第128話 パンツ被ってねえじゃねえか!

 バイコーンの解体を済ませると、サクラが藍大にバイコーンの魔石を手渡した。


「食べさせて」


「大きくなっても甘えん坊だな。あ~ん」


「あ~ん」


 魔石を飲み込んだ直後、サクラの肌が赤ちゃん肌のようになった。


『サクラのアビリティ:<回復ヒール>がアビリティ:<中級回復ミドルヒール>に上書きされました』


 (サクラのヒーラーとしての能力が上がったか)


 <深淵支配アビスイズマイン>を会得して攻撃もサポートも柔軟にこなせるサクラだったが、<回復ヒール>はなかなか上書きされなかった。


 それがこうして<中級回復ミドルヒール>に上書きされたため、サクラの価値を高めた。


「主~」


「おぉ、モチモチしてる」


「私もやる~」


 サクラが藍大の手を掴んで顔を触らせると、藍大はその手触りに感心した。


 舞も1人の女性としてモチモチ肌が気になったらしく、藍大と一緒にサクラの肌を触っていた。


 サクラの強化が済んで探索を再開すると、インキュバスとシルクモスの混成集団が藍大達を襲った。


 しかし、ここでサクラの<豪運フォーチュン>が仕事をした。


 突然、岩壁に亀裂が生じてガラガラと音を立ててそれが崩れ、藍大達を狙って接近した混成集団を襲ったのだ。


 敵が瓦礫に埋もれて身動きが取れなくなったため、藍大達はとどめを刺すだけの簡単な仕事に従事するだけで済んだ。


「私達を襲うから悪いの。自業自得よ」


 (サクラが俺の従魔でマジで良かった)


 岩壁が崩れれば一般人に毛が生えた程度の運動神経の藍大では無事に逃げ切れる自信がない。


 勿論、ゲンが<鎧化アーマーアウト>を使ってくれているからちょっとやそっとのことでは怪我をしないことはわかっている。


 そうだとしても、見た目だけで言えばツナギを着ているだけの自分が無事でいられるか藍大が不安に思うのは仕方のないことだろう。


 サクラの<豪運フォーチュン>が藍大にもプラスに作用すると改めて理解し、藍大はサクラが何もしていなくても頼りになると感じた。


 戦利品の回収を済ませたところで、リルが瓦礫を動かして岩壁の近くに穴を掘り始めた。


「リル先生、何かありましたか?」


『ある!』


 藍大がリルを先生呼びして訊ねると、リルは自信満々に断言した。


 実際、掘り始めて1分かからずにリルは小さな宝箱を掘り当てた。


「サクラ先生、出番です」


「くるしゅうない」


 サクラも先生と呼ばれたので藍大にノリを合わせてその道のプロのように応じた。


 サクラが宝箱を開けると、その中に入っていたのは銀細工のブレスレットだった。


 ブレスレットは大樹が彫られた見事なデザインである。


 藍大はサクラが手に持っている内にモンスター図鑑でそのアイテムについて調べた。


 (ライフブレスレット。装備者のHPとSTR、VITが1.5倍になるのか)


 これは普通にすごいアイテムだったので、自分達で使おうと判断した。


 サクラからライフブレスレットを受け取ると、藍大はそれを舞に渡した。


「はい、これ。今度は舞の番だったから」


「わ~い。どんなアイテムなの~?」


「ライフブレスレット。HPとSTR、VITを1.5倍に強化するんだってさ」


「すごい! でも、それなら藍大が着けた方が良くない?」


 藍大が約束を守ってくれるのは嬉しいが、貧弱な藍大を強化できるアイテムを自分が貰っても良いのかと舞が悩んでそう言った。


「俺には舞達がいるから必要ない」


「藍大~! 好き!」


 舞が嬉しくなって藍大を抱き締めた。


 舞は喜びのあまり力を抑え切れていないが、ゲンの<鎧化アーマーアウト>のおかげで藍大は痛みを感じずに舞を抱き締め返すことができた。


『余裕』


 ゲンもまだまだ余裕らしい。


 流石はVIT1,000オーバーである。


 舞が気の済むまで藍大を抱き締めた後、藍大にライフブレスレットを着けてもらった。


 自分で着けられるのに藍大にやってもらうあたり、サクラ達従魔が藍大に甘えているのを見て羨ましかったのだろう。


 宝箱を回収してから探索を再開すると、リルがピクッと反応した。


『ご主人、新しい敵が来るよ』


「そろそろボスか。今度は何が来るんだ?」


 リルが注意を促せば、藍大はフロアボスが来るのかと警戒を強めた。


「主、あの岩の上にいる」


「全身黒タイツ・・・だと・・・」


 サクラが指差した場所には全身黒タイツで三日月の仮面を被り、大きな袋を背負った亜人型モンスターだった。


 フロアボスの正体を探るべく、藍大は速やかにモンスター図鑑を開いた。



-----------------------------------------

名前:なし 種族:ザントマン

性別:雄 Lv:40

-----------------------------------------

HP:500/500

MP:600/600

STR:0

VIT:500

DEX:650

AGI:600

INT:650

LUK:500

-----------------------------------------

称号:地下3階フロアボス

アビリティ:<誘眠砂スリープサンド><悪夢ナイトメア><夢喰ドリームイーター

      <夢差替ドリームスイッチ><隠歩ハイドステップ

装備:なし

備考:なし

-----------------------------------------



 (陰湿な野郎だ)


 ザントマンの攻撃手段はいずれも夢を介したものだけだ。


 <誘眠砂スリープサンド>は背中に背負った袋の中にある砂をぶっかけて眠りに誘うアビリティであり、これが成功しないとザントマンは満足に戦えない。


 <悪夢ナイトメア>で敵の精神を弱らせて弱体化させ、<夢喰ドリームイーター>でHPを吸収して自分のHPを回復させる。


 時には<夢差替ドリームスイッチ>で幸せな夢を見させてから、<悪夢ナイトメア>で敵を絶望の淵に叩き込むなんて鬼畜なこともやってのける。


 <誘眠砂スリープサンド>を当てなければザントマンの攻撃は始まらないから、<隠歩ハイドステップ>が見破られたらザントマンのアドバンテージはないと言えよう。


 つまり、隠れた者を探し出せるリルはザントマンの天敵である。


 藍大はザントマンのステータスを把握しているが、ザントマンは藍大達の戦力を知る手段がない。


「リル、ザントマンが隠れたら自分の判断で攻撃してくれ」


『任せて!』


「フォォォォォ!」


「パンツ被ってねえじゃねえか!」


 突然奇声を上げたザントマンに対し、藍大は変態○面を思い出してしまってツッコまずにはいられなかった。


 しかし、奇声を上げたザントマンの姿はその直後に見えなくなった。


 <隠歩ハイドステップ>を発動したのだ。


『こっち来るな!』


 リルはザントマンの位置を把握しているので、逃げ切れない範囲まで攻撃できる<碧雷嵐サンダーストーム>を発動した。


「ファッ!?」


 まさか自分の居場所がバレているとは思っていなかったため、回避が遅れたザントマンは<碧雷嵐サンダーストーム>の餌食になった。


 空に舞い上げられてから地面に墜落すると、ザントマンのHPはあっさり0になっていた。


 リルを敵に回したことがザントマンの敗因と言えよう。


『サクラがLv66になりました』


『リルがLv65になりました』


『ゲンがLv62になりました』


『ゴルゴンがLv58になりました』


 システムメッセージが鳴り止んだ後、リルは尻尾をブンブンと振りながら藍大にじゃれついた。


『ご主人、倒したよ~』


「Good boy, good boy. 完封勝利だったな。偉いぞ 」


「クゥ~ン♪」


「出番なかったね」


「見えない敵はリル専門だもの」


 藍大に甘えるリルを見て舞もサクラも少し悔しそうにしていた。


 今回の戦闘では何もしていないので、藍大に褒めてもらえないからである。


 当然、2人は適材適所だということを理解している。


 見えない敵を相手に最もスマートに戦えるのはリルだとわかっているのだ。


 だが、藍大とイチャイチャしたい盛りの舞とサクラはリルを羨ましく思う気持ちを完全に抑えることはできなかった。


 せめて解体だけは役に立とうと、2人は率先して作業に従事した。


 ザントマンの魔法の砂はそれ自体でもある程度使えるが、薬の材料にもなるから持ち帰れば奈美が喜ぶので忘れずに回収する。


 そして、ザントマンの魔石を回収したらまたしてもリルのターンである。


「リル、おあがり」


『いただきま~す』


 リルが魔石を飲み込んだ直後、体のサイズが大きくなった。


『リルのアビリティ:<駿足クイック>がアビリティ:<空歩エアラダー>に上書きされました』


 (空も歩けちゃうの? そりゃ楽しみだ)


 システムメッセージが告げた内容に藍大は期待した。


『ご主人、見ててね!』


 リルは自分が新たに会得した<空歩エアラダー>を披露したくてしょうがないようで、藍大達の前で空を駆けてみせた。


「すげぇ! 空を走ってる!」


「うわぁ! すごいよリル君!」


「むぅ。私だけの特権が・・・」


 藍大と舞は素直に感動し、サクラは自分の特権がなくなってしまったことに複雑な気分になった。


 サクラだってリルが強くなることは嬉しいが、藍大の従魔の中では自分だけの特権を侵害されたら素直には喜べないのだろう。


 藍大は地上に戻って来たリルの頭を撫でた後、サクラの頭も撫でた。


「また俺を抱えて空を飛んでくれよな」


「うん! 主大好き!」


 サクラは藍大のフォローのおかげですぐに機嫌を良くした。


 地下3階でやるべきことは終わったので、藍大達はダンジョンを脱出するのだった。

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