第192話 そんな報告は聞きたくなかった!

 月曜日の夕方、茂はDMU本部の本部長室の前にいた。


「鑑定班の芹江です。至急お伝えしたいことがあって参りました」


 茂がドアをノックして用件を告げると、その中から本部長芹江潤の声が聞こえる。


「どうぞ」


「失礼します」


 茂が本部長室の中に入ると、その中には潤の他に狸親父とでも表現すべき中年の男性がいた。


 (チッ、老害もいんのかよ)


 茂は心の中で舌打ちした。


 茂が潤に伝えたい情報はこの狸親父には聞かせたくないからだ。


 狸親父はDMUにおいて自分の保身と甘い蜜を吸うことしか考えていない老害の1人だった。


「綿貫メディア事業部長もおいででしたか」


「やあ、茂君。いつも君の活躍ぶりは聞いてるよ」


「それはどうも」


 茂は努めて自分の苛立ちを顔に出さないように注意した。


 体はブクブク太っており、嫌らしい笑みを浮かべる綿貫とできるだけ話したくないこともあって手短に答えている。


 潤は茂が何を話しに来たのか察して助け舟を出すことにした。


「綿貫さん、芹江君には私が個人的に頼んだ調査があったんです。申し訳ないのですが、席を外してもらえませんか?」


ですか。それでは仕方ありませんな。失礼します」


 潤が暗にプライベートに関わってくれるなと言ったので、綿貫はその場に留まっていることはできないと判断して本部長室から退出した。


 潤が茂に個人的に調べさせたことという話には金の匂いがしたのだが、この場に居座る都合の良い理由がなかったから退出したのである。


 綿貫の足音が本部長室から遠ざかると、潤がデスクの上にあるリモコンを操作してボタンを押した。


 その直後に本部長室のドアに鍵がかかった音が聞こえた。


「さて、これで割り込みもないから安心して良いよ。茂、どうしたんだい?」


「藍大からシャングリラダンジョンを攻略したと連絡があった」


「え?」


「藍大からシャングリラダンジョンの”ダンジョンマスター”をテイムしてダンジョンごと手中に収めたと連絡があった」


「えぇっ?」


「藍大からそのテイムで最後の条件を満たして”魔王”になったと連絡があった」


「えええええっ!?」


 言い直す度に報告のスケールが大きくなるものだから、それに連動するように潤の驚く声も大きくなった。


「驚く気持ちはわかる。つーか、俺も最初は信じられなかった。証拠を見せられて信じたけどな」


 茂はそう言うと、ブラドにハンバーグを食べさせている写真と藍大を茂がビデオ通話越しに鑑定した結果を潤に見せた。


 潤はそれらを受け取って目を通し、大きく息を吐き出した。


「はぁぁぁ・・・。相変わらず藍大君はやることが違うねぇ。どうすんの? 完全に三原色よりも成果出してるじゃん」


「どうするか俺に振られても困るっての。別にあいつは三原色のクランよりも自分達の方が偉いって威張りてえ訳じゃねえぞ」


「わかってるさ。でも、DMU的には偉業を成し遂げたクランを評価しないってのは駄目でしょ」


「それはまあ」


 潤と茂が同時に溜息をついた。


 2人は決して藍大を責めるつもりではない。


 藍大の成し遂げた功績は人類にとって間違いなくプラスだからだ。


 しかし、なんの前触れもなく爆弾を持って来られては茂も潤も困ってしまうのは仕方のないことだろう。


「茂、藍大君達が今日成し遂げたことを順番に細かく確認しよう」


「俺もそれが良いと思う。まず、地下6階にいけたことで地下5階と地下6階は曜日問わず共通だとわかった」


「なるほど」


「地下6階には地下3階のフロアボスが本当の意味で雑魚モブのように湧いて出て来たらしい」


「はい、ストップ。何それ怖い。ちなみにレベルはどれぐらいだったの?」


「どれもLv60だったってさ。最初はコクオーLv60の群れだったんだと」


「控えめに言って天災かな?」


「控えめに言わなくても天災だろ」


 潤が表現に困って言ったのに対して茂はバッサリと言ってのけた。


 圧倒的戦力を誇る藍大達だから余裕で倒したが、それ以外の冒険者達がシャングリラダンジョン地下6階に迷い込んだら死に向かって一直線なのは間違いない。


 茂が知る限りでは三原色のクランの一軍パーティーだとしても、シャングリラダンジョンで探索できるのは地下3階に足を踏み入れられるかどうかだ。


 それも各々が用意できる最上質の武装やアイテムを揃えての話である。


 大手企業がバックにいる三原色のクランが手も足も出ないだろう雑魚モブを天災と言わずしてなんと言う。


「続きを聞こう」


「わかった。雑魚モブが現れては殲滅するのを繰り返したらLv75の”掃除屋”が出た」


「現れては殲滅したのかい?」


「現れる度に殲滅したってさ。というよりもLv75の”掃除屋”から逃げるんじゃねえ」


「聞きたくなかったなぁ」


「ヘカトンケイルっていう100本の腕と50の頭を持つ巨人が敵だったってさ」


「そんな報告は聞きたくなかった!」


「諦めろ。画像付きだ」


 段々と頭で受け入れ難い情報が増えて来て、画像まで見させられたら潤は頭を抱えるしかなかった。


「うわぁ・・・。何この化け物。藍大君達ってこんなのを倒したの?」


「倒した。最初はパーティー全員で協力して戦ってたらしいが、後半はサクラがヘカトンケイルを少しずつ嬲ってから倒したって話だ」


「なんで?」


「ヘカトンケイルが藍大のことを馬鹿にした結果、藍大のすごさがわかるまで痛めつけたんだと」


「・・・綿貫さんとかが藍大君にちょっかいをかけたらヤバくない?」


「マジヤバい」


 翌日の朝のニュースで四肢を切断された綿貫の死体がカラスに突かれているところを想像してしまい、茂も潤も冷や汗が出て来た。


「話を元に戻すとして、フロアボスはいたの?」


「地下6階のフロアボスが”ダンジョンマスター”だった。さっき見せた写真がファフニールのブラドだ」


「ハンバーグを食べてる姿はおとなしく見えたけど、敵対したらこっちがハンバーグにされるよね」


「ブラドは<火炎吐息フレイムブレス>と<火炎爪フレイムネイル>を使えるって話だから、本当にハンバーグにされかねない」


「冗談が冗談にならない・・・だと・・・?」


 潤は軽口を叩いたつもりだったが、それが現実にできてしまいそうだとわかって戦慄した。


「藍大曰く、”ダンジョンマスター”を倒すとそのダンジョンを崩壊させるか自分が”ダンジョンマスター”になるか選ばされる」


「でも、藍大君はそうせずにテイムしたんだ?」


「ああ。シャングリラは貴重なモンスター素材の宝庫だから崩壊させるなんてありえない。だが、自分が”ダンジョンマスター”になった場合にはダンジョンの外に出られなくなるってわかってブラドをテイムしたと言ってた」


「ダンジョンは金の生る木だ。ちゃんとモンスターを間引かなければスタンピードになるけど、貴重な資源を失うような真似はできない。そう考えると、藍大君は極めて重要な情報を持ち帰ってくれたことになる。この情報はDMUだけじゃ抱えきれないぞ。政府の判断を仰ぐ必要もある」


「やっぱそこまで報告しなきゃ駄目か」


「駄目だろうね。これは国の行く末に関わる最重要案件だよ」


 茂はうっすらそんな予感がしていたらしく、面倒臭そうに言うものの驚いてはいなかった。


「ちなみに、藍大は他にも”ダンジョンマスター”がどうやってダンジョンを運営してるかも情報を仕入れてた」


「うん、これはもう藍大君にも総理と会ってもらおう。これは私から報告すると伝言ゲームみたく事実を誤って伝えることになりかねない」


 (藍大、記者会見よりもすごいことになっちまったぜ)


 茂は苦笑いした。


 彼の脳裏にはこの話を聞いて本気で嫌そうにする幼馴染の顔が思い浮かんだからだ。


 藍大から話を聞いた時、茂は記者会見待ったなしだろうと言った。


 それを聞いて藍大は「記者会見だけは駄目、記者会見だけは駄目!」と組分け帽子に願う生き残った男の子のようなセリフを口にしていた。


 記者会見だけは駄目という言葉が言霊になったのか、確かにすぐに記者会見になることはないようだがそれ以上に面倒なことになったのは言うまでもない。


「茂、藍大君達に明日の午後にDMU本部に来てもらってくれ」


「ここにか? なんで?」


「なんでって首相官邸に一緒に行くよって言ったら連絡が取れなくなるかもしれないだろ? 総理とは知らない仲じゃないし、申し訳ないけどお越しいただくことにするよ」


「否定できねえ・・・」


 茂は潤の言い分を否定するどころか納得した。


 最初から特大の面倒事だと知らされれば、藍大はシャングリラダンジョンに引き籠って電波が通じなかったとか言いそうだと思ってしまったのだ。


 結局、潤が現職の総理大臣にホットラインで事情を話してアポイントを取り、藍大の方は茂が呼び出して藍大と総理大臣の面会が決まった。


 まさかこんなことになってしまっただなんて、シャングリラにいる藍大は面会当日まで知りもしない。

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