第180話 話せばわかる!
準備期間はあっという間に過ぎ、料理大会当日の土曜日になった。
シャングリラに留守番としてドライザーとリュカを残し、藍大のパーティー以外のクランメンバーもお台場に向かった。
藍大はゲンとゴルゴンにそれぞれ<
司達については交通機関を使って現地に移動した。
藍大達も一緒に交通機関で行けば良いと思うかもしれないが、リルが自分の背中に藍大達を乗せる気満々だったのでリルの期待を裏切ってはいけないと司達が別々の移動を申し出たのだ。
そうなると、交通機関ではリルの速さに敵わないから彼らの出発時刻は藍大達よりも早い。
料理大会はテレビ局のスタジオ内で行われ、その様子はテレビ番組として収録される。
藍大の応援という名目でテレビ局に入るため、藍大達と司達は合流しなければテレビ局の中には入れない。
ということで、司達はテレビ局の前で藍大達が来るまでの時間を潰していたのだが、そこで健太にとって歓迎できない事態が起きた。
”ブルースカイ”の所有するリムジンがテレビ局の前に停まったのだ。
どう考えても健太の義理の姉の青空瀬奈が乗っていると思い、司は面倒事になる前に健太に隠れてもらおうとした。
しかし、その時には既に健太の姿がなかった。
「健太は?」
「気づいたらいなくなってたで。健太がフラッとどこか行く時はパンドラに見張っとくよう言っとったから、何かやらかすことはないと思うで」
「
未亜の言い分を聞いて司は苦笑した。
そして、しれっと健太のお目付け役にされているパンドラの有能さには脱帽である。
司達が”ブルースカイ”のリムジンを見つけた頃、健太はと言えばテレビ局の中にいた。
「いやぁ、持つべきものは友達のコネだな」
「・・・」
どうして健太がテレビ局の中に入れているかと言えば、今日の料理大会の番組スタッフに健太の友達がいたからだ。
藍大達と一緒にいれば健太にナンパするチャンスはない。
それゆえ、健太は料理大会に藍大が参加すると連絡を受けてからすぐにその友達に連絡を取っていた。
そして、後でクランのメンバーと合流するから先にテレビ局を見学させてほしいと頼んで許可を得ていた。
学生時代にありとあらゆるイベント事に参加していたコネがこんなところで力を発揮するのだから、人生何があるかわからないと言えよう。
「パンドラさんや、ジト目で見るのは止めておくれや」
「やれやれ」
「呆れられた!?」
「煩い」
健太がテレビ局に入る時、パンドラはここで健太を野放しにしては不味いと判断してこっそり見張るのではなく同行して手綱を握ることにした。
パンドラは今、熊のぬいぐるみになって健太の肩に乗っている。
流石に狼の姿に変身したままテレビ局の中を動くのは難しいと判断し、今の姿になって健太の肩に飛び乗ったのだ。
健太の強烈なキャラは対外的にもそこそこ知られているので、熊のぬいぐるみを肩に乗せて歩いていても騒ぎにはならなかった。
人とすれ違う時になんで熊のぬいぐるみが肩に乗っているのかと視線をやられるだけで済んでいる。
パンドラはシェイプシフターに進化したことで、短くならば喋れるようになった。
だから、今では楽に意思疎通を図れる。
さて、健太とパンドラがテレビ局内を適当にぶらついていると、人通りの少ない曲がり角の奥から声が聞こえた。
なんとなく気になって健太は忍び足で曲がり角まで移動し、そこで何が話されているのかこっそりと様子を伺うことにした。
健太は「Let's eat モンスター!」の取材でシャングリラに来ていた遥の姿を確認すると、スマホのカメラをインカメにして録画ボタンを押した。
「鈴木君、今日が勝負だ。逢魔藍大のコーナーを作る交渉を進めるんだ」
「編集長、料理大会だって無理を言って参加していただいてるんです。流石にこれ以上は」
「口答えするんじゃない! 誰のおかげで週刊ダンジョンが売れてると思ってんだ!」
「・・・編集長のおかげです」
「だったら、ない色気でも振り絞って少しでも逢魔藍大に首を縦に振らせることを考えろ!」
「パワハラにセクハラたぁ時代錯誤も甚だしいじゃねえの」
「誰だ!」
「俺が日出づる国のチャラ男こと青島健太である!」
「あーあ」
健太が問題を起こさないように見張っておけと言われたが、この展開では止めるに止められなかったせいでパンドラは額に手をやった。
「”楽園の守り人”のメンバーか!」
「Yes, I am」
ノリノリな健太は英語で応じて編集長を煽る。
それでも、編集長はここでキレたら社会的に終わると判断して健太を懐柔せんと口を開いた。
「いやぁ、今勢いに乗ってるクランのメンバーに遭えるとは光栄ですね! 今度行きつけの女の子がいっぱいいるお店に行きませんか!? 美人ぞろいだからモテモテ間違いなしですよ!?」
「おい、俺を甘く見るな。俺はそんな誘惑になんか負けねえぞ。つーか、さっきの会話録画してたからどこかに出せばアンタは失脚待ったなしだぜ」
そう言うと、健太はスマホで録画していた動画を再生した。
その動画には編集長が遥に不適切な指示を出しているところが録画されていた。
「それだけは止めてくれ! 頼む! なんでもするから!」
「おっさんのなんでもするとか誰得ですかっつー話ですよ。アウトDEATH!」
「くそがぁ!」
健太を懐柔できないと悟ると、自棄になった編集長が健太に向かって襲い掛かった。
その瞬間、健太の肩に乗っていたパンドラが地面に飛び降りて<
「ひぎゃあぁぁぁぁぁっ!?」
編集長は突然現れたモンスターの姿に恐怖し、その感情が振り切れてしまったのか気絶した。
「なんだ? 悲鳴が聞こえたぞ?」
「こっちの方からだ」
成人男性が悲鳴を上げれば、人の多いテレビ局で異変に気付かないなんてことはない。
すぐにこの場に人がやってきそうだった。
「パンドラ、よくやった! 後は逃げるぞ!」
「任せる」
パンドラは熊のぬいぐるみの姿になって健太の肩に飛び乗った。
今は逃げることが先決なので、自分で走れと言い争っている場合ではない。
そう判断した健太は遥の手を掴んだ。
「鈴木さん、逃げましょう!」
「えっ?」
「いいから早く!」
「はい!」
健太の勢いに乗せられてしまい、遥は健太に手を引かれたままその場から逃げた。
人が集まってくる前に健太達はテレビ局の入口付近まで移動し、これだけ人が多ければ後はどうにでもなると足を止めた。
「いやぁ、危なかったですね」
「あ、あの、ありがとうございました」
「いえいえ。人として当然のことをしたまでですよ」
「そうか。人として当然のことができるなら司達を置き去りにしてテレビ局に入らないよな?」
その瞬間、自分の背後からよく知った声が聞こえたので健太は壊れた人形のようにギギギと首を後ろに向けた。
そこにいたのはジト目を向けた藍大達だった。
「話せばわかる!」
「逢魔さん、青島さんは私のことを助けてくれたんです」
「・・・OK。聞くだけ聞こうじゃないか」
健太だけだったら舞のデコピンで折檻したかもしれないが、遥が健太を庇ったからには何か事情がある。
藍大はそのように判断して自分達に用意された楽屋まで移動した。
他人に話を聞かれないように話をするならば、楽屋で話をするのが良いと遥が言ったからである。
楽屋に移動した直後、健太は自分がいかにして遥を助けたかを語った。
助けるべきだと判断した証拠の動画もあったので、藍大達は健太を説教するどころか褒めた。
「健太、珍しく良いことしたな。疑って悪かった」
「編集長にデコピンしようかな?」
「私が<
「記憶がなくなるまで殴れば良かったんじゃない?」
「女の敵です。そんな人なんて強酸を頭から被れば良いんです」
「いっそこの動画を他所の雑誌に売ればええんちゃう?」
藍大が健太を見直すまでは良いのだが、女性陣の編集長へのヘイトが大変なことになっていた。
舞とサクラ、麗奈、奈美、未亜と各々の意見を口にしたが、どれを選択しても編集長に明日がないのは間違いない。
「あ、あの、待って下さい! どうか今日の大会が終わってからにしてもらえないでしょうか?」
「鈴木さん、どうしてですか?」
女性陣が過激な意見を出し合っていると、当事者の遥が待ったをかけた。
編集長から酷い仕打ちを受けていたというのに、遥が料理大会を中止させるようなことはしないでほしいと頼むので藍大は首を傾げた。
「編集長がやり過ぎなのは間違いありませんが、今日の料理大会は週刊ダンジョンの命運が掛かってるんです。今日のために私以外の編集部員も必死になって準備をしてきました。会社への告発は大会が終わったら私がやります。なので、どうか今日の料理大会だけは中止にさせないで下さい!」
そもそも藍大だって折角今日のために準備をしていたのだから、優勝してやりたいという気持ちがあるのだ。
「わかりました。ひとまず、今日のところは私達からは何もしません。しかし、なあなあにするようでしたら私達にも面倒が付き纏いそうなので動きます。良いですね?」
「ありがとうございます!」
藍大と遥の間で話がまとまれば、クランのメンバーは藍大の決定に従うしかない。
この後すぐにADがやって来て収録の説明をすると、藍大はそのADにスタジオに案内された。
舞達は別のADに観覧席へと誘導されて観覧席で藍大の舞台を見守ることになった。
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