったと言えるぐらい濃厚な殺意を一身に受け、その男は泡を吹いて気絶した。


「綿貫さん!?」


「嘘だろ!?」


 下っ端2人は虎の威を借る狐そのものだったので、頼るべき虎が倒れた途端に拠り所を失って慌て始めた。


 その時、成美達の後ろにいた集団の中から声が聞こえた。


「よしっ、炎上!」


「でかした!」


「ざまぁ」


「どう考えても転落人生です、ありがとうございます!」


 (なんだ? 何が起きた?)


 藍大が首を傾げていると藍大のスマホが鳴った。


 電話をかけて来たのは茂だった。


「もしもし? 今取り込み中? みたいな感じなんだが」


『知ってるっての。掲示板が大変なことになってんぞ』


「掲示板が?」


「おう。道場ダンジョンスレで綿貫重太郎の過ちってタイトルで動画がライブ配信されてたんだ。笛吹さん達が絡まれて魔王様信者達が擁護し、それでも重太郎が脅しをかけた時にお前達がやって来て舞さんの殺気で気絶したところが丸々映ってる」


「それで炎上か」


 藍大は魔王様信者と呼ばれる集団の中に動画を投稿した者がいることを理解し、今どんな状況になっているのか察した。


『そういうこった。個人的にはよくやったって言いたいところだ』


「なんで?」


『綿貫重太郎はDMUの老害の1人、綿貫メディア事業部長の息子だ。ご丁寧に名乗りを上げて馬鹿なことをしてくれたもんだから、あの老害は引責辞任確定だろうよ』


「そりゃ良いことだろうけど、メディア事業部は大丈夫なのか? ポスト老害とかいねえの?」


『ブフッ、ポスト老害っておい』


 茂は藍大のワードチョイスに思わず吹き出してしまった。


「大丈夫か?」


『大丈夫じゃなくしたのは藍大だろうが。ポスト老害については本部長がなんとかすんだろ。メディア事業部については今までよりもマシになるだろうぜ』


「その口振りからして老害はまだDMUに巣食ってる訳だ」


『正解。あと3人はいる』


「フッ、奴は老害四天王の中でも最弱ってことか」


『老害四天王って戦闘力だけで判断したら全員雑魚そうじゃねえか』


 藍大の言葉から具体的なところまでイメージしてしまったのか、茂は思ったことをその場で口にした。


「無敵の鑑定先生で弱点を見つけてやっつけちゃえ。できるだろ?」


『保身への執着がすご過ぎて俺の鑑定でもわからんよ。それはさておき、藍大はこの後の身の振り方を考えとけ』


「身の振り方?」


 なんでいきなりそんな話になるんだと藍大は首を傾げた。


『魔王様信者は放置しとくとして、笛吹さん達を傘下に迎えるのかどうかだ』


「なんで?」


『現在進行形で炎上する速度が上がってんだ。無所属の綿貫重太郎が笛吹達を自陣営にスカウトしようとしたのが発端だ。今後、藍大達に渡りを付けたくて笛吹達に接触する者達も増えて来るはずだ』


「俺達よりもアプローチしやすいからってことか」


『ああ。冒険者だが学生でもある。それなら学校側を丸め込もうとする奴等だって出て来るんじゃないか?』


「ありそうだなぁ」


 藍大は溜息をついた。


 茂の言い分は藍大にも容易に想像できるものだった。


 普通の冒険者ならば、三原色のクランを上回る成果を出す”楽園の守り人”を敵に回す恐ろしさを理解してその関係者たる成美達にちょっかいをかけることはないだろう。


 しかし、冒険者ではなく企業ならばどうだろうか。


 冒険者の実力にピンと来ておらず、自社の利益のために無茶なことをしでかさない企業がいないとは限らない。


 特にDMU主催の冒険者とのマッチングパーティーに参加した企業ならば尚更だ。


『まあこの場で結論出せとは言わんさ。ちょっと考えてみてくれ』


「わかった。今日のダンジョンの報告は後でメールする」


『了解。それじゃ』


 茂との通話が終わった。


 藍大が茂と電話している隙に下っ端2人が重太郎を担いで逃げ出しており、野次馬や魔王様信者達もほとんどいなくなっていた。


 今回の騒動の当事者である成美達はと言えば、申し訳なさそうな顔を並べて藍大に謝った。


「「「すみませんでした!」」」


「お前達が謝る必要はないだろ」


「助けられてばっかりなのが申し訳ないです」


「だったら力をつけてから何かの形で返してくれ。今は無事で良かった」


「「「はい!」」」


 今日はこれ以上自分達と一緒にいると掲示板に余計なネタを提供することになりそうだったため、藍大達は成美達を最寄り駅まで送ってから別れた。


 シャングリラに帰って昼食を取った後、藍大は子犬サイズになったリルを膝の上に載せて撫でて考え事をしていた。


 だが、自分だけでは判断に困ったので舞とサクラに意見を求めることにした。


「笛吹さん達の扱いについて相談したいんだけど良いか?」


「私にできることがあったらなんでもするよ~」


「主が私達を頼ってくれて嬉しい」


 舞もサクラも藍大の力になりたいので快諾した。


「ありがとう。さっき道場ダンジョンの前でひと悶着あっただろ? あれで今後笛吹さん達が色んな連中に目を付けられそうだから”楽園の守り人”で面倒を見るのかって茂に訊かれたんだ」


「確かに藍大とコネを作りたい人が寄って来そうだよね」


「主に寄生しようとするなんて不敬」


「それな。笛吹さん達が今回の一件みたいなことに巻き込まれないようにするには”楽園の守り人”に入れて身内にしちゃった方が良いかもしれないんだが、シャングリラ以外に住む冒険者を一度クランに入れたらクラン加入希望が殺到しそうだろ? どうしたら良いと思う?」


「そうだね~。私も成美ちゃん達を”楽園の守り人”に入れるのは止めた方が良いと思う。私達はシャングリラダンジョンでもやってけるけど、成美ちゃん達じゃ厳しいよ」


「私もクラン入りは反対。成美達じゃシャングリラでは生き残れないし、主の足枷になりかねないもん」


 舞とサクラは成美達が実力に見合わない場所にいるべきでないと判断した。


 その意見には藍大も賛成だった。


「そうなんだよな。シャングリラはそもそも駆け出し向けじゃないから3人を連れ歩くのは厳しい。舞、クランに所属させなくても下手なちょっかいをかけさせない方法って何か知ってる?」


「う~ん。パッと思いつくのはクラン同盟だけど、成美ちゃん達の実力で3人クランは無理があるかな」


「主、クラン同盟はメリットがなきゃ成り立たないよ。肩を並べられるまでとは言わずとも、私達に何か提示できるぐらいにはならないと成美達だって居心地悪いと思う」


「じゃあいっそのこと育てる? 子飼いの冒険者として」


「それが良いと思う。レアな職業技能ジョブスキルを持つクラン無所属の冒険者って参考にできる人が限られてるから冒険者としてやってくのって大変だよ。前までの私以上に武器や防具の購入や修復でギリギリの生活を送らないといけないかもしれないし」


「舞に賛成。”楽園の守り人”に入れずに外敵から身を守れるし、恩を売っておけばいずれ主の助けになってくれるはず」


「ちょっとその方向で考えてみるか」


 藍大達は後輩育成計画について議論し、草案が出たらクラン掲示板で更に多くの意見を取り入れてブラッシュアップするのだった。

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