第130話 とりあえず生

 翌日の火曜日の朝、藍大達は今日もダンジョンにやって来た。


 メロの家庭菜園の世話は終わっていたものの、今日は火曜日でダンジョンがメロと相性が悪いから探索メンバーは昨日と同じである。


「「「『暑い』」」」


 藍大達が声を揃えて暑さを訴えるのも無理もない。


 ダンジョンの地下3階は溶岩海岸と表現すべき場所だった。


 これが海ならばバカンスに来た気分になれただろうが、海水が全て溶岩に置き換わって砂浜も分厚い岩だとすればとてもではないがバカンスとは言えない。


「”掃除屋”とフロアボスを倒してとっとと脱出しよう」


「「『賛成』」」


 うだるような暑さの中、藍大達の心が一つになった。


 そんな時、溶岩の中からマグスラグの群れが上陸し始めた。


『暑いから来るな!』


 リルは<碧雷嵐サンダーストーム>を決めて一瞬でマグスラグの群れを掃討した。


 残念ながら、リルがマグスラグの群れを倒したところで藍大達の体感気温はほとんど下がらなかった。


 焼け石に水といったところである。


『暑い~』


「リルはモフモフな分こういう時が暑いよな。サクラ、リルにこまめに<浄化クリーン>をかけてやれ。少なくともそれで汗の不快感は減るはずだ」


「は~い。リル、頑張って」


 そう言いながらサクラは<浄化クリーン>でリルの体をさっぱりさせてあげた。


『ありがと~』


「どういたしまして」


 (それにしても暑いな・・・。いや、待てよ。もしかしていけるか?)


 暑さで頭がおかしくなる前に藍大の頭に考えが思い浮かんだ。


「ゲン、<鎧化アーマーアウト>を一旦解除して俺達の進行方向のずーっと先まで<氷壁反撃アイスカウンター>だ」


『その発想・・・なかった・・・』


 ゲンはすぐに<鎧化アーマーアウト>を解除し、藍大の指示通りに<氷壁反撃アイスカウンター>を発動した。


 このアビリティの正しい使い方は敵の攻撃を跳ね返すものだが、氷の壁を形成する以上藍大達を涼しくさせるために使うことだってできる。


 地面の上にぴったりと重ねるように氷の壁を倒して形成すると、ゲンは再び<鎧化アーマーアウト>を使って藍大のツナギに憑依した。


 暑さをどうにかしたい気持ちはあったが、それが解決したら歩くのは藍大に任せたいというゲンの欲望に忠実な行動はいつも通りだと言えよう。


『やった~!』


「少し涼しくなったな」


「そうだね~」


「融ける前に行こうよ」


 リルが真っ先に喜び、その後に藍大達が続いた。


 サクラの言う通り、氷の壁は地下3階の発する熱で時間が経過すればあっさりと融けてしまう。


 体感気温がマシになっている間に進めるだけ進むことにした。


 だがちょっと待ってほしい。


 地下3階の外から来た藍大達にとってマシな気候になったということは、元々地下3階に生息していたモンスター達にとっては冷え込んで来たという感覚になる。


 異常を察したモンスター達が一斉に溶岩の中から姿を現した。


 マグスラグとは別に新種モンスターがいたが、それは自転車サイズのオレンジ色の鯰と表現すべき姿だった。


 藍大はすぐにモンスター図鑑でその正体を調べ始めた。



-----------------------------------------

名前:なし 種族:フォアナウマズ

性別:雌 Lv:35

-----------------------------------------

HP:500/500

MP:600/600

STR:0

VIT:450

DEX:400

AGI:350

INT:600

LUK:300

-----------------------------------------

称号:なし

アビリティ:<溶岩弾マグマバレット><溶岩波マグマウェーブ

      <溶岩鎧マグマアーマー><火炎耐性レジストフレイム

装備:なし

備考:混乱

-----------------------------------------



 (<火炎耐性レジストフレイム>とか羨ましい。それにしてもフォアナウマズか・・・)


 フォアナウマズのアビリティ欄にこの環境下で羨ましいものがあったため、藍大は素直に羨ましく思った。


 しかし、そんな感情はフォアナウマズの名前への違和感が勝ってすぐに消えた。


「藍大、何かあったの?」


「いや、あの鯰みたいなモンスターの名前ってフォアナウマズって言うんだけど、フォアナウを和訳すると『とりあえず』になるんだ。つまり、無理矢理全部和訳すると」


「とりあえず生」


「・・・惜しい。『とりあえずまず』だな。それじゃ麗奈みたいだぞ?」


「違うよ!? 私、お酒大好きじゃないからね!? お酒飲むぐらいならその分食べる!」


「「知ってる」」


 藍大が舞のミスを笑いを堪えながら訂正すると、舞が自分は酒を飲むよりも食べる方が好きだと宣言するから藍大とサクラのリアクションがシンクロした。


『ご主人、フォアナウマズに攻撃して良い?』


「そうだな。倒してしまおう。舞、あれ食べられるから倒し方に注意して」


「食べられるの? よっしゃ任せろ鯰ゥゥゥ!」


『僕も行く!』


 舞が嬉々としてフォアナウマズを殴りに行った。


 それに続いてリルも食料の確保に向かった。


「舞もリルも本当に食欲に忠実過ぎだろ」


「でも、主が料理してくれるなら私も鯰食べてみたいかも」


「そう言われると腕を振るいたくなる」


「楽しみ。じゃあ、私もここから狩るね」


 サクラも食いしん坊ズ程ではないが、藍大の作る料理を楽しみにしているからフォアナウマズを<深淵支配アビスイズマイン>で作り出した深淵の刃で次々に倒していった。


 自分達が涼しくなるための工夫がモンスターホイホイとなり、それらを舞とサクラとリルが一掃する。


 藍大が狙ってやったことではなかったが、狩りの効率としては最適解だと言えよう。


「藍大、いっぱい狩ったよ~」


『ご主人、大量だよ』


「・・・主、解体頑張ろ」


「そうだな」


 地下3階にいた雑魚モブモンスターを全て狩り尽くしてしまったもしれないぐらい、周辺にはモンスターの死体だらけになっていた。


 手分けして解体していると、リルが解体している途中に何か見つけたのか藍大を呼びに来た。


『ちょっと来て~』


「どうしたんだリル?」


『解体してたフォアナウマズのお腹からアイテムっぽいのが出て来たの』


「すぐに行く」


 地面に埋まっていたり、自然に生えているというパターンではなく、倒したモンスターが飲み込んでいたと聞いて藍大の心中は穏やかではなかった。


 フォアナウマズが飲み込んだせいでアイテムの効果に不具合が生じているかもしれないからである。


 リルについて行った藍大は、リルが解体したフォアナウマズの腹から出て来た透明な球を見てホッとした。


 液体だったならば、フォアナウマズに吸収されていたかもと思ってひとまず安心したのだ。


「私が拾うね」


「サンキュー」


 いつの間にか隣にいたサクラが透明な球を手に取ると、藍大は礼を言いながらモンスター図鑑を開いて球の正体を確かめた。


 (メロディークリスタル? 不思議なアイテムだな)


 フォアナウマズの腹から取り出された透明な球はメロディークリスタルというアイテムだった。


 何が不思議なのかというと、メロディークリスタルにMPを注ぎ込むとその者が望む音が聞こえるという点である。


 藍大は試しにメロディークリスタルにMPを注いでみた。


 すると、ハープによって演奏された美しいメロディーがメロディークリスタルから聞こえてきた。


「リラックスしたい時に良いかも」


「面白いね。主、私もやって良い?」


「勿論」


「ありがとう」


 サクラも興味を示してメロディークリスタルにMPを注いだ。


 それにより、メロディクリスタルから藍大の声が聞こえて来た。


『頼りない主だけどずっと傍にいてくれるか?』


「俺のプロポーズじゃんか」


「こ、これは危険なアイテムかも」


 そう言っているサクラの頬は緩んでいる。


 藍大にプロポーズされた時のことを思い出してしまったのだろう。


 舞も藍大達が集まっている理由が気になって合流しており、期待した目をしながら藍大に声をかけた。


「私もやってみたい」


「はいよ」


 藍大が舞にメロディークリスタルを差し出すと、舞がそれを手に取ってMPを流し込んだ。


『俺の子を産んでほしい』


「これは危険なアイテムだよ!」


「このアイテムは俺を恥ずかしくさせる天才なのか?」


 サクラと舞によって自分の声がメロディークリスタルから流れたため、藍大は恥ずかしさで顔が赤くなった。


『ご主人、僕もやりたい』


「そうだな。リルもやりたいよな」


 藍大は早く恥ずかしさから解放されたいと思い、舞の手からメロディークリスタルを取ってリルが前脚をかざせるように差し出した。


『ありがとうご主人』


 リルは礼を言ってメロディークリスタルにMPを注ぎ込んだ。


『ご飯だぞ』


 やはり藍大の声だった。


 それでもリルが望んだ声にほっこりしてしまうあたり、藍大がサクラと舞の時に聞こえた音は余程恥ずかしかったのは間違いない。

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