第13章 大家さん、クランハウスに招待される

第147話 わかっちゃいるけどやめられない

 パーティーの翌日の日曜日の朝、司と麗奈がダンジョン地下2階に来ていた。


 今日は司達が午前に地下2階に挑み、午後は未亜達がそれと入れ替わるように地下2階に挑む予定だ。


 アダマンタンクのイザークがシャングリラの門番になったおかげで、司達が心置きなくダンジョン探索に力を入れられるようになったのはありがたいことだった。


 麗奈は突撃して来るレッドブルの群れに対し、ジャンプしてそれらの背中に飛び乗っては仕留め、飛び乗っては仕留めを繰り返す。


 司も麗奈の襲撃を受けて混乱した個体から順番に仕留め、あっという間にレッドブルの群れを討伐し終えた。


「ふぅ。やっぱり装備が良いと違うわね」


「確かにね。収納袋も貸してくれたし、藍大には頭が上がらないよ」


 司と麗奈の武器と防具はシャングリラのモンスター素材を使ってできている。


 防具はデザインこそ違うが、司も麗奈もヒッポグリフのレザーアーマーを着用している。


 武器は司がレモラの角をベースにしたレモラホーンという槍を使い、麗奈はチタンリザードマンの鱗を贅沢に使ったTLガントレットを使用している。


 地下2階の素材を使えば、基本的には地下3階でも通用する。


 レモラは地下3階の”掃除屋”だから、レモラホーンを相手に地下2階の雑魚モブモンスターが挑んでも全く歯が立たないだろう。


 これらの装備を使えるのは藍大達先行組が探索してくれているおかげである。


 加えて言うならば、持ち帰る戦利品の量だって収納袋を藍大から借りたことで増えたから実入りも増えたし移動が楽になった。


 司が言う通り、藍大達には頭が上がらないだろう。


「ここで強くなれたら、きっと私だって姉さん以上に強くなれる」


「昨日のパーティーのこと、やっぱり気にしてたんだ?」


「気にならないはずがないじゃない。私はいつも姉さんと比べられてたのよ? 藍大がパーティーで会ったって聞いた時は穏やかじゃいられなかったわよ」


 司はDMU時代から麗奈とペアになることが多かったから、麗奈の事情についても”楽園の守り人”では一番理解している。


 ”グリーンバレー”のサブマスターになっている麗華と藍大が会ったと聞けば、また比べられるのではないかと身構えていた。


 しかし、藍大がパーティーから戻って来てクラン専用掲示板でパーティーの内容について報告した時、麗華について事務的にしか触れなかったのは予想外だった。


 麗奈は昨晩、掲示板でのやり取りが終わった後に藍大に電話してどうして麗華と自分の関係について触れなかったのかと訊いた。


 藍大は他所は他所、ウチはウチだから気楽にやれば良いと言うに留めた。


 麗奈は司の次に藍大が姉と比較せずに自分を見てくれたことを嬉しく思い、藍大に感謝した。


 その反面、気遣いのできるクランマスターの下にいるからこそ、麗奈は強くなって藍大にそんな気遣いをさせないようになってやると決意したのだ。


「藍大は姉妹のどっちが強いとか気にしないと思うけどな」


「私が気にするのよ。藍大は気を遣わせたくないの」


「それならお酒の量を減らすところから始めた方が良いんじゃない? 酔っぱらうと面倒だし」


「そ、それは大目に見てほしいかしら」


 麗奈は唯一の楽しみを奪わないでほしいと頼んだ。


 ぶっちゃけてしまえば、藍大は麗奈と麗華のどちらが強いとか気にしていないし、司の言う通り酒癖を直した方がよっぽど喜ばれるのだが今はそれを置いておこう。


「今度はアローボアが来たよ」


「まったくツッコミの多いフロアね」


「物理的な突撃はツッコミと違うってば」


「お前達も今日のおつまみにしてやる!」


 司のやんわりとしたツッコミを置き去りにして、麗奈は嬉々としてアローボアを殴りに行った。


 麗奈はアローボアの直線的な突撃をターンで躱して側面から正拳を繰り出す。


 正面からの衝突力に自信はあっても側面からの攻撃に弱かったアローボアは一撃で横転し、麗奈がその上に飛び乗ってボコスカと殴った。


 藍大に以前ファンタスティック野蛮と言わせた動きとまでは言わないが、突進を躱して殴るまでは技巧的だった。


 やはり酒が絡まなければ、麗奈もちゃんとした実力者なのだろう。


 その後も司と麗奈はレッドブルとアローボアを見つけては倒すのを繰り返した。


 ここまでは問題ない。


 むしろ、ここから先が問題なのだ。


 雑魚モブを倒しまくったことで現れる”掃除屋”が司達にとって乗り越えるべき壁である。


 今日に至るまでの司達の地下2階の”掃除屋”との対戦成績だが、ファームアベンジャー、トレジャーミミック、チタンリザードマンには勝てている。


 しかし、オウルベアとニトロキャリッジ、ミストキャットとの戦いでは2人の装備が今のものではなかったせいであと一歩及ばずに撤退した。


 ミノタウロスとの戦闘は司が健太と組んで辛勝し、麗奈と未亜のペアは撤退した。


 それゆえ、今から始まる戦いは麗奈にとってはリベンジマッチであり、司にとっては地下3階に自信を持って進むための判断基準になる。


「さあ、リベンジタイムよ!」


 キリングアックスを肩に背負ったミノタウロスが現れると、麗奈が気合を入れてから駆け出した。


 司は麗奈がミノタウロスの隙を作るのを狙って迂回するように近付いた。


「ブモォォォォォッ!」


 ミノタウロスが<戦叫ウォークライ>を発動した瞬間、司と麗奈は周囲の空気がビリビリと震えて体が強張るのを感じた。


 それでも2人は止まらずに動いた。


「舐めんじゃないわよ!」


 麗奈はミノタウロスが<怒切刻アングリーミンス>で大振りした隙に懐に潜り込むと、ワンツーパンチを繰り出して離脱する。


 その2発が鳩尾に命中したことで、ミノタウロスの動きが鈍った。


「目が乾いてないかい?」


 司は奈美から貰った催涙瓶を取り出し、ミノタウロスの顔に向かって投げた。


 瓶が顔に当たって割れると、ミノタウロスは両目から涙を流して鳴いた。


「ブモッ!?」


「隙あり!」


 涙で前が見えなくなっているミノタウロスは隙だらけなので、司がその両腿をレモラホーンで突き刺した。


「ブモォォォ!?」


 視界を奪われたと思ったら両腿に痛みを感じ、ミノタウロスは訳がわからず叫んだ。


「ナイスよ司! 私もやるわ!」


 司と入れ替わるように麗奈が前に出て体を捻りながら飛び上がり、ミノタウロスの顎にアッパーカットと飛び膝蹴りを叩きこんだ。


 藍大や未亜がそのシーンを見ていたら、リアル昇○拳だと喜んでいたに違いない。


 しかし、この場には司しかおらず、ツッコんでいる暇があればとどめを刺すべきタイミングだったのでツッコミは不在だ。


「これで終わりだ」


 ミノタウロスの体が地面に落下した瞬間を狙い、司がミノタウロスの眉間に槍を突き刺した。


「僕達の勝ちだ!」


「やった、勝ったわ!」


 ミノタウロスが動かなくなったので、辛勝ではなく完勝したのだと気づいて司と麗奈がハイタッチした。


 自分達が躓いた相手に完勝できたことは、自分達が強くなったことを意味する。


 武器が強くなったって使う者の実力が上がらなければ、宝の持ち腐れになるだけだからだ。


 この勢いに乗り、ミノタウロスを回収した後に2人はフロアボスのグランドブルまで倒してみせた。


 ミノタウロスに比べてしまえば、グランドブルなんて大きいだけの的に過ぎなかったので司と麗奈の激しい攻撃を前にあっさりと倒れてしまった。


「ふぅ。日曜日も地下2階をクリアできたね」


「そうね。これで気分良くお酒が飲めるわ」


「・・・はぁ」


「な、何よ」


 どうしてこうすぐにお酒に意識がいってしまうんだろうかと司がジト目を向けると、麗奈がめでたいんだから良いじゃないかと目で訴えた。


「飲む量は考えなよ? リルに臭いって言われたくないんでしょ?」


「リル君の嗅覚が鋭いのよね。どうしたものかしら」


「飲まなきゃ臭いって言われないんじゃない?」


「わかっちゃいるけどやめられない」


「うん、今日も麗奈は麗奈酒飲みだね」


「ちょっ、それどういう意味よ!?」


 ニュアンスから自分を悪く言われたことに気づき、麗奈は司に詰め寄って抗議するが司はスルーしてグランドブルの解体を始める。


 しばらく司に絡む麗奈だったが、司に早く解体しないとおつまみの味が落ちると言われたらおとなしく作業に従事した。


 司と麗奈がダンジョンを脱出した時、丁度庭に未亜と健太、パンドラが待機していた。


「どうやった?」


「ミノタウロスもグラウンドブルも倒したよ」


「完勝したわ」


「くぅ~。俺達も負けらんねえな」


「せやな。気張っていくで!」


「おう!」


「キシッ」


「「ファイト~」」


 司と麗奈は未亜達を晴れ晴れとした気持ちで見送った。

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