第127話 今、なんでもって言った?

 6月に入った翌日の月曜日、藍大達は朝からダンジョン地下3階に来た。


 今日はメロが家庭菜園にかかりきりなのでパーティーから抜けている。


 地下2階が月夜の森だったことから、地下3階も同じだろうと思っていた藍大達の予想は若干外れた。


「今日は山なのか」


「森じゃないんだ~」


「月夜なのは同じ」


『ご主人、なんだか吠えたくなってきた。吠えても良い?』


「遠吠えには絶好のシチュだもんな。景気付けに吠えて良いぞ」


『ありがと!』


 リルのような強者が吠えればモンスターも警戒するだろう。


 少なくとも一斉に押し寄せてくることはあるまい。


 <誇咆哮プライドロア>を使えば尚更モンスターが寄って来ない。


 そう考えたからこそ藍大はリルに許可を出した。


 リルは岩をぴょんぴょんと跳ねて高い場所まで移動すると、吠えたい衝動をそのまま実行に移した。


「アォォォォォン!」


 (良い動画が撮れた)


 藍大はちゃっかりリルの遠吠えシーンをスマホで動画撮影していた。


「藍大、私にも後でその動画送って」


「了解」


「ありがと」


 遠吠えするリルは可愛いというよりも凛々しいと表現すべきなのだが、舞はこれはこれで良さがあると思って藍大に動画の共有を求めた。


 藍大が頷くと舞は嬉しそうに微笑んだ。


 リルが藍大達のいる場所まで戻って来たので探索を開始すると、<誇咆哮プライドロア>のおかげでしばらくはモンスターが寄って来なかった。


 しかし、ある程度藍大達が進むとその効果が切れたらしく空からシルクモスが群れを成して押し寄せた。


「うぅ、虫は嫌ぁ・・・」


「シルクモスの糸は欲しいけど、ここまでうじゃうじゃいるのは見たくないな」


 サクラが藍大に抱き着いて虫が嫌だとアピールすると、虫は苦手ではないが好きでもない藍大も表情が引き攣った。


 シルクモスの群れは藍大達の行動を封じてしまおうと一斉に糸を吐いた。


「リル、頼む」


『任せて!』


 リルは<輝銀狼爪シャイニングネイル>でバッサリと何本もの糸を断ち切ると、そのまま<碧雷嵐サンダーストーム>でシルクモスを一掃した。


「リルは頼りになるね。ありがとう」


『えっへん』


 サクラに感謝されて得意そうなリルだが、藍大にも褒めてほしそうにチラチラと視線を送っている。


「流石はリル。よくやってくれた」


「クゥ~ン♪」


 藍大に褒めてもらえたリルは尻尾をブンブンと振った。


 辺りに散らばった糸とシルクモス達の死骸を回収していると、警戒中の舞が空からやって来る存在に気づいて藍大に声をかけた。


「藍大、空から何か来る」


「新手か」


「うん。形がなんとなく人っぽいけど飛んでるよ」


「確かに。ちょっと調べてみる」


 藍大がモンスター図鑑で調べてみると、接近中のそのモンスターはインキュバスだった。


 (今のサクラとは対となる存在のおでましか)


 サクラはサキュバスだから、インキュバスは対となる存在だ。


 そう思うとサクラ並みに強いのではないかと心配になるが、モンスター図鑑を見る限りそんなことはなかった。


 インキュバスとの距離が近づくにつれ、藍大達はその姿をはっきりと目視できるようになった。


 角や翼、尻尾が生えているものの見た目は整っており、健太がこの場にいればイケメンは爆ぜろとコッファーを乱射したに違いない。


「俺様の美技に酔いな」


「死ねよドカスが!」


 カッコつけたインキュバスに対し、戦闘モードの舞が光を付与したB2シールドを投げて撃ち落とした。


 墜落したところに駆け寄ると、舞はこれでもかというぐらいインキュバスをタコ殴りにして倒した。


 テレビでは放映できないモザイク待ったなしなインキュバスの成れの果てを見ても、藍大は少しも同情できなかった。


 舞はすっきりした表情で藍大の前に戻って来て藍大の右腕に抱き着いた。


「ふぅ。藍大の方が良いに決まってるもんね~」


「当然。あんな顔だけな奴なんかより主の方が素敵」


 サクラも同意して藍大の左腕に抱き着いた。


「2人がそう言ってくれて嬉しい」


「きゃっ」


「あっ」


 イケメンよりも自分が良いと言われれば、藍大も嬉しくなって舞とサクラをまとめて抱き締めた。


 実際のところ、インキュバスは<誘惑香フェロモン>を会得しているから女性にとって天敵である。


 だが、舞は藍大への愛が強かったおかげで<誘惑香フェロモン>が通じず、サクラも同じだがそもそも状態異常が効かないからインキュバスには勝ち目がなかったのだ。


 3人が夫婦の愛を確かめ合っていると、それを引き裂こうとインキュバスが次々に集まって来て藍大達に襲い掛かって来た。


「ツラだけの分際は失せろ!」


「跡形もなく死んでくれる?」


 そこから先は舞&サクラ無双だった。


『ご主人、僕の出番なさそう』


「リルはシルクモスが出た時に頼む」


『そうするね』


 男性陣は撃墜されたインキュバスの死体から素材として有用な部分を回収する作業に徹した。


 インキュバスの殲滅と戦利品の回収が終わると、リルの鼻が新たな敵を捕捉した。


『主、何か来る』


「来るとしたら”掃除屋”だろうな」


 リルに注意を促されて藍大は近付いて来る存在が”掃除屋”であると推測した。


 舞とサクラの活躍により、いつ”掃除屋”が現れてもおかしくないぐらいのインキュバスが狩られたからだ。


 それから10秒と経たずに藍大達の目の前に青黒い肌にヤギのような角、灰色の鬣という外見の馬型モンスターが現れた。


 藍大はすぐにモンスター図鑑を開いて敵の正体を調べた。



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名前:なし 種族:バイコーン

性別:雌 Lv:45

-----------------------------------------

HP:600/600

MP:700/700

STR:600

VIT:550

DEX:700

AGI:500

INT:700

LUK:450

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称号:掃除屋

   性豪

アビリティ:<雷槍サンダーランス><雷突撃サンダーブリッツ><雷踏サンダースタンプ

      <混乱眼コンフュアイ><影捕縛シャドウアレスト><誘惑香フェロモン

装備:なし

備考:寝取り好き

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 (冗談じゃねえぞ! ”性豪”で寝取り好きって!?)


 藍大は能力値やアビリティよりも称号と備考欄の文字に目がいってしまった。


 貞操の危機を感じたからである。


 リルは藍大の体がブルッと震えたのを感じ取って寄り添った。


 そんなリルを見て舞が藍大に声をかける。


「藍大、どうしたの?」


「バイコーンが俺の貞操を狙ってやがる」


「ヒヒィン♡」


 藍大の言葉を理解しているのか、バイコーンが藍大に向かってウインクした。


 その瞬間には既に舞とサクラがキレていた。


「ぶち殺す!」


「死ね」


 舞がバイコーンと距離を詰め始めると、サクラが<深淵支配アビスイズマイン>でバイコーンを深淵のドームで包み込んだ。


「ヒヒン」


 バイコーンは<雷突撃サンダーブリッツ>を発動し、ダメージを覚悟のうえで深淵のドームにぶつかった。


 だが、それは考えが甘いと言えよう。


 サクラとバイコーンではINTの差が500以上もある。


 深淵のドームはバイコーンが貫けるような硬度ではない。


 ぶつかる度にバイコーンはダメージを負っていく。


 それでもバイコーンは藍大を美味しくいただくつもりでドームに何度もぶつかった。


 その結果、バイコーンは深淵のドームを打ち破った。


 いや、正確には打ち破ったと思い込ませるようにサクラが深淵のドームを解除したのだ。


 それは何故か。


 答えは簡単である。


 ドームの前に舞が到着したからだ。


 光を帯びたB2メイスを振りかぶった舞の姿を見て、ドームを壊したと思ったバイコーンの顔が絶望に満ちたものへと変わる。


「オラオラオラァ!」


 (俺の嫁さん達マジパねえっす)


 舞がメイスでバイコーンをフルボッコにした。


 サクラはバイコーンの心が折れたところで<深淵支配アビスイズマイン>を再び発動し、深淵の刃を形成してバイコーンの首を刎ねた。


 舞とサクラがバイコーンを肉体だけでなく精神的にも追い詰める連携を披露したので、藍大は心の中で三下口調になってしまった。


『サクラがLv65になりました』


『リルがLv64になりました』


『ゲンがLv61になりました』


『ゴルゴンがLv57になりました』


 システムメッセージが鳴り止んだ時には、舞もサクラも藍大を優しく抱きしめていた。


「もう大丈夫だよ、藍大。危ない敵は排除したから」


「主の貞操は私達が守ったから安心して」


「マジで助かった! お礼にできることならなんでもする!」


 藍大は自分の貞操が守られたことにホッとしてうっかり口を滑らせた。


「今、なんでもって言った?」


「主、なんでもって言ったね?」


 そのセリフはポジションが逆だろうとツッコむ者がいないのが残念である。

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