第152話 いいえ、UMAKA棒です

 次に藍大達が案内されたのは食品を作る部屋だった。


 この部屋も廊下側の壁がガラス張りになっている。


 食品を作っているのは間違いないが、この部屋で作られているのは普通の食品ではなくて携帯食料である。


 ダンジョンの広さという違いこそあれど、大半の冒険者は半日で1フロア踏破するなんてことができない。


 できるのは一握りであり、藍大達はその一握りである。


 そう考えると、大半はダンジョンの中で一食ないし二食食べることだって珍しくない。


 タフさに自信がある冒険者であれば、ダンジョン内で泊まり込みするようなことをするケースもある。


 そんな時に必要不可欠なのが携帯食料だ。


 藍大のように収納リュックを持っているならば、作り立ての食事を詰め込んでおくことも可能だがほとんどの冒険者がそんなことはできないだろう。


 ダンジョンが発生してすぐに荷物にならず手軽に食べられる携帯食料に需要が生まれた。


 荷物にならず手軽に食べられるというのはあくまで最低限求める条件であり、そこに味や消費期限、栄養価も求められるから食品業界では携帯食料の開発競争が激しくなっている。


 緑谷商事にも緑谷フーズなる子会社があり、”グリーンバレー”の生産エリアで携帯食料の開発に協力していた。


「そんな訳でお次は”グリーンバレー”が作る携帯食料を紹介します」


「『携帯食料!?』」


「舞、落ち着け。リルもだ」


 食べ物と聞いてテンションが上がった食いしん坊ズに藍大が待ったをかける。


「は~い」


『落ち着いたよ』


「期待してもらえたようで良かったです」


 ポーションで”楽園の守り人”に先を越されてしまったと知った今、大輝は携帯食料で驚いてもらいたいと思っていたので舞とリルのリアクションに安堵した。


「大輝、折角だから味見してもらいなよ」


「そうだね。皆さん、ウチの携帯食料を食べてみますか?」


「『食べます』」


「じゃあ、お言葉に甘えていただきます」


 舞とリルがキリッとした表情で即答するものだから、藍大は苦笑しながら頷いた。


 大輝は部屋の中にいたクランのメンバーから棒状の携帯食料を人数分受け取り、藍大達に順番に渡した。


 廊下からでは携帯食料がどんなものかよく見えなかったが、藍大は手に取って直感的に口にした。


「こ、これは、国民的駄菓子の!」


「いいえ、UMAKA棒です」


 藍大が大袈裟に反応してみせると、大輝は嬉しそうに首を横に振った。


「ホントだ! パッケージに馬が描かれてる!」


「この馬ってどうやって携帯食料を持ってるのかな?」


『ご主人、早く食べてみようよ』


 舞とサクラはUMAKA棒のパッケージに描かれているイラストを見てコメントした。


 パッケージには二足歩行の馬が携帯食料を食べて”うまかとよ”と吹き出しで感想を述べているイラストがあった。


 サクラは蹄では携帯食料を握れないはずの馬がどうやってそれを握っているか気になっているらしい。


 リルはイラストとかどうでも良いから早く食べてみたいと藍大に食べさせて欲しいと催促した。


「しょうがないな。じゃあ、リルから食べてごらん」


 藍大はリルに食べさせてあげようと袋を破いて中身を取り出した。


 駄菓子のう○い棒ならスナック菓子が出て来るが、UMAKA棒はぎっしりと中身が詰まった棒だった。


 リルは藍大に取り出してもらったUMAKA棒を一齧りした。


『これ、主が作ったのとは違うけどハンバーグだよ!』


「その通りです。今お渡ししたのは一番人気のUMAKA棒ハンバーグ味です。これ1本だけで男性冒険者の1食分の栄養を摂取できます」


 (そりゃ携帯食料がコーンポタージュ味になる訳ないよな)


 大輝の説明に藍大は納得した。


 一般的に冒険者はダンジョンの探索でカロリーを消費する。


 そんな彼等がいざ携帯食料を食べる時にコーンポタージュ味の棒状の食糧だけで満足できるだろうか。


 いや、できないに違いない。


「うん、リル君の言う通りハンバーグだね」


「サクラ、俺と半分ずつにしないか」


「半分こする」


「良かった。はい、サクラ」


「ありがとう、主」


 リルと舞は1本食べているが、藍大とサクラは試食でお腹いっぱいにする気にはなれなかったのでUMAKA棒を半分こして食べた。


 藍大達が全員食べたのを確認すると、大輝がクイズ番組のBGMを自分のスマホから流してから口を開いた。


「さて、ここで問題です。このハンバーグ味のUMAKA棒の原材料はなんでしょう?」


 (緑谷さん、ノリノリですね)


「はい! ワイルドボアです!」


「お見事! 正解です!」


 (わかるのかよ)


 舞が正解を言い当てたのを聞いて藍大は心の中でツッコんだ。


 その一方、サクラは心の中に思ったことを押し留めたりしなかった。


「舞って食べ物のことだと賢いね」


「貧乏だった時は食べられるモンスターが貴重なたんぱく源だったからね」


 悲しいことを言う舞を藍大は抱き締めた。


「大丈夫。俺がいる限り舞に腹いっぱい食べさせてやるからな」


「ありがと~。私は藍大の料理が食べれて幸せだよ~」


「はっ、しまった。私も混ざる」


 藍大に抱き締められる舞を見て、出遅れたとサクラも後ろから藍大に抱き着いた。


「仲良いわね」


「良いことじゃないか」


 麗華と大輝は温かい目で3人を見守っていた。


 ガラス張りの部屋の中からリア充爆発しろと妬む視線を向ける者もいたが、当人達はその視線に全く気付いていない。


 藍大達の気が済むと、大輝はUMAKA棒の説明を再開した。


「このUMAKA棒ですが、今のところ10のフレーバーがあります。ハンバーグ味、明太バター味、カレー味、ラーメン味、シーフード味、もつ鍋味、水炊き味、シーザーサラダ味、苺味、チョコレート味」


「ちょくちょく福岡らしさが入ってますね」


「そりゃ福岡が本拠地のクランですから。福岡らしさだって入りますよ」


「なるほど。地元の名産品を活かした携帯食料って良いですね。でも、お高いんでしょう?」


「いえいえ。今ならお好きなフレーバー5種類選んで2,980円です!」


「そんなに安いんですか!?」


「・・・何この茶番」


 藍大と大輝のやり取りに麗華がジト目を向ける。


「これくらいの遊び心があっても良いじゃないか」


「そうですよ。偶にはネタに走った方がリフレッシュできるんです」


「会うのは今日で2回目なのに随分と仲良くなったわね」


「あれ、もしかして妬いてるの? 麗華妬いてるの?」


「ぶちのめされたいの?」


「すみませんでした」


 真顔の麗華を見て調子に乗り過ぎたと大輝が流れるように土下座した。


「よろしい」


「麗華さんって青空さんと喧嘩する時以外はストッパーなんですね」


「あの女と話してるとイライラするのよね。なんかこう、完膚なきまでに打ちのめしたくなる感じ。逢魔さん、わかるでしょ?」


「話した回数が片手に収まるぐらいなのでなんとも言えません」


 自分の質問に対して麗華が過激なことを言うものだから、藍大は下手に言質を与えてはいけないと口にする言葉に注意した。


 麗華と瀬奈の言い争いで自分の名前を使われたら堪ったものではないからである。


 大輝は麗華が瀬奈のネガキャンを始めそうだと察し、急いで話題を変えることにした。


「そう言えば、逢魔さんは週刊ダンジョンの『Let's eat モンスター!』に短期間で2回も載ってましたね。料理はお好きなんですか?」


 大輝が自分のために話題を変えてくれたと悟り、藍大はこの流れに乗るしかないと流れに身を任せた。


「ええ、そうなんです。学生時代にハマりまして、今ではすっかり我が家の料理番ですね」


「藍大の料理は世界一です」


『ご主人の料理が元気の源だよ』


「主の料理大好き」


「それは羨ましいです。僕も麗華に料理を作ってもらいたいな~」


 大輝がチラッと麗華の方を見ると、麗華は顔を赤くして視線を逸らした。


「意地悪言わないでよ。私が料理苦手なの知ってるくせに」


「苦手なんですか?」


「なんでかわからないけど、火を使った料理を作ろうとすると必ず失敗するの」


「でも、麗華はサンドウィッチなら作れるじゃないか。夜食で作ってくれたハムチーズレタスのサンドウィッチは美味しかったよ」


「あ、あんなの料理に入らないわよ」


「そんなことないさ。あれも立派な料理だ。また作ってほしいな」


 大輝と麗華のやり取りを見て、今度は藍大達が温かい目を向けた。


 藍大達がいちゃつくカップルに温かい目を向けるという事態はかなり珍しいと言えよう。


「オホン。も、もう。今度作るからここまでにして。次の部屋に行きましょう」


 麗華は恥ずかしさを我慢できなくなり、強制的にこの話題を終わらせるために藍大達を次の部屋に先導した。

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