第181話 みんな大好きカレーライスです

 藍大はスタジオの舞台裏に行くと、ADに事前に説明された通りに名前を呼ばれるまで待機した。


 今日の料理大会は生放送だ。


 スケジュールの詰まっている冒険者を考慮してのことだが、気を楽にして料理に打ち込めるようにスタッフのフォローは手厚い。


 料理大会に参加するのは藍大を含めて3人だ。


 番組のタイトルコールと審査員の紹介の後、早速1人目の出場者の名前が司会を務める女優に呼ばれた。


「1人目はこの人! ”ブルースカイ”に所属する美食家こと速水秀はやみしゅうさんです!」


 観客席から聞こえる拍手と共に、秀が舞台裏から出て行った。


 微笑みながら手を振って入場する秀には芸能人のような雰囲気があった。


 実際、秀は長身でスタイルも良いから”ブルースカイ”の広告塔にもなっている。


「2人目はこの人! クラン無所属の戦う料理人こと柳美海やなぎみみさんです!」


 美海も惜しみない拍手を受けて舞台裏から出て行った。


 美海は二つ名の通り自らダンジョン探索に出向いてモンスターを狩る調理士だ。


 武器として扱うのは全て調理器具であり、倒す段階から食材に気を遣う女性冒険者として知られている。


 必要に応じて知り合いとパーティーを組むが、どこかのクランに所属することはない。


 その理由は本人が公言していないので謎に包まれている。


「さて、3人目は今日まで私も誰が来るのか知らされていなかったサプライズゲストです! ”楽園の守り人”のテイマーさんこと逢魔藍大さんです!」


 名前を呼ばれた藍大は舞台裏から堂々と歩いて登場した。


 観客席から拍手が一際大きく聞こえると思ったら、それは舞達によるものだった。


「料理大会の出場者が出揃いましたので、ここで出場者の皆さんから意気込みを聞かせていただきましょう。最初は速水さんからお願いします!」


「今日は優勝するためにやってきました。僕が一番だと証明してみせましょう」


 秀は気障っぽく髪をファサーッとしながらコメントをした。


 (うん、ああいう仕草は俺には無理だわ)


 藍大はそんな秀の言動を見て自分には向いてないなと思った。


 司会の女優は秀のコメントに笑顔を崩さずに応じた。


「はい! 自身に満ち溢れたコメントでしたね! 続いて柳さんにお願いします!」


「クランに入らなくたってすげー料理を作れるって教えてやんよ!」


 美海は女性にしては筋肉質であり、後衛の男性冒険者と殴り合いすれば勝てそうな見た目をしている。


 髪型も茶髪のドレッドヘアーであり、それが威圧感を2割増しにしている。


「パワーのあるコメントをありがとうございました! 最後に逢魔さんから一言お願いします!」


「家族に背中を押されて参加を決めました。家族の期待に応えられるよう頑張ります」


「今日はご家族とクランの方々が観客席に来ているそうです! 良いところを見せられるよう頑張って下さい! さて、出場者全員からコメントを頂いたところでルール説明です!」


 司会の女優が料理大会のルールについてカメラ目線で説明し始めた。



 ・料理大会は審査員が3人いて1人の持ち点は10点

 ・10点の内訳は食材のレアリティが5点と味が5点

 ・出場者による食材と調理器具の持ち込みは許可されている

 ・出場者は一品だけ好きな料理を作る

 ・スタジオに用意された食材は自由に使えるがダンジョン産の食材ではない

 ・食材は調味料を除いて半分以上ダンジョン産の物を使わないと失格となる

 ・制限時間は1時間



 以上7つのルールに則って料理大会は運営される。


「それでは皆さんご唱和下さい! 『Let's cook ダンジョン!』」


 司会の女性のあざとい決めポーズと同時に観覧席からも「Let's cook ダンジョン!」の掛け声が聞こえた。


 この料理大会番組は「Let's eat モンスター!」を掲載する週刊ダンジョンの

出版社が単独スポンサーになっている。


 それゆえ、番組のタイトルも掛け声も「Let's eat モンスター!」に寄せられている。


 スタジオに大々的に設置されたタイマーのカウントダウンが始まると、藍大達出場選手はすぐに料理を作り始めた。


 それぞれの選手は何を作るのか宣言せずに料理を始めるから、司会の女優が三者のキッチンを行ったり来たりしてどんな料理を作って何がポイントなのか等を訊き出すのだ。


 司会の女優が真っ先に足を運んだのは藍大のキッチンだった。


 何故なら、藍大は料理に使う食材を全て持ち込んでいたからである。


「逢魔さん、食材もたくさんあって準備万端のようですがどれがダンジョン由来の食材なんでしょうか?」


「バロンポテトとマスクドトマト、ライスキュービーの米、マグケルピーの肉、スパイシーツリーの実から作ったルーがダンジョン由来の食材です」


「ということは逢魔さんが作るのは?」


「みんな大好きカレーライスです」


 藍大がそう言った瞬間、スタジオが湧いた。


 人参と玉葱以外は全てダンジョン由来の食材から作るカレーライスと聞けば、どんな味になるのか気にならないはずがないからだ。


 観覧席にいる者達の中には藍大の作るカレーライスを試食できないことを嘆く者もいた。


 というよりも、舞達も目の前で作られるであろうカレーライスを食べられないことを悔しがっているのだが。


 司会の女優が次に向かったのは美海のキッチンだった。


 どうやら登場順とは逆に話を聞いていくつもりらしい。


「柳さんはどんなダンジョン由来の食材を使うんでしょうか?」


「オーク肉とノイジーコッコの卵、クライオニオンだな。米と葱はダンジョンで出会えなかった」


「そのラインナップから察するに柳さんが作るのは?」


「カツドゥーン!」


 カレーライスの次がカツ丼と来て、観覧席からは空腹を告げる腹の音が聞こえ始めた。


 観客達の食欲が理性を上回っているのだろう。


 我慢したって見栄を張ったって体は正直なのである。


 司会の女優はその後に秀のキッチンへと移動した。


「速水さんはどんな食材を用意されたんですか?」


「アングリーンペッパーとウォークマッシュ、ハイドシュリンプ、ダンジョン産の海水で作った塩です。米等はダンジョンで見つけられなかった食材はこの場にある食材を使います」


「なるほど。では、速水さんが作るのは中華料理のあれですか?」


「はい、炒飯です」


 三者とも米を使う料理で勝負することが確定した瞬間だった。


 食材のレアリティの点で比較すると、藍大が他2人を大きく突き放しているのは言うまでもない。


 美海のクライオニオンや秀のハイドシュリンプも並みの冒険者では手に入れるのが難しいのだが、藍大と比べてしまうとインパクトに欠けてしまう。


 藍大は司会の女優が自分のキッチンから離れた後、素早く野菜の皮むきやカットを済ませてケルピーの肉と一緒に炒めた。


 水を加えて煮込み、アク取りをし始めたところで再び司会の女優が藍大のキッチンにやって来た。


「逢魔さんの調理器具って雰囲気ありますね。どんな素材を使ってるんですか?」


「包丁と鍋はミスリル製で、まな板はユグドラシル製です」


 そう答えた瞬間、スタジオ内がざわついた。


 今日の料理大会の観覧席には冒険者と一般人の両方がおり、反応を示したのは勿論冒険者である。


 ミスリルというファンタジー金属を調理器具に使うとはなんてことだと嘆く者もいれば、ユグドラシルをまな板にするなんて勿体ないと口にする者もいた。


 しかしながら、藍大の使う道具にケチはつけさせないと舞達が睨みを利かせた途端、冒険者達のざわつきはピタッと止まった。


「おとぎ話の産物だと思ってましたけど、本当にそんな物までダンジョンにはあるんですね」


「ダンジョンについてわかってることなんてほんの一部です。まだまだ未知がダンジョンには残ってますよ」


「深いコメントありがとうございます、その深みがカレーにもあることを祈ってますね」


 司会の女優はずっと藍大のキッチンにいると贔屓しているように見えてしまうため、今度は秀のキッチンに向かった。


 そこでは秀が見せ場と言わんばかりに鶴の首のように右手を折りたたみ、握った塩を高めの位置からパラパラと振りかけていた。


「サービスショットありがとうございます」


「いえいえ。エンターテイナーたるもの見せ場では決めるものです」


 一体いつから冒険者がエンターテイナーになったのかとツッコみたくなった司会の女優だったが、その気持ちをグッと堪えて当たり障りのないコメントを残して美海のキッチンへと向かった。


 その後、藍大達は着々と料理を仕上げてタイムアップを告げるタイマーの音がスタジオに鳴り響いた。

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