第162話 主が抱き締めてくれたら元気になるよ

 午後3時、藍大達はDMUが提携している八王子の病院へとやって来た。


 藍大と舞、サクラはリルに乗って移動し、成美とマルオ、晃は公共交通機関で現地に向かった。


 藍大の安全を考慮してゲンは<中級鎧化ミドルアーマーアウト>を使って同行しているが、ゴルゴン、メロはシャングリラの102号室で留守番している。


 大地震で怪我をした意識不明の患者の一部はこちらの病院でも受け入れられており、晃の母親はその一部に該当した。


 藍大達が成美達と別々に移動したのは成美達が不用意に目立たないようにするためだ。


 タクシーで移動する方法もあったが、成美達は節約のために電車で移動した。


 藍大達と成美達が合流したタイミングで、病院の中から茂が現れた。


「よう、藍大。待ってたぜ」


「手を回してもらって助かった」


「いや、これから起こることを見せてもらえるなら全然大したことないさ」


「逢魔さん、この方はDMUの方ですよね?」


 藍大と茂の話が終わったタイミングで、成美は茂が着用する制服を見て訊ねた。


「こいつは芹江茂。DMUの鑑定班だ。俺の幼馴染で北村ゼミの同期だ」


「よろしくな、後輩諸君」


「北村ゼミのコネすごい」


 目をパチクリさせる成美に対し、藍大は更なる燃料を投下する。


「ついでに言うと、”レッドスター”の赤星真奈さんも北村ゼミに滞在してたぞ」


「マジかよ! 北村ゼミ半端ないって!」


 反応したのはマルオだった。


「藍大、このパーカー君から健太臭がするぞ」


「おいおい、ちょっと騒がしいだけで健太臭がするとか言ってやんなよ」


「わかった。このパーカー君は健太予備軍に違いない」


「言い直してるけど言ってることは変わってねえんだよなぁ。俺もそー思うけど」


「あのー、健太って誰ですか?」


 マルオは自分が比べられている人物がどんな相手か気になって訊ねた。


「チャラ男だな」


「軽薄な男だ」


「ゴミ虫」


 藍大と茂の評価に紛れてしれっとサクラがディスるのは藍大達にとっては予想通りである。


「俺ってばそんなチャラくないですよ」


「「え?」」


 マルオの発言に成美と晃がそれマジで言ってんのかと言わんばかりの表情で反応した。


「なんで首傾げられてんの俺? これでも品行方正な武臣君で通って来たんだぞ?」


「寝言は寝て言いなさい」


「自己認知バグ乙」


 成美も晃も容赦なかった。


「この扱われ方、ますます健太じゃねえか」


「それな。まあ、それは置いといて病室に行こう。山上君、君のお母さんの病室まで案内してくれ」


「わかりました」


 藍大達がわざわざ八王子の病院までやって来た理由とは、サクラの<超級回復エクストラヒール>のテストをするためだ。


 現在、藍大達は特に大きな怪我や病気にもならずにいるからサクラの<超級回復エクストラヒール>を使う機会がなかった。


 しかし、いざという時に<超級回復エクストラヒール>が使えなければ当てにならない。


 モンスター図鑑の説明上では<超級回復エクストラヒール>ならば死んでいない限りどんな状態でも治せる。


 それが事実か確かめるにはもってこいの機会だったという訳だ。


 晃の母親が入院している病院がDMUの提携先だと知ると、藍大は茂と交渉して<超級回復エクストラヒール>を生で見せる代わりに晃の母親の病室から人払いを頼んだ。


 茂からすれば、貴重な機会を見逃す訳にはいかないから快諾した。


 今はサクラしか<超級回復エクストラヒール>を使えないが、1級ポーションでも同じことができるならば回復する瞬間を鑑定し続けることで1級ポーションを作るヒントを得ようとしている訳である。


 藍大達は人払いの済んだ病室へと移動した。


 そこには生命維持装置を付けられた女性が目を閉じて眠り続けていた。


 近くに遭った花瓶には見舞いの花が飾られており、それだけがこの病室の空気を少しだけ明るくしている。


 晃は母親の手を握ってから藍大に訊ねた。


「逢魔さん、本当に母を治せるんでしょうか?」


「さあね。やってみなければわからない。ただ、今まで何をやっても駄目だったのなら、やって損することはないんだからやるべきじゃないか?」


「・・・そうですね。よろしくお願いします」


「わかった。サクラ、頼めるか?」


 藍大の言葉に頷くと、サクラは寝ている晃の母の額に手をかざした。


「目覚めなさい」


 その瞬間、晃の母の全身を優しい光が包み込んだ。


 茂はサクラが<超級回復エクストラヒール>を使った瞬間から鑑定でモニタリングを始めたが、時間が進むにつれて目を見開いた。


「これが奇跡か・・・」


 茂がそう呟いた直後、晃の母が目を覚ました。


「・・・晃?」


「母さん!」


 晃は人目を憚らず母親を抱き締めた。


 長い間眠り続けていた母親が目を覚ました喜びのせいで、他人の目なんて全く気にならなかったのだ。


 その一方、藍大はサクラの心配をしていた。


「サクラ、具合悪くなったりしてないか?」


「主が抱き締めてくれたら元気になるよ」


 サクラ的にはMPを1,000消費した程度だったが、甘えられるシチュエーションであることに気づいたので藍大からのハグをおねだりした。


「よしよし。よく頑張ったな」


「エヘヘ♪」


 サクラはたちまち元気になった。


 愛する藍大から抱き締めてもらえれば満たされた気分になるからである。


「『じ~』」


 それを羨ましそうに見ている1人と1体。


 言うまでもなく舞とリルだ。


 藍大は仕方ないなと困ったように笑みを浮かべて順番に舞をハグし、リルの顎の下を撫でた。


 藍大達が落ち着くと、晃から事情を聞いた晃の母が藍大達に頭を下げた。


「逢魔さん、サクラさん、この度は私のことを治療して下さって本当にありがとうございました。お代は一生かけてお支払いします」


「今回は<超級回復エクストラヒール>の効果を確かめられたので構いませんよ。な、サクラ?」


「うん。何が起きても主は私が治せるってわかった。だから満足」


 <超級回復エクストラヒール>のテスターになってもらった訳だから、藍大としては晃とその母から治療代を貰うつもりはなかった。


 自分達が瀕死の状態や重病にならないで<超級回復エクストラヒール>の効果を確かめるのは難しい。


 その機会を提供してもらえたから、今回だけは治療代を請求しないことにするのが良いと判断したのである。


 ついでに言えば、ゼミの後輩が家族を助けたいと思っていたのを助けてやりたくなったのもある。


 自分の両親は生き返ることがないが、晃の母は助けられる可能性が高い。


 目の前で助けられる命を見捨てるのは良い気分がしないから、藍大はサクラに頼んで晃の母親を治療した。


「茂、山上君のお母さんの状態はどうだ?」


「全く問題ないな。健康そのものだ。今すぐ退院できるぐらい元気になってるぜ」


「退院手続きがスムーズにできるように手を回してくれないか? このまま入院する意味もないだろ?」


「それぐらいお安い御用だ。貴重なデータが取れたからな」


 茂はそう言って病室を出て退院手続きをしに行った。


 それを見送ると、晃は改めて藍大に深々と頭を下げた。


「逢魔さん、本当にありがとうございました! 僕、一生かけて恩返しします!」


「重いっての。家族は大事にしろよ」


「はい!」


「良かったわね、晃」


「やったな晃!」


「ありがとう!」


 成美とマルオは晃の母の体調が全快したことを祝った。


 晃は普段よりもテンションが高く、ここまで感情豊かだったのかと驚かれる程だった。


 茂が戻ってくるまでの間、藍大は成美とマルオにも手助けしてやろうと考えて話しかけた。


「山上君だけ手助けするのもあれだから、笛吹さんとマルオにも1回だけ力を貸そう。何を望む?」


「もしもお願いできるのならば、私は月見商店街のお店で実家の食堂の仕入れを口利きしてもらえると嬉しいです。流石に直接卸して下さいとは図々しくて言えませんので」


「俺はアンデッド型のモンスターのテイムに協力してほしいです」


 成美は自分が冒険者として活動する目的を果たそうと願いを口にして、マルオは冒険者として活動するのに必要不可欠な仲間をゲットする手助けを希望した。


「良いだろう。成美の方は商店街の方に今から連絡しとくから、どれだけ仕入れたいかとかの交渉は直接してくれ。マルオは明日の午後3時にシャングリラ集合。明日はマルオに向いてるモンスターと出会えるからな」


「ありがとうございます!」


「マジすか!? ありがとうございます!」


 感謝する成美とマルオに舞は藍大の方を見てにっこりと笑った。


「なんだよ舞?」


「藍大が優しくて素敵な人だって思っただけ~」


「べ、別に、誰にだって優しい訳じゃないからな」


 流石に藍大も身内以外の者がいる場でツンデレネタは披露しなかった。


 だが、照れているのは間違いなかった。


 その後、茂が病室に戻って来て退院の手続きについて晃に説明した。


 この病院でやるべきことが片付くと、藍大達はその場で成美達と別れてシャングリラへと帰った。

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