第193話 茂が総理大臣召喚しやがった!?

 6月30日の火曜日の午後、藍大と舞は正装に身を包んでDMU本部に来ていた。


 サクラとリル、メロは普段通りの恰好であり、ゲンとゴルゴンはそれぞれ<上級鎧化ハイアーマーアウト>と<中級装飾化ミドルアクセアウト>を発動している。


 (正装で来いってのは記者会見やるぞってことなんだろうなぁ・・・)


 茂から発表する内容をまとめて正装でDMU本部に来いと言われ、藍大は記者会見を開かざるを得ないのだと思っていつもよりもどんよりした気分だった。


 記者会見を開けば、ボケたつもりがなくとも掲示板にネタを提供するだけだとわかっているからである。


 藍大達がDMU本部の入口に到着すると、正装の茂が迎えに来た。


「よし、ちゃんとした服装で来たな」


「来たぞ。お前が正装で来いって言ったんだろうが」


「まあな。じゃあついて来てくれ。応接室に案内する」


「へいへい」


 茂に連れられて藍大達は応接室まで移動した。


『ご主人、中から人の声がするよ』


「マジ? 茂、使用中らしいぞ? 会見までどこで待機するんだ?」


 リルが応接室の中に人がいることに気づいて伝えてくれたから、藍大は茂に先客がいたら応接室は使えないだろうと茂に声をかけた。


「いや、問題ない」


 茂はそれだけ言うと、応接室のドアをノックして藍大達を連れて来た旨を伝えた。


「どうぞ」


 (ん? 小父さんの声じゃない?)


 中から聞こえた声は潤のものではないと気づき、開かれたドアからその中に進んで藍大はソファーに腰掛ける人物と報道関係者の姿を見てびっくりした表情になった。


「やあ、君達が”楽園の守り人”のクランマスターとそのパーティーなんだね。初めまして。内閣総理大臣の板垣だ。今日はよろしく」


 (茂が総理大臣召喚しやがった!?)


 藍大は混乱して訳のわからない感想を頭に浮かべた。


 チラッと横の舞を見たら微笑んだ表情のまま固まっている。


 反対側を見ると、サクラは特に緊張した様子もなくいつも通りだった。


 サクラ達が堂々としているのに自分がおどおどしているのはどうかと思い、藍大はすぐに頭を切り替えた。


「初めまして。”楽園の守り人”のクランマスターを務める逢魔藍大です。両隣にいるのが妻の舞とサクラで、後ろにいるのがリル、前にいるのがメロです」


「ほう。大したものだ。サプライズで私が現れても堂々としてるとは見どころがある」


 板垣総理は覇気のあるがっちりとした体つきの男性だ。


 通っていた難関私立高校と一流大学ではラグビーをやっていたこともあり、今も体を鍛えるのが趣味だとテレビで報道されているのを藍大はぼんやりと覚えていた。


「確かにサプライズですね。てっきり記者会見をさせられると思ってましたが、それ以上の事態に驚いております」


「ハッハッハ! そうか! ならば芹江本部長の提案に乗って正解だった!」


 (小父さんが仕組んだのか)


 藍大が板垣総理の斜め後ろで立っている潤にジト目を向けると、潤がペロッと舌を出して謝る仕草を見せた。


 板垣総理もサプライズが成功したことを喜んでいるあたり、茶目っ気があるのだろう。


 藍大が総理大臣にもDMU本部長にもそんなお茶目さなんて微塵も要らないと思ったって仕方がないことである。


「黙ってて悪かったね。こうでもしないと藍大君が板垣総理に会ってくれないと思ってサプライズになっちゃったんだ。それはさておき、今日は藍大君から板垣総理にシャングリラダンジョンの攻略報告とそこでわかった事実を直接話してほしいんだ」


「芹江本部長が自分から報告すれば、解釈の違いから重大な伝え間違いになりかねないのでDMU本部に来てほしいと言われてね。日本の国力の底上げに繋がる案件だから予定を空けて来させてもらった」


 ダンジョンで手に入る素材は様々な産業に良い影響を与えている。


 飲食業は勿論、冒険者の武装を作る製造業や医学の発展、燃料資源の獲得とダンジョンが出現してから世界は大きく変わった。


 その大波に乗れずに取り残されてしまった場合、日本は先進国としての地位が危ぶまれてしまう。


 それゆえ、日本に現れたレア中のレアであるシャングリラダンジョンの報告は板垣総理が自ら話を聞く気になったのだ。


「わかりました。では、シャングリラダンジョンの攻略報告とダンジョンについてわかったことを報告します」


 藍大は記者会見用にまとめて来た内容を板垣総理に伝えた。


 できるだけ完結な内容にまとめ、気になる所は板垣総理が適宜質問する形で双方が納得する報告会となった。


 全てを聞き終えた板垣総理は少しだけ考え込んだ後、藍大を見て口を開いた。


「国民栄誉賞いっとく?」


「そんな軽く授与できるものなんですか?」


「大丈夫だ。私が総理だからな!」


 板垣総理がドヤ顔で言ってのけるものだから、藍大は想定外の展開に反応が詰まった。


 しかし、サクラ達従魔が藍大の代わり頷いた。


「主はすごい。貰うべき」


『ご主人すごいんだって。貰おうよ』


「マスター、貰えるものは貰っとくです」


「ハッハッハ! 逢魔君の従魔達は実に素直で良い子達じゃないか! 主が褒められて喜んでくれるんだからな!」


 国民栄誉賞を貰うか否かについては反応できなかったが、藍大はサクラ達が自分のことのように喜んでくれることは嬉しく思ったので頷いた。


「そうですね。サクラ達従魔は私の誇りであり、かけがえのない家族です」


「良い目だ。国会に巣食う自己保身しか考えてない連中なんかの相手をしてるよりもよっぽど気分が良い。国民栄誉賞を授与させてもらおう。これからも是非この国のために頑張ってくれ」


「板垣総理、それは違います」


「何がだね?」


 自分の何が違ったのだろうかと板垣総理は藍大に訊ねた。


「私は家族のために頑張りました。その結果、偶然日本に貢献することになったんです。最初から大き過ぎる目標のために頑張るのは無理がありますから、自分のペースで家族のために頑張ります」


「ふむ。それもそうか。国を背負うのは本来政治家の仕事であって冒険者の仕事じゃない。無意識だったが、私にも甘えがあったらしい。それに私も家族が住み易い国を作りたくて政治家になったんだったな。振り返る機会を与えてくれたことに感謝しよう」


「流石は主」


『ご主人すご~い』


「マスターすごいです」


 (すごいのは板垣総理を前にしていつも通りなサクラ達だと思うぞ)


 藍大はそんなことを思ったものの、板垣総理の前でツッコむことができず心の中に留めるしかなかった。


 その後、ニュース番組で使うために藍大が板垣総理と笑顔で握手する写真を撮ったりして会談は終わった。


 板垣総理も忙しいスケジュールを調整してDMU本部に足を運んでくれたのであって、暇だったから来た訳ではない。


 会談が終わればすぐに次の目的地に向かって出発してしまった。


 潤は板垣総理のお見送りで出て行き、報道関係者達も同時にDMU本部から撤収した。


 それにより、応接室には藍大達と茂だけになった。


「お疲れ様。よく頑張ったな」


「おい茂、記者会見なんてレベルじゃなかったぞ。こんなサプライズ二度と要らん」


「俺だって好きでこんなサプライズを用意した訳じゃねえ。本当は藍大達が首相官邸に行って報告するべきだったところをわざわざ板垣総理にお越しいただいたんだ。首相官邸にいってもらうって言ったらシャングリラダンジョンに引き籠ると思ってな」


「くっ、俺達の行動をよくわかってやがる」


「たりめーだ。何年幼馴染やってると思ってんだよ。でも、ものは考えようだと思うぜ。記者会見で質問攻めされなくて済むし、板垣総理自らお前達の風除けになってくれたと思えば必要な苦労だろ」


「そりゃそうだが」


 茂の言い分は一理あったので藍大は渋々だが認めた。


 茂は藍大が納得してくれたとわかると、藍大の隣でカチコチになったままの舞に視線をやった。


「それよりも舞さんは大丈夫か? さっきから全然動かねえけど」


「お~い、舞。ご飯だぞ」


「ご飯!?」


「おい。それで良いのか」


 藍大の正気に戻す方法もどうかと思うが、それで正気に戻る舞も舞だと思って茂はツッコんだ。


「舞、板垣総理への報告会は終わったぞ」


「はっ、ホントだ! いつの間にかいなくなってる!? 学歴マウンティング恐るべし!」


「固まってた理由そこ!?」


 舞が緊張していた理由が板垣総理との圧倒的な学歴の差だと知り、藍大は驚かずにはいられなかった。


「藍大はC大学出てたから学歴耐性があったかもしれないけど、私にはその耐性がなかったんだからね?」


「そんな耐性存在しないっての。もう疲れたな。家に帰って夕飯の準備しよう」


「ご飯だね!」


『ご飯だ!』


「この切り替えの早さがダンジョン攻略の鍵か?」


「そうかもしれん」


 元気になった舞とついでにリルを見て、茂が苦笑しながら訊ねた。


 藍大はそれも一因だろうと否定しなかった。


 DMU本部でやるべきことが全て終わったので、藍大達はシャングリラへと帰っていった。


 本日の報告会の内容がニュースとして報道されるのは明日だ。


 藍大達は日本どころか世界を揺るがすニュースが報道されるまでの時間をゆっくりと過ごすのだった。

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