第134話 いいや! 限界だッ! 押すねッ!

 オークションの開催時刻になると、健太が仮設ステージに登壇した。


 ステージ前の縦5人で横10人という配置のパイプ椅子には、競りに参加する権利にある50名が人数ぴったりで座っている。


 そんな参加者達を見下ろした健太がマイクのスイッチを入れた。


「レディース&ジェントルメェェェン! ようこそ月見商店街へ! 俺が本日のオークショニアを務める日出づる国のチャラ男こと青島健太である!」


 少しも威厳を感じられないチャラさのまま、健太は男ばかりの塾で塾長を張った男のような挨拶をした。


 (何やってんだあの馬鹿?)


 運営のテント内では、藍大が声にこそ出さなかったものの内心呆れていた。


「何やってんのあのゴミ虫」


「サクラちゃん、今はそう思っても黙っててあげなきゃ」


「舞、それはフォローになってないぞ」


 イラっと来たサクラに落ち着くよう声をかける舞が健太をフォローできていないため、藍大は一応待ったをかける。


 本心ではサクラや舞と同じ思いなので、藍大の止め方も真剣さは感じられない。


 そんなテント内の声は聞こえていないらしく、健太はオークショニアとしての説明を続ける。


「さて、このまま今日のオークションの説明をするぜ。守ってもらいたいルールは7つだ」


 健太が説明したルールとは具体的には以下の通りである。



 ・落札品の転売や譲渡の禁止(落札者が死んだ際の相続や緊急時を除く)

 ・場内外を問わず強奪の禁止

 ・参加者同士の同意のない金銭の貸し借りは禁止

 ・所属するクランや提携先のクランを利用した圧力の禁止

 ・競売の進行を妨げる大声での会話の禁止

 ・参加者は座席に用意されたボタンを押して金額を宣言すること

 ・宣言は10万円単位で行うこと



 なお、前5つの禁止事項に抵触したことが発覚すると、その者の名前は掲示板に名前を晒されることをオークションの参加アンケートで参加者から了承を得ている。


 (誰だって炎上したくはないだろうから、よっぽどの馬鹿以外はちゃんと守るか)


 事前に藍大は健太から説明を受けていたが、改めて聞くとしっかり考えられたルールだと評価した。


 冒険者にとって評判は命だ。


 冒険者は一般人と比べて職業技能ジョブスキルがある分優位に立てるが、冒険者1人でなんでもかんでもできる訳ではない。


 1人で生産も戦闘もダンジョン産素材の売買もできれば話は別かもしれないが、完璧な冒険者がいない以上何かしら他人の力を借りることになる。


 評判が悪ければ他人との協力は困難であり、その日暮らしになってチンピラみたいなことをすればDMUに捕まる。


 ダンジョン探索で富や名声を得るにも1人では不可能だから、いざという時に味方になってくれる人が多いに越したことはない。


 それゆえ、評判を気にしてルールを破る者はいないだろうと藍大は考えている。


「それでは早速、1つ目の品から紹介するぜ。司、カモ~ン!」


 健太に呼ばれた司が1つ目の品を持ってステージに登壇した。


 (相変わらず女性物の服が似合う。だが男だ)


 藍大は登壇した司がチャイナ服を着ているのを見て苦笑いした。


「うん、良い・・・」


「信じられるか? あれで男なんだぜ」


「現実は非情である」


 オークションの進行を妨げないように参加者は黙っているが、会場の周辺で立ち見している冒険者達はひそひそとコメントしていた。


 司のチャイナ服はさておき、司が健太の前に持って来たのは瓶詰されたマディドールの泥だった。


 これには競りに参加する権利を得た女性冒険者達が叫び出しそうになったが、すんでのところでその気持ちを押し留めた。


 ただし、その目つきは肉食獣のそれになっている。


「さあ、最初の品はこれだ! シャングリラを有名にした素材! マディドールの泥! 100gで10万円するこれを1kg特別価格10万円からスタートだ!」


「20万!」


「30万!」


「70万!」


「100万!」


「150万!」


「200万!」


「210万!」


「300万!」


 300万円と宣言したのは4番の座席に座る真奈だった。


 真奈の宣言を最後に競う者がいなくなった。


 AKABOSHIの令嬢の財力と気合には誰も勝てなかったようだ。


「300万円を超える奴はいないか? ・・・いないみたいだから、4番がマディドールの泥1kgを300万円で落札! おめでとう!」


 最初の品は真奈が300万円で落札した。


「・・・相場の3倍もしてるじゃねえか。真奈さん、よくそんな金を払おうと思ったよな」


 藍大は顔を引き攣らせながら正直な気持ちを口にした。


「藍大、美容ってお金がかかるんだよ」


「好きな人の前では美しくありたいんだよ、主」


「た、大変だな。でも、俺は今の舞とサクラが好きだから無理しなくて良いからな?」


「もう藍大ってば。好き~」


「主大好き~」


 自分のために美しくあろうとする気持ちは嬉しいが、そのために無理をして舞とサクラに何かあったら困る。


 藍大がそんな思いから素直な気持ちを口にすると、舞とサクラが両サイドから藍大に抱き着いた。


 激甘空間リア充フィールド全開である。


 その一方、檀上の健太は次の商品が運ばれるのを待ってから口を開いた。


「次の商品に移るぜ! ”楽園の守り人”が誇るSMSこと薬師寺奈美が作った即効性の育毛剤だ! その効果はDMUの解析班が証明し、ツルッパゲのテスターも今ではキモロン毛と言われる程だ! こちらは100gで100万円からスタート!」


「1,000万!」


 海坊主とも呼ぶべきムキムキタンクトップでスキンヘッドの冒険者が立ち上がって宣言すると、他の参加者達は後に続けなかった。


「初っ端から1千万とは男気溢れてやがる! 26番が1千万で落札だぁ! ブラボー!」


 (ヤ、ヤベえ。本気度が違う・・・)


 最初から誰にも買わせるつもりはないと言わんばかりの26番の強気な落札を見て、藍大は戦慄しないはずなかった。


 ところが、壇上の健太はビビることなく進行を続けた。


「ガンガン行こうぜ! お次もSMSが作った品だ! ポーション目指して作ってみれば飲猿潰した酒できる! ドランクマッシュの素材を使って偶然できた酒! その名も飲猿殺し! 今のところ作れるのも作る資格があるのもSMSだけ! 味は飲猿のお墨付き! 1ℓ100万円からどうぞ!」


「150万!」


「200万!」


「300万!」


「400万!」

 

「500万!」


「600万!」


「800万!」


「1,000万!」


「1,200万!」


「1,200万円を超える奴はいないか? いないみたいだから」


「クランマスター止めて! クランの共同資金が底を尽きるわ!」


「いいや! 限界だッ! 押すねッ! 1,500万!」


 12番の女性に止められていたにもかかわらず 、13番のクランマスターと思しき男性がボタンを押して宣言した。


 12番の女性はどうか誰か後に続いてくれと天に祈ったけれど、誰もその後には続きはしなかった。


「13番が1,500万円で落札! オークションでそのネタに走る根性は大したもんだぜ! おめでとう!」


 12番の女性は健太の宣告を聞いて表情が絶望一色になった。


 (俺、13番みたいなクランマスターには絶対ならねえ)


 藍大は心の中でそう誓った。


 クランの共同資金を使い込んで高い酒を買うなんて馬鹿のすることだ。


 あんな奴みたいになってはいけないと思う気持ちに間違いはないだろう。


 その後、インキュバスの素材から作られた精力剤や余った隠し部屋の宝箱等も次々に落札され、いよいよ本日の目玉の番が到来した。


「さあ、これが最後だ! 今日この場に集まったのはこのためだと言う奴がほとんどのはずだ! 後衛垂涎の知能が低いモンスターを近づけさせないアクセサリー! スカルネックレス! こいつは500万からスタートだ!」


「5,000万」


 その瞬間、会場が鎮まった。


 健太の開始の合図の直後、31番の座席に座っていた瀬奈の静かだがよく通る声がスタートの価格の10倍を告げたのだ。


 育毛剤の時も10倍の価格で落札されたが、その時と今回で5倍の差があった。


 (ポンと5,000万払う宣言するのが怖い。”ブルースカイ”半端ないって)


「ねえねえ、5,000円じゃないよね? 5,000万円だよね?」


 舞は極貧生活を送っていたこともあったので、瀬奈が提示した値段を聞き間違えたのではないかと藍大に訊ねた。


「聞き間違いじゃないぞ。5,000万だ」


「藍大~、お金持ち怖いよ~」


「よしよし。大丈夫だ。俺が傍にいるぞ」


 自分にとって現実味のない金額が聞こえたが、それは現実だったと知って舞は震えが止まらなくなった。


 藍大はそんな舞を抱き寄せて落ち着くまでそのままでいてあげた。


 運営のテントで藍大達がそんなことになっている中、健太は姉への感情を一切表に出すことなくオークショニアとしての役割に徹した。


「後続はいない! おめでとう! 31番が5,000万で落札だぁ!」


 最後のスカルネックレスが5,000万円で落札され、ギャラリーがざわついたが健太は進行を止めずにオークションの閉会まできちんとやり遂げた。


 オークション終了後、落札者達は順番に会計を済ませて商品を受け取った。


 瀬奈は小切手を渡し、目的は果たしましたと一言残して会場を去っていった。


 瀬奈の姿が見えなくなると、それと入れ替わりで健太が運営のテントに戻って来た。


「まったくいけ好かねえ女だぜ」


「陰でコソコソ言わずに正面に立って言ってみろよ」


「無理だから陰でコソコソ言ってんだよ。藍大、俺と瀬奈は水と油だ」


「だろうな」


「そんなことより今日は大儲けだ! 早く帰って儲けの分配しようぜ!」


「はいはい」


 瀬奈に関する話の時は真顔だった健太を見て、これ以上瀬奈の話をするのは止めようと藍大は健太に合わせた。


 この日、”楽園の守り人”はオークションで1億円以上の収入を得た。


 その事実を知った舞が大金怖いと藍大に抱き着いたのは仕方のないことである。

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