第157話 貴方が神か

 藍大達が”グリーンバレー”のクランハウスに戻ると、溢れんばかりの笑顔を浮かべた大輝が出迎えた。


「逢魔さん! その手に持ってる素敵な物を見せて下さい!」


「情報早いですね。掲示板か何かで知ったんですか?」


「はい! ハニービーの巣をゴミ袋に入れて運ぶ逢魔さん達の姿が目撃されたの知って待機してました!」


「そ、そうですか。どうぞ。お土産のハニービーの卵付きの巣です」


「貴方が神か」


「いいえ、従魔士です」


「ありがたや~。ありがたや~」


「拝まないで下さい」


 大輝が藍大を拝んでいると、クランハウスの中から麗華が出て来てすぐに顔を引き攣らせた。


「何やってるのよ」


「緑谷さんにハニービーの卵付きの巣を渡したらこうなりました」


「あぁ、そういうことね。ハニービーの巣を持ち帰るのが難しいのよ」


「そうなんですか?」


「ええ。周辺のモンスターを全て蹴散らしながらハニービーの巣を運搬するのってリスクがあるの。巣の勢力を全滅させると、他所の巣からハニービーが集まって来て卵を自分の巣に持ち帰ろうとするのよ。孵ったハニービーは自分達の戦力になるから、放置する手はないんでしょうね」


「なるほど」


 藍大達はそんな目に遭わなかったので、ハニービーの巣を持ち帰る大変さを理解していなかった。


 リルが<聖咆哮ホーリーロア>を使ったことにより、藍大達はダンジョンを脱出するまで一度もモンスターに襲われなかったからだ。


 それゆえ、ハニービーの孵化過程からあれこれ実験できることに大輝は喜び、いつの間にか巣の入ったビニール袋を持って研究エリアへと向かっていた。


「大輝のことは放っておきましょう。お腹が空いたら帰って来るでしょうから。貴方達も夕食までにお風呂でも入ったら? ダンジョンでかいた汗を流したいでしょうし」


「では、お言葉に甘えさせていただきます」


 実際はサクラの<浄化クリーン>で体がさっぱりしているが、麗華の気遣いはありがたかったので藍大達は夕食の前に風呂を借りることにした。


 藍大達が風呂から上がると、丁度良いタイミングで夕食が完成したらしい。


 食堂に向かった藍大達は着席した大輝達と豪華な料理に迎えられた。


「逢魔さん、先程はすみませんでした。少し興奮してしまいました」


 (あれで少しかぁ・・・)


 冷静さを取り戻して謝る大輝を見て、あの喜びようで少しだったら全力だとどうなったのかと藍大は戦慄した。


 この日の夕食は藍大達が明日シャングリラに帰るので、酒が入ると大輝が再び暴走して質問攻めするものだから藍大はそれに返答し続けた。


 舞とリルは食事を楽しんでおり、麗華の相手はサクラがしていた。


 いや、正確にはサクラが麗華の相手をしていたと言った方が正しいだろう。


 何故なら、サクラは麗華から大輝との夜の営みについて相談を受けていたからだ。


 午前に研究エリアで大輝がエロ本を持って来いとクランのメンバーに指示を出したが、それを麗華も耳にしていたようで結婚する前から倦怠期に入ったのかしらとサクラに相談したのだ。


「私というものがありながら、エロ本を求めるなんて大輝はどうかしてると思うの」


「そこはベッドで二次元じゃ実物三次元に勝てないって教えなきゃ駄目」


「逢魔さんにもサクラさんが教え込んだの?」


「違う。主はエロ本を持ってない。パソコンにもそういうのはなかった」


 (ちょっと待って。パソコンまで調べられてたの?)


 大輝からの質問攻めに答えつつ、気になる話題が聞こえて来たので耳を傾けていた藍大は知らぬ間に自分のパソコンも調べられていたことに驚いた。


 藍大はエロ本を持たないタイプであり、辛うじてパソコンに画像や動画をいくつか持っていた程度だった。


 しかし、サクラをテイムしてすぐに教育上悪いからと全て消して履歴も探れないように処理をしていたのだ。


 この対応が遅れていれば、藍大の性癖がこの場でバラされていたかもしれない。


 今この瞬間、藍大は過去の自分を褒めたくなった。


 食事が終わると、舞とリルにスイートビークイーンの蜜を使ったデザートを食べたいと急かされたので藍大がキッチンを借りてデザートを作り始めた。


 本当は夕食を作る際にデザートも大輝が用意するようにと料理人に伝えていたのだが、食いしん坊ズが自分の作るデザートを楽しみにしていたからデザートだけ藍大が作ることを了承してもらっていた訳である。


 藍大が作ろうとしているのはクレープだ。


 まずは卵を溶きほぐし、砂糖の代わりにスイートビークイーンの蜜を加えてよく混ぜて牛乳も加える。


 そこに振るった薄力粉を入れてよく混ぜ、溶かしバターを加える。


 生地を休ませたいところではあるが、食いしん坊ズが藍大の作るデザートを楽しみに待っているので今日はすぐに焼くことにした。


 フライパンに油を薄く引いてお玉1杯分を流し入れて広げ、表面が乾いたらすぐに裏返す。


 焼き上がった生地を冷ましたら、料理人が用意してくれたバナナやチョコ、アイスクリーム等リクエストに応じてデコレーションして巻けばクレープの完成だ。


 (う~ん。他所で作ったから所々妥協せざるを得なかったな)


 自宅で作れたならば、ゴルゴンの卵やメロが作ったフルーツ、ミスリルフライパンも使えたのでもっと美味しく仕上げられたに違いない。


 そう思うと藍大はちょっぴり悔しくなった。


 食堂で待っていた面々は、クレープが運ばれてくると目を輝かせた。


「私には食べなくてもわかる! これは美味しい!」

 

『僕の嗅覚もこれは美味しいって囁いてるよ!』


「美味しそう。流石は主」


「逢魔さんは料理人にもなれそうですね」


「麗奈ってば偶にこんな美味しそうな物を食べてるのかしら?」


 藍大が席に着いたらいざ実食である。


「「「「「『いただきます』」」」」」


 クレープを一口食べた瞬間、彼等を幸福感が襲った。


「あんまぁぁぁいっ!」


『ワンダフル!』


「主、また腕を上げた? とっても美味しい」


「逢魔さん、もう一泊しませんか? 今度は料理も食べてみたいです」


「麗奈が本当に羨ましい」


 (評価は上々。だが、これは未完成だ)


 藍大も食べてみて美味しいと思ったが、作り終えた時に気にしていた妥協点が改善されたらもっと良くなるに違いないと確信した。


『俺も・・・食べたい・・・』


『アタシも食べたいんだからねっ』


 ゲンとゴルゴンは藍大の装備になっている真っ最中であり、目の前でお預けされているようなものなので早く食べたいと藍大に訴えた。


 キッチンで料理人の見ていない隙を突いて2体の分は収納リュックにしまったから、客室に戻って鍵さえ閉めればクレープを食べさせてあげることができる。


 藍大はゲンとゴルゴンに話しかけることができないので、客室に戻るまで待っててくれと心の中で謝った。


 その後、クレープを食べ終わった舞とリルがしょんぼりしていた。


「幸福は一瞬で終わっちゃったよ」


『ご主人~。おかわり~』


「明日シャングリラに帰ったらな」


『わかった。舞、明日食べられるって』


「やったね!」


 リルも舞も明日また食べられると聞いてたちまち元気になった。


 その一方、大輝と麗華は早すぎるクレープロスに入っていた。


「舞さん達は明日も食べられて羨ましいです」


「そうね。私達はもう、これが食べられないんだから・・・」


 2人の夢も希望もないという表情を不憫に思い、藍大は思いついたことを口にしてみた。


「特別な素材は蜂蜜だけです。研究の一環としてハニービーの卵を孵して養蜂してみたらどうですか?」


「その発想はなかったですね。よし、決めました! ハニービーで養蜂に手を出してみましょう!」


「大輝、頑張って! 上手くできたら蜂蜜界の革命よ!」


 (どうしよう。思ったより熱入っちゃったぞ)


 自分が軽い気持ちで口にしたことを大輝が事業化しようと決断するものだから、藍大はやってしまったと思った。


 それでも食欲は原動力になると食いしん坊ズを見てよく知っているので、藍大は大輝を止めることできなかった。


 食休み後、ゲンとゴルゴンの催促が頻繁になって来たので藍大は客室に戻った。


 アビリティを解除して姿を現した2体は、藍大からクレープを貰って幸せな表情を浮かべた。


「ヒュー♪」


「「「「「「シュロ~♪」」」」」」


「『じーっ』」


「明日まで我慢しなさい」


「『は~い』」


 ゲンとゴルゴンがクレープを食べているのを見つめる食いしん坊ズに対し、藍大が完全に保護者になっているのは今更だと言えよう。


 最後のクレープのインパクトが強過ぎた感じは否めないが、”グリーンバレー”のクランハウス訪問は藍大達にとって有意義な時間だったのは間違いない。

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