第155話 虫即斬

 午後になると、藍大達は”グリーンバレー”の探索班が通うダンジョンに移動した。


 太宰府の近くにあるそのダンジョンは、外観だけならば工事中の3階建てのビルだった。


 そのビルの前に冒険者らしき者達がちらほらいるせいで、工事中のビルらしさが感じられないのだがそれは仕方のないことだろう。


「おい、テイマーさんがいるぞ」


「撲殺騎士もだ」


「一番従魔と忠狼までいるわ」


 藍大達は到着してすぐに冒険者達の注目を浴びた。


「俺達って福岡こっちでも有名なんだな」


「藍大、その感想は今更だと思うよ。テレビにも雑誌にも出てるんだから」


「それもそうか」


 ”楽園の守り人”設立の際の記者会見に加え、週刊ダンジョンでも2回も記事が載っているのだから今の藍大達を知らない人は日本には存在しない。


 舞がそれを伝えると、藍大も言われてみればと頷いた。


 ダンジョンの外で注目を浴び続けていても意味がないので、藍大達はダンジョンの中に入ることにした。


 ダンジョンの中に入ると、外観からは想像もできないぐらい森としか言い表せない景色へと変化した。


「ここは森のフィールド型ダンジョンか」


「そうみたいだね~」


 ちなみに、藍大と舞の防具は福岡に来る前に届いた新型へと交換していた。


 素材にはゴルゴンの抜け殻と呪い除けのズタ袋の破片、ダマエッグの殻が使われているので頑丈で状態異常による効果も半減できる効果付きだ。


 藍大は今回、装備をツナギではなくてローブへと変更した。


 今までは大家さんらしさを残すためにツナギを着ていたが、今後は探索する装備で遠征することも考えるとツナギだと冒険者らしさがないと思ったからである。


 カラーリングはカーキ色がベースであり、ダマエッグの殻の木目模様が良い感じに迷彩のようになっている。


 舞のスケイルアーマーはダマエッグの殻のままのカラーリングであり、金属に詳しい者が見れば一目でダマスカス鋼でコーティングされているとわかるものだった。


 それぞれの防具の名前はB4ローブとB4スケイルである。


 ゴルゴン的にはGの1文字でも入れてほしかったようだが、ゴルゴンの素材が抜け殻だけだとゴルゴン要素が防具の半分を下回っているのでB2シリーズと同様の命名規則で地下B4階装備となった。


 それはさておき、森ならばと舞の武器をトールゲイザーからB2メイス換装してから藍大達はダンジョンの探索を始めた。


『ご主人、早速あっちから来たよ』


「確かに来たな」


 足音が聞こえてすぐ、茂みの奥から藍大達を襲うべくオークが現れた。


「ブモォォォッ!」


「豚肉を寄越せぇぇぇ!」


 藍大が指示を出すまでもなく、舞がB2メイスを振るって一撃で倒した。


 舞の頭の中ではこのオークは自ら食料になりに来た殊勝な存在としてしか見えなかったに違いない。


 オークの死体を回収していると、リルが異変に気付いた。


『ご主人、オークに囲まれてる!』


「マジで?」


 藍大が訊き返した直後、リルの言った通りにオークが全方位から全力でやって来た。


 しかも、午前に”グリーンバレー”のクランハウスの研究エリアで見た時と同じく、全てのオークが我を失った暴走状態にあった。


「「「・・・「「ブモォォォォォッ!」」・・・」」」


「どうしてこうなったの?」


 サクラが小首を傾げたが、藍大にはその理由がすぐにわかった。


「女騎士とアスモデウスがいればオークホイホイになるって。2人共美人だからくっ殺させたいんだろうよ」


「「美人・・・」」


 舞とサクラは藍大に美人と言われてモジモジした。


 オークにとって女騎士は屈服させたい相手であり、アスモデウスはエロの総本山なのでそれらの存在を察知すれば我を失わないはずがない。


『ご主人、僕がお肉狩って来る!』


「OK。リルに任せた」


『うん!』


 オーク肉は食肉扱いされており、リルも舞と同様に知っていたから張り切ってオーク退治に移行した。


 リルは圧倒的なAGIの差でオーク達を翻弄し、30秒もかからずに藍大達を包囲するオークを全滅させた。


『終わったよ~』


「グッジョブ」


「クゥ~ン♪」


 藍大は倒し終えたと報告したリルの顎の下を撫で。リルが気持ち良さそうに鳴いた。


 リルが満足してから素材の回収を済ませ、藍大達は探索を再開した。


 オークの肉は十分に回収できたから別のモンスターに現れてくれなんて思っていると、藍大の望み通りにオーク以外のモンスターが姿を現した。


「蜂?」


「掲示板で見たことある。ハニービーだよ」


「虫即斬」


 サクラが<深淵支配アビスイズマイン>によって深淵の刃を創り出し、即座にハニービーを一刀両断した。


 (サクラの中では虫は一律でアウトらしいな)


 そう思いつつ、藍大はサクラが倒したハニービーをモンスター図鑑で調べてみた。


 ハニービーが向かうところには蜜を吸うための花があるらしく、ハニービーの蜂蜜は普通の蜂蜜よりも甘くて栄養価が高いと記されていた。


「ハニービーの蜂蜜って普通の蜂蜜より甘いんだってさ」


「リル君、ハニービーの巣の在り処はわかる?」


『あっちだよ』


 藍大がハニービーの蜂蜜について情報を与えると、食いしん坊ズがハニービーの巣を襲撃して蜂蜜をゲットする気になってしまった。


「主・・・」


 食いしん坊ズが喜ぶ反面、サクラは余計なことを言わないで欲しかったとしょんぼりした。


「ごめんよサクラ。怖かったら腕に抱き着いてて良いからな」


「そうする」


 申し訳ないと思って藍大がサクラのことを気遣うと、サクラは藍大の腕に抱き着いて少しだけ気分を落ち着かせることができた。


 リルの案内で先に進むと、大きな樹から通常では考えられないサイズの蜂の巣がぶら下がっていた。


 ハニービーの集団が巣を護衛するように取り囲んで警備していたが、それは先程倒したハニービーよりも攻撃的な見た目をしていた。


「虫は嫌なの!」


 藍大がモンスター図鑑で調べようとした時、サクラが容赦なく深淵の刃を振り回して巣を守る者達を全滅させた。


 モンスター図鑑によると、サクラが今倒したのはハニービーソルジャーというハニービーがクラスアップしたモンスターだった。


 主な役割は外敵から巣を守ることであり、自分達が倒れた時に味方を引き寄せるフェロモンをばら撒く特徴がある。


 サクラがハニービーソルジャー達を倒してしまった今、ハニービーの味方をする者を引き寄せるフェロモンは過剰にばら撒かれてしまった訳だ。


「「「・・・「「ブモォォォッ!」」・・・」」」


「「「・・・「「ガォォォッ!」」・・・」」」


「「「・・・「「ウキッ!」」・・・」」」


 オークと黄色い熊のモンスター、手の長い猿のモンスターがその場に駆け付けた。


 熊が蜂蜜好きでハニービーと共生関係にあること、猿が効率的に狩りをするためにチャンスを逃すまいとやって来たことはなんとなく想像できるからまあ良いとしよう。


 だが、オークは何故来たのだろうか。


 藍大はそう思わずにはいられなかった。


 実際のところ、オーク達はダンジョン内が騒がしくなったので気になって出向いてみたら舞とサクラを見て我を忘れてやって来ただけである。


「シャングリラのモンスターに比べれば雑魚だ! 舞は護衛! サクラとリルが遊撃!」


「任せな!」


「死んでくれる?」


『蜂蜜は僕達のだよ!』


 サクラは深淵の鞭を創り出して次々に近寄って来るオークを叩きのめし、リルは<碧雷嵐サンダーストーム>を発動してまとめてそれ以外のモンスターを蹴散らした。


 その隙に藍大はモンスター図鑑で熊と猿について調べた。


 熊はハニーベアといってハニービーの蜂蜜を貰う代わりに巣を襲おうとする外敵を倒す協力関係を結ぶモンスターだ。


 猿の方はフォレストエイプという種族であり、自分達に有利な状況でしか敵を攻撃しない特徴を有するモンスターである。


 ハニーベアとフォレストエイプが駆け付けた理由は藍大の予想通りだった。


 サクラとリルの攻撃を避けられた者はおらず、ハニービーソルジャーが呼び寄せた刺客はあっさりと全滅した。


「私の出番がなかった~」


「舞の出番がないことは良いことだろ。サクラとリルの隙を見て攻撃を仕掛ける敵がいるってことなんだから」


「そっか。じゃあ良いことだね。でも、次は私も戦いたいな。動いた後の蜂蜜はきっと美味しいに決まってるもん」


「わかった。次は舞にもちゃんと戦ってもらおう」


「うん!」


 やはり舞は食欲に忠実だった。

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