第153話 辛いと書いて辛いと読む失敗談じゃないですか

 麗華が藍大達を恥ずかしさを誤魔化すために連れて来たのは工房だった。


 ここも他の部屋と同じくガラス張りであり、廊下からは室内の作業が丸見えとなっている。


「ここが”グリーンバレー”の工房よ。ダンジョンを探索するパーティーの武器や防具はここで作られるの」


「たくさん機材がありますね」


「あっちにいっぱい素材があるよ~」


「主の防具は負けない」


 リルはそこまで興味を示していないが、藍大と舞、サクラは工房が気になるようだ。


 DMUの職人班の装備に満足しているものの、他所のクランがどんな装備を使うのか気にならないはずがない。


 サクラは藍大至上主義なので、ゲンの<中級鎧化ミドルアーマー>の恩恵を受けた藍大ならばここの武器で攻撃されても傷つくことはないと安心したらしい。


 無論、そのまま口にすればゲンのアビリティの効果がバレてしまうので上手く濁しているが。


 そんなサクラのコメントを大輝が耳聡く聞きつけた。


「逢魔さんの防具はそんなにすごいんですか?」


「特殊な効果が付与されてる訳ではありませんが、動きやすくて頑丈だってことをサクラは言いたいようです。ほら、私は従魔士ですから被弾したら不味いでしょう?」


「そうですね。僕も防具は動きやすさと頑丈さを兼ね備えた物を身に着けるようにしてます。攻撃することよりもダメージを負わないことを最優先に考えないといけませんから」


 藍大のフォローに大輝はなるほどと頷いた。


 基本的に藍大も大輝も他のパーティーメンバーに守られる対象だから、大輝は藍大の言いたいことがよくわかるのだろう。


 サクラのコメントを深掘りさせないように藍大は話題を変えた。


「緑谷さんは護身用の武器を持ってダンジョンに行かれますか?」


「僕は薬士ですから武器は薬品です。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるなんて言いますが、僕が攻撃する間にモンスターは数回攻撃してきます。慣れない武器よりも効果を理解してる薬品を隙を狙って投げつけるのが関の山ですね」


「薬品は液状のものですか? フラスコとか試験管に入れて持ち歩くんでしょうか?」


「その通りです。粉末状の物も試しに使ったことがあったんですが、ダンジョン内で風が起きて味方に当たってからは専ら液状の物だけを使ってます」


「粉末状って何を投げたんですか?」


「ジョロキアの粉末です。ダンジョンが発生した当初、モンスターの目に入れば視界を塞げると思って持ち込んだんですが、風でその一部がパーティーメンバーの口の中に入ってパニックになりました」


からいと書いてつらいと読む失敗談じゃないですか」


「アハハ、まさにその通りです。からくてつらい経験をパーティーメンバーにさせてしまいました」


 大輝は藍大の表現に苦笑した。


「クランマスター、丁度良い所にいました」


 その時、廊下の反対側から手拭に作業着姿の男性がやって来た。


「どうしたんだ?」


「例の試作品が完成したんです。性能試験に立ち会っていただこうと思いまして」


「なるほど。それなら逢魔さん達にも見てもらおう。”グリーンバレー”の生産班の良い所を見てもらうチャンスだ」


「了解しました! 皆さん、こちらに来て下さい!」


 男は生産班の一員として大輝の客人に良い所を見せてやろうと気合が入ったらしい。


 元気な返事をしてから藍大達を隣の部屋に案内した。


 その部屋には案山子以外何もなく、体を動かしたり武器の性能を確かめるための訓練場と呼ぶに相応しかった。


 後から試作品と思しき剣と盾を持った女性が部屋に入って来て、大輝と麗華にお辞儀をした。


 手拭の男性は今から行う性能試験の説明を始めた。


「彼女が今身に着けておりますのはモンスターの素材を使った剣と盾です。剣はキラーマンティスの大鎌を熔かして打ち直したもので、盾はメタルビートルの甲殻を用いて頑丈なだけでなく受け流しに向いたものとなっております」


「主、虫は嫌。この世界から滅べば良いのに」


 サクラは昆虫型モンスターが嫌いなので、その素材で作られた武器と聞いて藍大の腕に抱き着いた。


「よしよし。怖くないぞ」


「サクラさんは虫がお嫌いなんですね」


「大嫌い」


「大輝、女性が嫌がる話を深掘りするのは良くないわよ」


「そうだね。サクラさん、すみませんでした」


「うん」


 藍大に頭を撫でられており、機嫌も直りつつあったのでサクラは大輝の謝罪を受け入れた。


「オホン。それでは試験を始めますが構いませんか?」


「ごめんよ。始めてくれ」


 大輝が詫びて実験を始めるように促すと、女性が案山子に向かって剣で袈裟斬りを行ってみせた。


 案山子は斜めに斬られて上半分がスライドして落ちた。


 しかし、床に上半分が落ちた直後にそれがぐにゃりと形を変えて下半分と結合して元の形に戻った。


「え?」


「木でできた案山子じゃないの?」


「ぐにゃってした」


『元に戻ったよ』


 藍大達の関心は試した武器よりも案山子の方に向いてしまった。


「あっ、しまった。大輝、逢魔さん達にあれの説明してなかったわ」


「そうだった。僕達はもう慣れたけど逢魔さん達は初めて見るんだった」


 麗華が言った後に大輝もやってしまったと気づいた。


「逢魔さん、あれは私達がダンジョンの宝箱から発見したアイテムなの。チュートマトンって言うの」


「チュートマトンですか?」


「ええ。見た目は動かないただの案山子なんだけど、最後の一片まで消滅しない限り時間をかけて元通りになるのよ。さっきのはただ斬られただけだからあっさりと直ったわね」


「そんなアイテムがあったんですね」


「そうよ。これのおかげで”グリーンバレー”は新しい武器の性能試験でコストを抑えられるの」


 命を懸けて戦う冒険者達のために適当な武器は作れないから、武器を生産する者は何度も試験を繰り返して納得いく物を作り上げる。


 試験を繰り返せばそれにかかるコストは無視できるものではない。


 チュートマトンのおかげで”グリーンバレー”の生産班は他所の生産職よりも総合的な生産コストを抑えられているのだ。


「アイテムで思い出しました。逢魔さん達は横浜の客船ダンジョンで隠し部屋を探り当てたんですよね。どんなアイテムが宝箱から手に入ったんですか?」


「状態異常を無効化するアクセサリーです」


 チュートマトンの機能を教えてもらった手前、自分達が何も情報を開示しないのは不味いと判断して藍大は情報を一部開示した。


 サクラが首から提げているシールドアミュレットではなく、その強化前のシルバークロウリーの効果を伝えたのだ。


 実際、客船ダンジョンで見つけたシルバークロウリーの効果は身に着けた者の状態異常無効化だから事実を口にしている。


 だが、全て教える必要はないし嘘も言っていないからこれで勘弁してもらおうとは思っている。


 アイテムを強化するアイテムの存在を口にすれば、面倒事になるのは火を見るより明らかだからだ。


「それはすごいですね。もしかして、サクラさんが首から提げてるそれですか」


「そうですね」


「気になったんですが、そのネックレスをサクラさんではなく自分を守るために使おうとは思わなかったんでしょうか?」


「私の代わりに命を懸けて戦ってくれてるんですから、少しでも無事でいられるようにとサクラに託しました」


「逢魔さん立派! 大輝にも逢魔さんの爪の垢を煎じて飲ませたいわ!」


 藍大の言い分を聞くと、麗華は藍大への評価を上方修正して大輝にもそうあってほしいと口にした。


「わ、わかった。いつになるかわからないけど、次にそういうアイテムを手に入れたら麗華にプレゼントするよ」


「約束よ?」


「約束する」


「指切りするわよ」


「え?」


 自分にはそこまで信用ないのかと思うだけでなく、指切りげんまんの歌詞の意味を冷静に考えて大輝はたじろいだ。


「問答無用! 指切りげんまん嘘ついたらサンドバックにし~ちゃう! 指切った!」


「怖いから!」


 (俺もそー思う。緑谷さん、頑張れ)


 麗華が指切りげんまんの歌詞をアレンジしたが、その歌詞が針千本飲まされるよりも死にそうなので藍大は大輝に同情した。


「お二方、そろそろ武器の性能について講評してもらえないでしょうか?」


 手拭の男性が大輝と麗華に声をかけると、2人ともしまったという表情になった。


 いくら見学者がいるからとしても、クランのメンバーを放置し過ぎたという自覚はあったようだ。


 大輝も麗華も剣の講評を行い、続いて盾の性能実験も済ませた。


 時間もぼちぼち夕食を取るのに良い頃合いとなったため、藍大達の今日の見学はここまでとなった。

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