第129話 いつの間にかサクラがサキュバスとして仕事してた件について

 ダンジョンを脱出した藍大達はサクラに開けてもらって101号室の中に入った。


「おかえりなさい」


「薬師寺さん、ただいま。やっぱりコンタクトだと雰囲気変わるよな」


「そ、そうですか?」


「全然違う」


「司とは順調なの?」


「えっと、その、昨日は一緒に飲みに行きました」


「奈美、私が教えたことはちゃんとできた?」


「サ、サ、サクラちゃん! しょんなことできないでしゅ!」


 (噛み噛みじゃねえか。サクラは薬師寺さんに一体何を吹き込んだんだ?)


 顔を真っ赤にして噛みまくる奈美を見て、藍大はサクラが何を奈美に吹き込んだのか心配になった。


 それは舞も気になったらしい。


「サクラちゃん、奈美ちゃんに何を教えたの?」


「良い感じにお酒を飲んだら『私酔っちゃったみたい』って言うようにアドバイスしただけだよ」


「いつの間にかサクラがサキュバスとして仕事してた件について」


 藍大はサクラがサキュバスらしい仕事をしていたことに戦慄した。


 既に毎晩自分とサキュバスらしいことをしているというのに、今更何に驚いたのだろうか。


 藍大が戦慄する一方、舞はサクラに肝心なことを忘れていると指摘した。


「サクラちゃん、司は青島さんじゃないんだよ?」


「・・・しまった。司なら気を遣ってお開きにするだけだよね」


「う、うん。司君は2人の言う通り、私のことを気遣ってくれただけだったよ。で、でも、車道側を歩いてくれたり、転んだら危ないからって腕を貸してくれたり紳士だったの」


「それは確かに紳士だ。健太ならサクラが言わせた言葉をGOサインだと判断して狼になっただろうし」


『ご主人、呼んだ?』


「違う、そうじゃない」


 狼と言われてフェンリルのリルが反応したから、藍大は首を横に振ってリルの頭を撫でた。


「と、とにかく、この話はここまでにしましょう。逢魔さん、今日の戦果を見せて下さい」


 自分が苦手とする分野の話を続けたくなかったようで、奈美が強引に本題に入った。


「わかった。今日も大量だぞ」


 藍大は頷いて収納袋から売っても構わない素材だけを取り出した。


「本当に今日も大量ですね。シルクモスの素材はわかりますが、この黒い翼や爪、尻尾はなんですか?」


「これはインキュバスの角と爪、尻尾だ」


「イ、インキュバスですか・・・」


 折角苦手な話から逃れたと思ったら、逃げた先でも苦手な話なのだから奈美の顔が引き攣った。


「モンスター図鑑で調べたところ、角と尻尾は武器に使えて爪は薬の素材になるってさ」


「薬の素材ですか!」


 薬士の職業技能ジョブスキルを持つだけあって、奈美は新しい薬の素材となる物に興味津々なようだ。


「落ち着いて。まだ薬の素材になる物はある」


「まだあるんですか!? 逢魔さん、早く出して! いっぱい出して!」


「奈美、それをもっと色っぽく言えば良いんだよ」


「サクラちゃん、仕事中に余計なこと言っちゃ駄目」


 奈美が誤解を招くようなことを言うものだから、やればできるじゃないかとサクラが更なるアドバイスをする。


 そんなサクラを舞が注意したのは藍大にとって救いだった。


 ここで下手に藍大が何か言えば、奈美がセクハラだと捉えるかもしれないからだ。


 藍大は舞に心の中で感謝しつつ、今度はバイコーンの素材を収納袋から取り出した。


「これがバイコーンの素材だ。各種内臓と眼球が薬に使える」


「クックック・・・」


「奈美ちゃん?」


「フハハハハ」


「駄目だこれ。スイッチ入ったぞ」


「ハーッハッハッハ!」


 見事な三段笑いを披露する奈美を見て、藍大達は冷静になるまで待つことにした。


 三段笑いをした後の奈美は、テーブルの上に置いていたメモに薬士の知識が与えた新たなレシピを書きなぐり始めた。


 レシピを書き出すのに長くて10分程度だと予想したから、藍大達は今日の昼食の献立について話をして待った。


 奈美はレシピを書き終わると、藍大からの素材の受け取りがまだ途中だったことを思い出してペコペコと謝った。


「すみません、すみません! つい夢中になって書いてしまいました!」


「レシピは完成した?」


「はい! ばっちりです!」


「それなら良かった。薬の材料はそれで良いとして、こっちバイコーンの毛皮とか食べられない部位は売りに出しといて」


「わかりました」


 奈美は通常運転に戻り、藍大の指示を聞いて頷いた。


「そうだ、バイコーンには角があったんだけど、角は雷属性の武器素材になりそうだからキープしとくんでよろしく」


「B2メイスみたいな属性武器ですか。雷属性だとミョルニルみたいなイメージでしょうか」


「わかっちゃった?」


「勿論です。神話上の武器って自分が使えなくてもこんな時代なら気にならないはずありません」


「それな」


 神話上の武器はあくまで空想の産物だ。


 それ自体が見つかって博物館に展示されているなんてことはない。


 しかし、ダンジョンには宝箱が低確率で出現するのだから、神話でしか知らないようなアイテムが出て来ないとも限らないだろう。


 そうだとしても、LUKが3万オーバーのサクラが宝箱を開けても出て来ないとすると、神話上のアイテムはやはり実在しないのかもしれない。


 その時、101号室のドアが開いた。


「藍大組じゃねえの。うぃーっす」


「クランマスター達かいな。今日はウチらよりも早かったんやな」


「キシッ」


 入って来たのは健太と未亜、パンドラだった。


「お疲れ。今日の調子はどうだ?」


「シルクモスとブラッドバッドは大量だぜ。オウルベアは無理だった」


「ホンマにもう、荒ぶる鷹のポーズなんてどこで覚えとんねん」


「前衛の壁なしにオウルベアはキツいか。ミノタウロスもそうだが」


「ほんそれ」


「キシ・・・」


「ちゃうんや。パンドラが悪い訳やないんやで。仕留めきれないウチらが悪いんや」


 パンドラが面目ないとしょんぼりすると、未亜は慌ててパンドラは悪くないと慰める。


「キシ?」


「一緒に強くなろな」


「キシッ」


 (未亜とパンドラは仲良くやれてるようだな)


 パンドラを貸し出している藍大としては、未亜がパンドラと上手くいってないならばフォローする必要があると思っていた。


 ところが、未亜とパンドラは仲が良さそうだったのでその心配は杞憂に終わった。


 未亜達には地下2階の攻略を焦らず頑張ってもらうことにして、藍大は健太に気にしていたことを訊ねた。


「健太、オークションについてどこまで考えた?」


「そうだ、丁度報告しようと思ってたんだった。明日の夜には開けるように関係各所に手配済みだ。商店街の人達もイベントで稼ぐって盛り上がってる」


「こういうことだけは仕事早いな。任せて正解だった」


 藍大もイベントの取りまとめができない訳でもないが、ここまでスムーズに話を進めることはできなかった。


 それゆえ、健太に任せて良かったと思えた。


「お祭り騒ぎなら本気出せる。スカルネックレス以外にも薬師寺さんが作った薬とか色々出品する手はず。告知はこれからやるし、茂に鑑定してもらって偽物掴まされたなんて声が出ないようにしてある」


「茂に協力してもらえたのか。DMUを介さないオークションだから依頼料が高かったんじゃないのか?」


「いや、そこは今度シャングリラ産のモンスター食材を提供をすることで手を打ってもらった」


「俺が料理するんじゃなくて、モンスター食材の提供で良いのか?」


「それで良いんだ。茂の野郎、お見合い相手の家で一緒に料理する時に使うダンジョン産のモンスター食材に困ってるから提供してくれって言いやがった。モンスター食材で茂の証明を貰えるなら安いって思って即決したが悪かったか?」


「問題ない。そうか、茂のおうちデートが近いのか」


「おうちデートか・・・。俺もしたいぜ」


 藍大が茂のデートと聞いてニヤニヤすると、それとは対照的に健太は肩を落とした。


 すかさず未亜が追い打ちをかける。


「健太には無理やろ」


「黙れ腐女子。お前にも無理だ」


「決めつけるのは良くないやんか!」


「無理。断じて無理。絶対無理」


「コ、コイツ、3回も言いよった」


「はいはい。言い争うのはそこまでにしとけ。薬師寺さんが困ってるだろ」


「すまん」


「堪忍な」


「い、いえ。もういっそのこと喧嘩する程仲が良いと思いますし、どちらかの部屋で気の済むまま喧嘩したらどうですか?」


「それだ」


「それや」


 奈美の投げやりな提案に健太と未亜が良いねと手を打った。


「喧嘩するのはオークションが終わってからにしとけ。本番前に喧嘩とか面倒なことになるだろうが」


「そうだな。未亜、決戦は水曜日だ」


「せやな。首洗って待っとけや」


 (こいつら実は仲良いだろ)


 藍大はそんなことを思ったが口にせず、舞達を連れて102号室へと帰った。

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