第176話 火口の溶岩全部抜く

 サクラとリルの強化が終わり、藍大はもう倒すべきモンスターもいないから脱出するかと思って動こうとした。


 ところが、リルがじっと溶岩の中を見つめているので藍大は声をかけた。


「リル、どうしたんだ?」


『ご主人、火口の中心に何かある』


「何かってアイテムか?」


『多分そうだと思う』


 溶岩の中にアイテムがあると聞き、藍大は腕を組んでそれを手に入れる手段を考えた。


「整った」


『どうするの?』


「火口の溶岩全部抜く」


『そんなことできるの?』


「できるかわからんけどやる価値はあるさ。サクラ、俺が指差す方向に<幸運光線ラッキーレーザー>を撃ってくれ」


「は~い」


 サクラがレーザーを撃つと溶岩を貫いて火口の底をも削り取り、時間差で命中した地点から爆発が生じた。


 それによってできた穴に溶岩が漏れ出し、しばらくしたら火口の中に溶岩がなくなってしまった。


「あの宝箱か。リル、<念力サイコキネシス>で回収頼む」


『うん!』


 リルが<念力サイコキネシス>を発動して宝箱を回収し、それを藍大の正面に置いた。


「私、溶岩に熔けない宝箱ってすごいと思うの」


「それは否定できないかも」


 舞の言うことはもっともだったので、藍大は宝箱を一瞥して頷いた。


「主、これ開けても良い?」


「溶岩の中にあったんだ。素手で触らないでくれよ?」


 サクラが自分の役割を果たそうとするので、藍大は直接触らずに<透明多腕クリアアームズ>で宝箱を開くように指示する。


「わかった」


 藍大の言いつけを守ってサクラは透明な腕を使って宝箱を開けた。


 宝箱の中に入っていたのは、藍大にとってはお馴染みとなりつつあった素材でできた鍋だった。


「ミスリル鍋ですね、調べなくてもわかります」


 そうは言っても藍大がモンスター図鑑で調べるのは当然だ。


 正体のわからないアイテムを使うなんて正気じゃないからである。


 調べた結果、藍大の予想が良い意味で外れていた。


 (ミスリルは予想してたけど圧力鍋とは予想外だったぜ・・・)


 ただのミスリル鍋かと思ったら、まさかのミスリル圧力鍋である。


 サクラの8万超えるLUKが料理大会でこれを使えと藍大に新たな調理器具を呼び寄せたに違いない。


「はい、主。もう熱くないみたいだよ」


「サクラ、ありがとな!」


 藍大が鍋をしまってからサクラを抱き締めると、サクラの顔がデレデレになった。


「エヘヘ、主に喜んでもらえて良かった♪」


「良いなぁ。私も藍大から抱き締めてほしいなぁ」


 舞がそう言うと、ご機嫌な藍大は舞のことも抱き締めた。


「舞もいつもありがとな」


「うん!」


 その後ろでリルとゴルゴンもその後ろでハグしてもらえるのを待っていたのは言うまでもない。


 ローブに憑依していたゲンを除いて全員がハグされると、今度こそダンジョンでやるべきこと全てやり終えたので藍大達はダンジョンから脱出した。


 奈美にタツノンとタツゴドラから手に入った薬の素材を渡すと、奈美のテンションがおかしくなった。


 薬のレシピがどんどん頭に湧き上がってくるようなので、邪魔しては悪いと藍大達は早々に101号室から出た。


 102号室に戻ると、食いしん坊ズが昼食の催促をするから藍大がすぐに昼食作りに取り掛かった。


 マグケルピーの肉は下半身が魚だが上半身は馬だ。


 それゆえ、馬肉と魚肉の両方を楽しめる食材として藍大は密かに期待していた。


 まずはライスラインの米を早炊きでセットし、馬肉部分を使った料理から作る。


 馬肉とピーマン、玉葱を細切りにしたら強火で玉葱を炒める。


 そこに馬肉も炒め、レアな状態のうちにバターを落とす。


 更にピーマンを入れて素早く混ぜる。


 仕上げに醤油と塩胡椒で味を調えればマグケルピーのバター醤油炒めの完成だ。


 だが、馬肉部分を使った料理はこれだけではない。


 バター醬油炒めを皿に盛りつけたら、冷めないようにラップをして収納リュックにしまって別の料理を作り始める。


 今度は馬肉を大体1cmぐらいに細切りにし、それをボウルに入れて藍大が好む市販の焼肉のタレをかけて混ぜる。


 5分程度漬け込んだら、皿に細切りにした<長葱ソードリーキ>を盛りつけた上にその馬肉を乗せる。


 中心部に卵ポケットを作ってゴルゴンの卵黄を落として白ごまを振りかければマグケルピーのユッケが完成した。


 馬肉を使った料理はこの辺で切り上げ、これも鮮度が落ちないように収納してから下半身の魚を使った料理に移る。


 マグケルピーの魚部分の刺身を皿の上にドーナツ型に盛り付けた後、キュウリは輪切りでクフトマトを8等分に切って中心部に盛り付ける。


 野菜の上にクリームチーズを乗せ、刺身にオリーブオイル回しかけて塩胡椒も降ればマグケルピーのカルパッチョの完成である。


 魚料理でもう1品作ろうと決め、藍大はカルパッチョをしまってからマグケルピーの魚部分を適当なサイズに切り分ける。


 切り身の水気を取って塩を振ったら少しの間放置する。


 その間にドランクマッシュをスライスしておく。


 切り身に小麦粉を薄く付けたらフライパンに油を入れ、切り身を中火で両面焼いて皿に取り出す。


 フライパンの油をペーパーで拭き取ってバターを入れる。


 バターが溶けてきたらスライスしたドランクマッシュを炒め、塩とレモン汁を入れて炒める。


 切り身の上にフライパンの中身をかけ、その上に胡椒を振ればマグケルピーとドランクマッシュのムニエルの完成だ。


 丁度その頃にはご飯も炊き上がっていたので、藍大が舞達に配膳を手伝ってもらった。


 最近では藍大が料理を作り終えた瞬間にキッチン付近で待機しており、すぐに食べられるように配膳をテキパキと手伝っている。


 藍大が料理に集中している間にメロも帰って来たため、全員揃ったから実食タイムである。


「「「「「『いただきます!』」」」」」


「ヒュー!」


 各々が好きな料理を一口食べると目を見開いた。


「私はこの時のためにダンジョン探索を頑張ったよ!」


『ブラボ~!』


「危険なあいつがこんなに美味しくなるなんて驚いたわっ」


「箸が止まらないです!」


「ヒュー♪」


 食いしん坊ズを筆頭に藍大の作った料理は好評だった。


「主、マグケルピー料理は美味しいよ。これは使えそう?」


「決まりじゃないけど有力候補だな。危険な敵だった分、味も期待通りだ」


 藍大も料理大会に出るからには勝ちたいので、料理大会当日に作るメニューは慎重に決めるつもりらしい。


 それでも、マグケルピーの馬肉と魚の部位はどちらも藍大の求める水準を満たしていたから有力候補だと口にした。


 普段は難しいことを考えずに食事を楽しむ面々も、藍大とサクラのやり取りを聞いて自分の意見を主張した。


「藍大、私はこういうお洒落な料理も良いけどメンチカツ丼みたいなガツンとした料理でも美味しいと思う」


「揚げ物だったら魚部分のフライにタルタルソースも美味しいはず」


『僕はローストケルピーもいけると思う』


「いっそのこと刺身もありだと思うわっ」


「高級路線のお茶漬けもありです」


 ゲンだけは目の前のムニエルに集中していた。


 お気に入りはムニエルらしい。


 (う~ん、悩ましいなぁ)


 舞達の意見は聞いているだけで試しに作りたくなるものばかりだったから、どうしたものかと藍大は悩んだ。


 明日の水曜日のダンジョン地下4階にもまだ見ぬモンスター食材があるだろうから、今日の時点でマグケルピーで食材を決めてしまうのは性急だと判断して藍大はひとまず昼食を楽しむことにした。


 昼食後に”楽園の守り人”のメンバーに今日の昼飯を試食してもらったところ、好みがきっちり分かれた。


 麗奈と健太がバター醬油炒め推し。


 司はムニエル推し。


 奈美はカルパッチョ推し。


 未亜はユッケ推し。


 クランのメンバー内で酒が好きな2人は、酒に合うという理由でバター醬油炒めが気に入ったらしい。


 司と奈美、未亜は今日の気分で決めたとのことでこれは嫌いだというものは1つもなかった。


 ちなみに、奈美がタツノンの素材を使って作った薬は漢方になり、消化促進と発汗の効果があった。


 美味しい料理にはカロリーも多い。


 試食してばかりで太ることが心配な女性陣にはぴったりな薬と言えよう。


 とはいえ、いくら食べても太らない舞はクランの女性陣からこの件に関してだけは敵視されていたが。


 藍大の料理を食べられるのはありがたいが、太るのは嫌という女性陣にとって料理大会が始まるまでの準備期間は自分との戦いの期間でもあった。


 特に、ダンジョン探索で運動することのない奈美は飲み合わせても問題ない薬を複数用意し、司に嫌われないように体型を維持する努力をしていた。


 美味しいは正義だが太るのはいただけない。


 いくら食べても太らないという舞は幸せ者に違いない。

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