第188話 主は昼も夜もすごいの

 闘技場に振って来たそれは背丈が3mを超える巨大なモンスターだった。


 そのモンスターは100本の腕と50の頭を持つ巨人と呼ぶべき外見であり、武器は何も持っていなかった。


「こいつはヘカトンケイルか?」


 藍大は心当たりを口にしながらモンスター図鑑を開いた。



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名前:なし 種族:ヘカトンケイル

性別:雄 Lv:75

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HP:3,000/3,000

MP:2,100/2,100

STR:2,100

VIT:2,100

DEX:2,100

AGI:1,200

INT:0

LUK:1,800

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称号:掃除屋

   素手喧嘩ステゴロ最強

アビリティ:<多重思考マルチタスク><衝撃正拳インパクトストレート><剛力手刃メガトンスラッシュ

      <両腕槌スレッジハンマー><体圧潰ボディプレス

      <痛力変換ペインイズパワー><全耐性レジストオール

装備:大僧正の袈裟

備考:高揚

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 (”素手喧嘩ステゴロ最強”って胸が熱くなるよな。って言ってる場合じゃねえ!)


 自分の貧弱さ故に藍大はヘカトンケイルの”素手喧嘩ステゴロ最強”の称号にジーンと来るものがあった。


 しかし、今から戦うことを考えれば感心している場合ではないと頭を切り替えた。


「「「・・・「「楽しい喧嘩をしようぜ」」・・・」」」


 ヘカトンケイルがそう言った直後、挨拶代わりに50本ある右腕から<剛力手刃メガトンスラッシュ>を放った。


「舞!」


「任せな!」


 舞は藍大達を守るべく光のドームを二重に展開した。


 直感的に一重では破られると思って二重に展開したが、舞の予想通り50もの<剛力手刃メガトンスラッシュ>を受けては1つ目の光のドームが耐えきれずに破られてしまった。


「ふぅ。勘に従って良かったぜ」


「素手で舞のドームを壊すとかヤベえ。舞、サンキューな」


「おう」


「主、どうする?」


 舞が張った光のドームを壊せる相手となれば、ヘカトンケイルが強敵なのは間違いないのでサクラが藍大に指示を仰いだ。


「サクラとリルでヘカトンケイルの両腕を抑え込んでくれ。奴の動きが止まった瞬間にメロが奴の時間を止めて弱体化させるんだ。耐性があるからすぐに動き出すだろうが、全員で腕をできるだけ減らす。舞は指示があるまで護衛を頼む」


「「「「『了解!』」」」」


「作戦会議は終わったか?」


「終わったよな?」


「終わったとみなす!」


「「「・・・「「行くぜオラァァァ!」」・・・」」」


 ヘカトンケイルは律儀に藍大達の作戦会議を待っていたようだ。


 戦う相手の全力を味わいたいと考える戦闘狂らしい考えである。


 舞が光のドームを解除した途端、ヘカトンケイルが藍大達に接近して全ての腕で<衝撃正拳インパクトストレート>を放とうとするが、サクラとリルがそれぞれ<透明多腕クリアアームズ>と<念力サイコキネシス>で封じ込める。


「メロ!」


「はいです!」


 一瞬の隙を逃す訳にはいかないので、藍大がメロにタイミングを合図する。


 それにより、メロはすぐにアビリティを使用してヘカトンケイルの動きを止める。


 おまけに<怠雲羊波シープウェーブ>も発動すれば、ヘカトンケイルの全能力値が一時的に下がる。


「攻撃開始!」


「喰らいなさい!」


『えいっ!』


「ぶっ飛ばすわっ」


「やるです!」


 サクラが深淵の刃で右腕を次々に切断し、リルは<聖狼爪ホーリーネイル>で左腕をどんどん切断していく。


 ゴルゴンとメロはサクラとリルの邪魔にならないように下側から攻撃したが、幼女コンビのINTでは爆破したり種を飛ばしても腕を傷つけられても破壊はできなかった。


いてえぞクソが!」


「俺の腕を斬りやがったな!?」


「この痛みがまた俺を強くする!」


 <停止綿陣ストップフィールド>の効果が切れてヘカトンケイルが再び動き始めた。


 サクラとリルが頑張ったおかげでヘカトンケイルの100本あった腕は半分の50本まで減った。


 ヘカトンケイルは腕を切断されたことに激怒すると、残った50本の腕で25回分の<両腕槌スレッジハンマー>を地面に叩きつけた。


「サクラ、リル!」


「任せて!」


『大丈夫!』


 サクラが幼女コンビを抱えて空に逃げ、藍大と舞もリルに飛び乗ってリルに空に逃げてもらった。


 激昂するヘカトンケイルが発動した25回の<両腕槌スレッジハンマー>により、闘技場は一瞬にして瓦礫の山へと変わった。


「ヒャッハァァァァァッ!」


「物を壊すの楽しいぜぇぇぇ!」


「形ある物は崩れる運命さだめ!」


「なんかマイみたいなのがいたわっ」


「ああ゛ん? なんだとゴラァ!?」


「ひぇっ!? なんでもないんだからねっ」


 (ゴルゴン、余計なことは言っちゃいけない。俺もそう思ったけど)


 サクラに抱かれていたゴルゴンのコメントを聞き、舞がゴルゴンを睨みつける。


 怯えたゴルゴンを見て藍大は雉も鳴かずば撃たれまいということわざを思い出した。


「おい、てめえら! 降りて来い!」


「喧嘩は地面に足を着けてやるもんだろうが!」


「降りて来ねえならこっちにも考えがあんぞ!」


「オラオラオラァ!」


 ヘカトンケイルは上空に逃げた藍大達に向かって瓦礫を投げまくった。


「無駄なんだからねっ」


 ゴルゴンは<爆轟眼デトネアイ>で空に飛んで来る瓦礫をどんどん爆破する。


 そこから先は瓦礫がなくなるまでずっと同じ展開だった。


 ヘカトンケイルが投げる瓦礫をゴルゴンが爆破し続けるだけである。


 投げる物がなくなると、ヘカトンケイルは<剛力手刃メガトンスラッシュ>による攻撃に切り替えた。


「オラオラオラァ! 逃げてねえでこっち来い!」


「ビビってんのか!? ああ゛ん!?」


「特に何もしてねえ男! お前は玉無しだな!」


 その余計な一言が戦況を変えた。


「主は昼も夜もすごいの」


「は?」


「頭が?」


「斬られた」


「「「・・・「「ギャアァァァァァァァァァァ!」」・・・」」」


 サクラは静かにキレていた。


 藍大のすごさを知らずに舐めたことを言ったヘカトンケイルの頭を目にも留まらぬ速さで斬り落とすぐらいキレていた。


 ヘカトンケイル的には腕を斬られた時よりも頭を斬られた時の方が騒がしかった。


「主のすごさをわからせてあげる」


 サクラはそう言うと、<透明多腕クリアアームズ>でゴルゴンとメロを藍大に預けて蹂躙を開始した。


 手始めに無数の深淵の刃をヘカトンケイルに向かって射出する。


 逃げ場がないと悟ったヘカトンケイルは50本の腕で反撃するが、<剛力手刃メガトンスラッシュ>はサクラの深淵の刃の前に威力負けしてしまった。


「なんだこいつ!?」


「冗談だろ!?」


「化け物か?」


 深淵の刃を全て切断されたヘカトンケイルに近づくと、サクラは物覚えが悪い子供に言い聞かせるように口を開く。


「1つ。主は人とか従魔とか関係なく優しい」


「頭がぁぁぁっ!?」


「1つ。主の立てる作戦は絶対に上手くいく」


「おいおいおいっ!」


「1つ。主の料理は美味しい」


「ギャァァァァァッ!」


 サクラが指折り数えながら深淵のレーザーでヘカトンケイルの頭を撃ち抜いていく。


 腕が1本も残っておらず、傷だらけで立っているだけで精一杯のヘカトンケイルはサクラに対抗することができない。


 ちなみに、舞と従魔達はサクラが藍大を褒める度にその通りだと頷いており、藍大は恥ずかしくて顔を真っ赤にしていた。


 本当は顔を覆いたくて仕方ないのだが、仮にも戦闘中だからヘカトンケイルから目を離す訳にはいかずに藍大は恥ずかしさと絶賛格闘中なのだ。


 その後もサクラによるヘカトンケイルへの教育と藍大への褒め殺しは続き、残るは最後の頭となった。


「主がいかに素晴らしいかその単細胞でも理解できた?」


「わかりました。主様最高です」


「よろしい。ならば死んでちょうだい」


 サクラが深淵のレーザーでヘカトンケイルの最期の頭の眉間を撃ち抜くと、藍大の耳にシステムメッセージが届き始めた。


『サクラがLv93になりました』


『リルがLv92になりました』


『ゲンがLv89になりました』


『ゴルゴンがLv87になりました』


『メロがLv81になりました』


 藍大は着陸してすぐにパーティー全員をギュッとハグして回った。


 褒め殺しにされて恥ずかしかったのは間違いないが、戦えない自分のために皆が戦ってくれたことに対する感謝である。


 特にヘカトンケイル戦のMVPであるサクラをハグする時間は長かった。


「お疲れ様。サクラは本当によくやってくれた」


「エヘヘ。私はいかに主が素晴らしいか教え込んだだけなの♪」


「そ、それは程々で良いからな。な?」


「今夜は寝かせな~?」


 (選択肢が1つしかねえ!)


「い」


「やったね!」


「藍大、私もだからね!」


「わかった」


「わ~い!」


 しれっと舞もサクラに便乗しているが、藍大も今夜は頑張らなければならないことだけは間違いない。

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