第151話 なんて日だ!

 翌日の月曜日の朝、藍大達はビジネスカジュアルな服装でリルに騎乗した。


 パーティーよりは若干カジュアルだが、私服よりはきっちりと決めている。


 ゲンとゴルゴンはそれぞれ<中級鎧化ミドルアーマーアウト>と<装飾化アクセアウト>を使っているので、リルに騎乗するのは藍大と舞、サクラだけだ。


 最初は新幹線で向かおうかという話もあったが、リルが自分の背中に乗せて走る気満々だったので移動はリルに任せることになった。


 新幹線という言葉を口にした時にしょんぼりしたリルの姿を見てしまうと、藍大達の誰もがリルに運んでもらうしか選択肢はなかったのである。


 リルは<空歩エアラダー>が使えるし、サクラの<色欲ラスト>の副次的効果によってリルのAGIも上昇していたから秋田の孤児院より遠くとも正午には福岡に到着した。


 誰にも邪魔されない空を駆けたとはいえ、驚異的スピードなのは言うまでもない。


 人気のない公園で藍大が作った弁当を食べた後、大輝に教わった通りの住所に向かうと工業地帯の一角にある研究施設のような場所に辿り着いた。


 頑丈な門の前でリルから降りると、藍大はリルを労った。


「リル、お疲れ様。いっぱい走ったな」


『うん! 楽しかった! 帰りも僕が乗せて帰るからね!』


「よしよし。俺の肩に乗るか?」


『良いの?』


「乗せて来てくれたお礼だ。休憩してもらってる間は俺がリルを運ぼう」


『わ~い!』


 リルは<収縮シュリンク>を発動して子犬サイズになると、藍大の肩の上に乗った。


 藍大達の到着を知った麗華が私服姿でやって来た。


「えっ、リル君がこんなにちっちゃくなってる。可愛い」


「こんにちは、麗華さん。本日はお招きいただきありがとうございます」


「ええ。こっちこそ遠い所をよく来てくれたわね。どうやって来たの?」


『僕が背中に乗せて来たんだよ』


「・・・マジ?」


 リルが藍大の肩の上でドヤ顔を披露すると、麗華は俄には信じ難いと言わんばかりの表情で藍大に視線を向けた。


「マジです。リルはクラン最速の脚を持ってますから」


『ドヤァ』


「可愛い」


 子犬サイズのドヤ顔リルがツボに入ったらしく、藍大とリルがそう言うのならばそれが事実なのだろうと麗華は深く考えずに納得した。


「”グリーンバレー”のクランハウスは工場を改装したんですか?」


「大体そんな感じ。廃工場の敷地を買い取って生産エリアと研究エリア、居住エリアの3つに分けてるの。とりあえず、みんなを居住エリアにある客室に案内するわね。大輝に会うのはそれからよ」


 藍大達は麗華に連れられて居住エリアへと向かった。


 旅の荷物と言っても大半は収納リュックに入っているから、ボストンバッグはダミーである。


 藍大達は夫婦だから大きい客室に宿泊することになる。


 その部屋に荷物を置いてから大輝の待つ応接室へと向かった。


 応接室に入ると大輝が待ち侘びていたと言わんばかりに立ち上がった。


「ようこそ僕達のクランハウスへ。お越しいただきありがとうございます」


「いえいえ。こちらこそ3日間よろしくお願いします」


 大輝は事務的な挨拶が済むと藍大達にソファーへ座るよう促した。


「さて、どこから見に行きます?」


「大輝、ちょっと待ちなさい。いきなり過ぎるわ」


 急に藍大達に問いかける大輝に対して麗華は待ったをかけた。


 どうやら大輝は藍大達を招いてテンションが上がっており、説明を省いてしまっているようだ。


 麗華が待ったをかけるのも当然である。


「そうかな?」


「そうよ。せめてそれぞれの施設について説明してからにしなさいな」


「あれ? 麗華が説明してくれてたんじゃないの?」


「生産エリアと研究エリア、居住エリアがあることぐらいしか話せてないわ。そーいうのは大輝から話してよ」


「ごめん、そうだったのか。じゃあ”グリーンバレー”について説明しますから、その後に逢魔さん達が行きたい場所を教えて下さい」


「わかりました」


 大輝は自分のクランについて説明し始めた。


 ”グリーンバレー”は緑谷商事という会社がスポンサーの冒険者クランだ。


 緑谷商事は福岡に本社がある有名な総合商社であり、大輝の父親が今は社長を務めている。


 大輝は大学で理系の道に進んでおり、緑谷商事の子会社の製薬会社で働いていたところ、大地震によって冒険者へと覚醒した。


 大輝が冒険者に覚醒したことを知った大輝の父親は、緑谷グループ全てから覚醒した冒険者を束ねるクランの設立を大輝に命じ、大輝は”グリーンバレー”のクランマスターになった。


 ”グリーンバレー”には3つの使命が与えられている。


 1つ目はダンジョンを探索してダンジョン産の素材やアイテムを持ち帰ること。


 2つ目は持ち帰った素材やアイテムを使って新たな商材を用意すること


 3つ目は大地震以降現れたダンジョンやモンスターに関する謎を解き明かすこと。


 1つ目の使命は麗華を中心とした戦闘職の職業技能ジョブスキルを持つ冒険者が担う。


 2つ目と3つ目の使命は非戦闘職でトップの大輝の指揮の下、ダンジョンで手に入れた素材等を用いて取り組まれている。


 2つ目の使命を果たすために生産エリアがあり、3つ目の使命を果たすために研究エリアがある。


 ちなみに、大輝はフィールドワークも進んで行うから麗華を護衛としてダンジョンに行くことも少なくない。


「という訳で、僕が生産エリアでも研究エリアでも案内します。入り浸ってるダンジョンの見学を希望されるならば、そちらは麗華に案内させます。逢魔さん達が気になる所から行きましょう」


 説明が終わると、大輝が改めて藍大達にどこに行きたいか訊ねた。


 (ダンジョンは今日じゃなくても良いか。俺達の生産って俺の料理か薬師寺さんの薬だけだし他所が何作ってんのか見てみたいな)


「では、最初に生産エリアを見学させて下さい。舞達もそれで良いか?」


「良いよ~」


「主についてく」


『大丈夫』


「ですよね! そう言ってもらえると思ってました!」


 大輝は自分が薬士なだけあって、藍大に是非とも自分達の作った物を自慢したくて仕方ないらしい。


 藍大から生産エリアに行きたいとリクエストされて大輝は興奮を抑えられなかった。


 早速大輝は応接室を出て生産エリアへと藍大達を案内した。


 最初に藍大達が連れて来られたのは、ガラス張りの壁で大きな部屋が見られる廊下だった。


 部屋の中には白衣姿の”グリーンバレー”のメンバーがおり、ダンジョンで手に入れた素材を使って創薬に励んでいた。


「この部屋ではポーションの作成に挑戦してます」


「ポーション? それなら”楽園の守り人”で複製してますよ。現物が手に入りましたので」


「えっ? えぇっ!? 今なんて言いました?」


 藍大がサラッと告げた事実を聞き間違えたのではないかと思い、大輝が藍大に訊き返した。


「”楽園の守り人”で複製してます」


「その後です!」


「現物が手に入りましたので」


「なんて日だ!」


 自分の耳が拾った言葉が事実だと知ると、大輝があたふたし始めた。


「緑谷さん、大丈夫ですか?」


「ええ、大丈夫です。大丈夫ですとも。遂に現物が見つかったんですね。流石はシャングリラです。いつ見つけたんですか?」


「金曜日です。DMUに報告してポーションを販売する許可も鑑定が済み次第下りることになってます」


「これは一本取られました。DMUのホームページは毎朝確認してたんですが、まさか裏でそんなことになってたんですね」


「正式な発表まではオフレコでお願いします。ポーションは1級~5級まであるらしいですよ。私達が見つけたのは5級ポーションですから、1~4級のポーションはまだ作り方もわからないんです」


「ああ、なんということでしょう。次から次へとビッグニュースが流れ込んできます。逢魔さん、貴方はすごい人だ。絶対に敵に回してはいけないと改めて実感しましたよ」


「フフン。主はすごいの」


『ご主人はすごいんだよ~』


 サクラとリルが藍大を褒められて得意気に言った。


「そういえば、”楽園の守り人”にはSMSがいたわね」


「薬師寺さんか。今でも彼女を落とした面接官がウチにいたことが信じられないよ」


 麗華が奈美の存在を思い出して口にすると、大輝の口から奈美が就活で緑谷グループを受けていたことが明らかになった。


 (薬師寺さん、面接苦手そうだもんな)


 実力は確かだろうが、面接が苦手な者は就活で落とされてしまうことが少なくない。


 奈美が面接に不向きでも実力はあることを理解しているので、藍大はDMUから彼女をスカウトできて良かったと思った。


 ポーションを作る区画の見学はここまでにして、藍大達は大輝によって次の部屋へと案内された。

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