第133話 目当てはリルだって断言されなくて良かった

 昼食と食休みの後、藍大達はクラン専用掲示板で手伝いが必要か健太と奈美に確認したが、開始30分前に来てくれれば構わないと言われたのでそうすることにした。


 出かけるまでに茂に頼んだ雷属性の武器素材をDMU運輸に受け渡したり、夕食の仕込みや大家の仕事とやるべきことをテキパキとこなしていた。


 オークション開始は午後6時ということで、藍大達は午後5時半には月見商店街にやって来た。


 この時間の月見商店街は夕飯を買って帰るサラリーマンやOL、主婦ぐらいしか普段は見かけないのだが、どう見ても冒険者という恰好の者達がオークション開始まで商店街をブラブラしており賑わっていた。


 健太が八百屋の店主にも事前に連絡をしていたから、どこの店も特別価格で各々が取り扱う商品を販売していた。


 おにぎりフェスとは違い、この後オークションを控えているから食材を取り扱う店では買い食い可能なラインナップにしているのは本気度が伺える。


 外出時の藍大の服装だが、オークションなのでツナギではなくスーツを着ている。


 ゲンの<鎧化アーマーアウト>とゴルゴンの<装飾化アクセアウト>を使ってもらっているから、今の藍大は藍色のスーツに赤い曲線を描いたヘアピンを付けた姿である。


 舞も近所に出かける服ではなく、パーティーカジュアルに近い紺のワンピースドレスを選んでいる。


 サクラとリルのは着飾ると普段のように戦えないから、藍大の護衛のためにいつも通りのスタイルだ。


 健太の話では今日のオークションで入札可能な参加者は掲示板に載せたアンケートサイトの回答者先着50人ということらしい。


 もっとも、見るだけのギャラリーもいるから軽くその倍は商店街に冒険者が集まっているのだが。


「結構集まってるな」


「そうだね」


「やればできるのね」


 サクラのコメントは健太に向けられたものだろう。


 第一印象が低かったこともあり、ようやく一般人程度の興味を向けてもらえたぐらいだ。


「おい、なんだあれ?」


「リムジン?」


「商店街にリムジンで来るって何事だよ?」


 商店街の入口が騒がしくなった。


 (いよいよおいでなすったか)


 藍大には誰が来たのか見当が付いていた。


 リムジンから降りて来た人物を見ると、商店街の入口に集まっていた冒険者達が左右に分かれた。


 そうしたのは自分では近寄りがたいと思ったからなのか、近寄って面倒なことになりたくないからなのかはわからない。


 おそらく両方だろう。


 リムジンから降りて来たのは青いドレスに身を包んだ女性であり、藍大達を見つけるとそのままその女性は黒服のボディーガードを連れて一直線に歩いて来た。


 やって来る女性は鋭い目つきがデフォルトのようで、ショートカットの髪も探索の邪魔だからという理由でその長さにしているというのがインタビュー記事に掲載されていた。


 藍大達の目の前に到着すると、その女性はドレスの裾を摘まんで挨拶した。


「初めまして、逢魔藍大さん。逢魔舞さん、逢魔サクラさん、リルさん。私が”ブルースカイ”のクランマスターの青空瀬奈です。以後お見知りおきを」


「ご丁寧にどうも。逢魔藍大です。よろしくお願いします」


「逢魔舞です」


「逢魔サクラです」


『僕はリルだよ』


 緊張感のある挨拶が続く中、リルの挨拶が清涼剤になったことは否めない。


 周りに家族しかいなければ、藍大はリルを愛い奴めと撫で回したに違いない。


「今日のオークション、私としてはスカルネックレスの効果が本物でなければここに足を運びませんでしたが、効果に間違いはありませんよね?」


「安心して下さい。DMUの解析班に鑑定してもらった証明も用意してます」


「それならば結構です。楽しみにしております。それでは」


 一礼して瀬奈は藍大達の前から去っていった。


 (ふぅ、行ったか。まったく、あんな姉がいたら息が詰まるぜ)


 藍大は健太が軽いノリな理由が少しわかった気がした。


 青空瀬奈が冷徹で堅物な印象だから、健太はその正反対を進んでいるのだろう。


 もしも腹違いではなく同じ母親から生まれていれば、ずっと青空瀬奈の下で弟をしなくてはならないと思うと健太は今の立ち位置で心底ホッとしていたに違いない。


 いや、正確には腹違いの弟という立ち位置も嫌かもしれないが、健太は自分の母親のことを慕っているから母親に八つ当たりなんてしていない。


 皮肉なことと言えば、瀬奈の職業技能ジョブスキルも健太と同じく魔術士だということだ。


 もっとも、健太の武器がマジックコッファーなのに対して瀬奈は魔術士として一般的な杖であるが。


 同じ職業技能ジョブスキルだとしても、全て一致するなんてことはこの姉弟にはあり得ない。


 ちなみに、瀬奈は今日このオークションのために本拠地の大阪からわざわざやって来た。


 これは健太がオークションで手に入れたアイテムを手放すことは禁止と注意事項に明記したことが原因だ。


 オークションに参加するには競り落とした者が転売あるいは譲渡できないという内容に同意せざるを得ない。


 それゆえ、瀬奈はスカルネックレスを欲しいと思ったら自身の足で月見商店街まで来なければならなかった。


 ぶっちゃけてしまえば、急なスケジュール設定や注意事項については健太が瀬奈への嫌がらせの意図を込めていたりする。


 健太と直接話すつもりはないからなのか、瀬奈が挨拶に来て藍大は少し疲れた。


「やれやれ、相変わらず冷静を通り越して冷え冷えな女ですね」


「そうですねっていたんですか、真奈さん」


 いつの間にか当たり前のように隣にいたのは、”レッドスター”のサブマスター赤星真奈だった。


「こんばんは、逢魔さん。舞さんとサクラさん、逢魔さんとの結婚おめでとうございます」


「「ありがとうございます」」


「真奈さん、今日はオークションに参加しに来られたんですか?」


「そうです。なんとか滑り込みましたよ」


「目当てはスカルネックレスですか?」


「いえ、あれは壊れた時に自分の回避能力が鈍りそうなんで狙いません」


 (目当てはリルだって断言されなくて良かった)


 リルは真奈が接近したことに気づいてから、藍大の後ろでずっと真奈を警戒している。


 モフラーに隙を見せてはいけないとわかっているのである。


「こちらのクランメンバーと同じことを言ってました」


「それは日出づる国のチャラ男さんですか? それとも妄想弓士さんですか?」


「どっちもです」


「なるほど。その心構えがあるならば、彼等があっけなくリタイアするなんてことはなさそうですね」


「そう願ってます」


「ところで、今日は真奈さんだけなんですか?」


「いえ、以前客船ダンジョンに一緒に向かった三島兄妹も一緒です。とは言っても、お腹が空いたと言ってお肉屋さんの揚げたてメンチカツに捕まってましたが」


『メンチカツ・・・』


 メンチカツという言葉を聞き、黙って気配を消していたリルの気が緩んでしまった。


 その瞬間、真奈はリルと目線を合わせて頼み込んだ。


「リル君! モフらせてほしいな!」


『やだ!』


「うぅ、フラれちゃった・・・」


 (無断でモフらないだけマシなんだろうな)


 礼儀がなっていないモフラーだと、一言断ることもなくモフろうとする。


 そういった意味では真奈はよく躾けられれたモフラーと言えよう。


 いつまでも世間話をしていられないので、藍大達は真奈と別れて運営のテントへと向かった。


 運営のテントでは健太と奈美、ヘルプで司がオークション開始に向けて最終チェックを済ませたところだった。


 未亜と麗奈はどさくさに紛れてシャングリラに不法侵入する冒険者がいないか見張るため、留守番の任に当たっている。


「お疲れ。準備はどうだ?」


「おう。ばっちりだぜ。藍大が避雷針になってくれたおかげで助かった」


「腹違いの姉を雷扱いすんじゃねえよ」


「触れちゃいけねえって点では一緒だって」


「上手いこと言わんで良いんだよ。スカルネックレスを青空瀬奈が落札したら、誰が渡すんだ? 薬師寺さんには向かない相手だぞ?」


 オークショニアを健太が務める予定なので、落札したアイテムは別の誰かが会計と一緒に渡す必要がある。


 会計となると奈美の仕事になるのだが、人見知りの奈美が瀬奈の相手をするのは都合が悪いと藍大は判断した。


「そこは頼れるクランマスターにお願いしようと思ってる」


「・・・健太、お前良い性格してるよな」


「おいおい、いきなり褒めるなよ。照れるだろ?」


「褒めてねえよ。皮肉だっての」


 藍大は頭を掻いてニヤニヤする健太にツッコミを入れる。


 すると、健太が真剣な顔で頭を下げた。


「頼む。この通りだ。俺は瀬奈と顔を合わせたくねえ」


「真剣な顔の使いどころとしては微妙だが、仕方ねえから引き受けた」


「流石は藍大! 俺にできないことを平然とやってのける! そこに痺れる憧れるぅ!」


「うるせえ阿保」


 すぐに調子に乗る健太に藍大がジト目を向けたのは当然のことだった。

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