第154話 至急、エロ本とドライヤーを持って来てくれ!

 翌日の火曜日、藍大達は大輝に案内されて午前から研究エリアに来ていた。


 麗華は”グリーンバレー”がよく探索するダンジョンに探索班を率いて向かったため、今日の案内は大輝だけだ。


「ここ、研究エリアではダンジョンやモンスターに関わるあらゆる研究をする場所です。逢魔さん、メールで送ったリンクの掲示板は見て下さいました?」


「はい。あれはスタンピードを考察するスレッドでしたね。”グリーンバレー”でも考察してるんですか?」


「勿論です。またスタンピードが起こらないようにするため、あるいは起こってもすぐに鎮圧できるようにやれることをやってます。それが大手クランとしての責務でもありますから」


 (やべっ、そんなことなんも考えてねえや)


 藍大からすれば、シャングリラダンジョンで珍しいモンスターを倒してアイテムを見つけようぐらいにしか考えていなかった。


 ”楽園の守り人”は荒稼ぎする方針ではなく、月見商店街に一定量のモンスター食材を卸すこと以外にノルマなんてない。


 レアモンスターしか出現しないシャングリラダンジョンで探索をすれば、結果が勝手について来るので気づけば日本第四位の規模のクランになっていただけなのだ。


 その一方、元々が緑谷商事とその子会社の社員が集まった”グリーンバレー”は企業の社会的責任の意識が冒険者になっても残っている。


 いや、”グリーンバレー”を含めて緑谷グループの評判を良くするため、常に大輝には経営者の視点で動いているに違いない。


「勉強になります」


「ああ、僕は別に逢魔さん達にも同じことを押し付けてるつもりはありません。協力してもらえたら嬉しいとは思ってますが」


 藍大を委縮させてしまったら申し訳ないと思ったらしく、大輝はおどけた風に言ってみせた。


「私も私にできる範囲で社会に貢献することにします」


「そうですね。それは素晴らしい考えですよ。さて、逢魔さん達に今日最初に見ていただきたいのはこの部屋です」


 大輝が指し示した部屋は昨日の生産エリアと同じくガラス張りなので廊下から中の様子がよく見える。


 室内には頑丈そうな檻がいくつもあり、その中にはオークとサファギンが収容されていた。


「スタンピードの際にダンジョンの外で目撃されたモンスターじゃないですか」


「その通りです。研究エリアでは捕獲したオークとサファギンを調査してます」


「ゴブリンとコボルド、スライムはいないんですね」


「残念ながら、”グリーンバレー”の行動範囲には出て来ないんですよね。遠征先から捕獲したまま連れ帰るのは輸送中の脱走リスクがありますので今はこの2種類が対象です」


「何かわかったことはありますか?」


「ただのオークやサファギンでは知能が低いですから対話は不可能です。そうなると、実験体モルモットになってもらうぐらいですかね。彼等にとっての毒を探したり脳波を計ってみたりとやれるだけのことをやってますが、目ぼしい成果はありません」


 大輝は期待させて申し訳ないと言わんばかりにそのように答えた。


「そうでしたか。すみません、オークもサファギンもノーマルな奴は見るのが初めてなので私の力で調べてみても構いませんか?」


「ご自由に調べて下さい」


「ありがとうございます」


 大輝に断りを入れると藍大はモンスター図鑑で2種類のモンスターを調べてみた。


 その結果、藍大のモンスター図鑑をもってしてもステータスや素材の利用方法しかわからなかったが、それとは別にシステムメッセージが藍大の耳に届いた。


『おめでとうございます。モンスター図鑑のページが全体の10%埋まりました』


『報酬として逢魔藍大はモンスター図鑑で調べられる情報が増えました』


 (マジで?)


 自分以外には聞こえていないだろう音声により、自分のモンスター図鑑がパワーアップしたと知って藍大は驚いた。


 当然、その驚きを表面に出せば自分が変人扱いされるのでポーカーフェイスを保ち続けている。


 何が追加で調べられるようになったのか気になり、藍大は今開いているオークのページを再度見直した。


 すると、弱点と分布図が追加されていた。


 オークの弱点は雌の誘惑だった。


 オークという種族に雌が少ないらしく、異なる種族と交配して子孫を残すことから雌を求める欲求が強過ぎてしまい、雌に誘惑されると理性を失って対処しやすくなる。


 オークの弱点を見た後、藍大はスタンピードで戦ったことのあるゴブリンのページを見てみた。


 ゴブリンにもオークと弱点が似ているという偏見があったからだ。


 しかし、ゴブリンの弱点はひっかけや騙し討ちであると記されていた。


 ゴブリン自体は自分が賢いと思っているようで、罠を張られていてもコロッとひっかかるらしい。


 ゴブリンに頭が良いイメージを抱いていなかったため、藍大はなるほどと頷いた。


 オークの分布図は日本の九州と中国地方であり、ゴブリンは東日本だった。


 それも知ってみると納得できるもので、モンスタースレや全国ダンジョンスレのモンスター発見報告にもぴったり一致していた。


 次にサファギンだが、弱点は乾燥で分布図は近畿地方と記されていた。


 (確かに体が乾燥したら嫌がりそう)


 檻の中にいるサファギンを見て、藍大はモンスター図鑑に記された弱点に納得した。


 全国ダンジョンスレでも琵琶湖で大量発生した投稿されていたし、スタンピードでサファギンが現れたのも神戸の南京町だから、分布図についても整合性の点で違和感はなかった。


「緑谷さん、オークとサファギンの弱点と分布図はわかりました」


「モンスター図鑑ってすごいですね。なんでもわかるじゃないですか」


「なんでもはわかりません。載ってることだけです」


「まずは弱点から教えて下さいませんか?」


「わかりました。オークの弱点は種族を問わず雌の誘惑で、理性を失って短絡的になるそうです。サファギンは乾燥に弱いらしいですね」


 そこまで聞くと、大輝はオークとサファギンのいる部屋にいた白衣を着た男性に声をかけた。


「至急、エロ本とドライヤーを持って来てくれ!」


「クランマスター? どうされたんですか?」


「理由は後で説明する! 今すぐエロ本とドライヤーをこの部屋に持って来てくれ!」


「は、はぁ・・・」


 よくわからずに白衣の男性は言われた通りの物を取りに行った。


 そんな大輝と白衣の男性のやりとりを見て、藍大の後ろで舞とサクラがひそひそ話していた。


「藍大もそういう本とか読むのかな?」


「私が主の従魔になってからエロ本は見たことないよ。探したけど」


 (探されてたのかよ!)


 そう叫びたくなった藍大だったが、どうにか気持ちを抑えるべくリルを手招きしてその頭を撫でて気を静めた。


『ご主人、いつもより撫で方が荒いよ? 大丈夫?』


「・・・大丈夫だ。元に戻っただろ?」


『うん。いつものご主人に戻ったよ』


 動揺したせいで最初は撫で方が荒くなってしまったが、リルに指摘されてから深呼吸して丁寧に頭を撫でるよう心掛けた。


 そのおかげでリルはいつも通りだと判断して藍大に身を委ねた。


「クランマスター、おまたせしました。休憩室で見つけたエロ本と洗面所にあったドライヤーです」


「ありがとう。オークに暴れられたら困るから、先にサファギンから始めよう。サファギンにドライヤーの熱風を当ててみてくれ」


「わかりました」


 戻って来た白衣の男性がコードレスのドライヤーを片手にサファギンの檻に近づくと、ドライヤーのスイッチを入れた。


「ゲギャ!?」


 効果は劇的だった。


 ドライヤーから送られてくる風を嫌がり、サファギンはドライヤーを持つ白衣の男性からできるだけ距離を取ろうと檻の対角の位置まで素早く逃げた。


「クランマスター、逃げました! ここまでの反応は初めてです!」


「上出来だ。次はオークの実験に移る。オークにこれはと思うエロいページを開いて見せつけてくれ。その檻は頑丈だが、いざという時は逃げられるように気をつけてほしい」


「そんなエロで我を忘れるオークとかいる訳」


「フゴォォォォォッ!」


「いました! このオーク、めちゃめちゃ興奮してます!」


「素晴らしい! 素晴らしいですよ、逢魔さん! 逢魔さんにモンスターをお見せすれば一気にモンスターの研究が進みますね!」


 大輝は研究が大きく進んだことを喜び、藍大の手を握ってブンブンと振った。


「おめでとうございますと言いたいところですが、オークをおとなしくさせるのが先ではないでしょうか?」


 藍大は苦笑いしたままやんわりとツッコんだ。


「おっと、そうでした。その部屋から避難して催眠ガスを流し込め」


「わかりました!」


 白衣の男性は大輝の指示通りに行動し、やがてオークがガスにやられて眠りについた。


 オークとサファギンの弱点が明らかになり、研究エリアでは万歳する声が聞こえた。


 分布図についても藍大が説明すると、研究エリアで働く者達は貴方が神かと崇めたのは言うまでもない。


 なお、サファギンがとばっちりで眠らされていたが、それについて触れる者は誰もいなかった。

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