第121話 もう我慢できないよ!

 チャペルの中には新郎新婦の招待客達が既にスタンバイしていた。


 新郎側の招待客は全員男性であり、新婦側の招待客は孤児院の院長である裕太以外は女性だった。


 なお、藍大の従魔達リルとゲン、パンドラが藍大の招待客扱いであり、ゴルゴンとメロはサクラの招待客扱いとなっている。


 普通の結婚式ならば従魔というよりもペットは立入禁止となっているだろうが、今日の結婚式に限って言えばその制限は取り払われている。


 式場内の準備と新郎新婦の準備が整うと、司会者の女性が口を開いた。


「それでは、新郎新婦の入場です」


 その言葉が式場内に響き渡った直後、荘厳な扉が開いて藍大を中心に左右の腕を舞とサクラが組んだ形で入場し始めた。


 正に両手に花と言えよう。


 藍大達は式場に入る前、お互いの衣装を見てとても幸せな気分になっていた。


 藍大は舞とサクラの花嫁姿を見ると、改めて自分が彼女達の夫になるのだと自覚した。


 その一方、舞とサクラは藍大の正装にキュンとしていた。


 いつもの藍大の姿に慣れている分、余計にグッと来るものがあったようだ。


 3人だけの写真を式場のスタッフに撮ってもらい、これでいつでも今日のことを思い出せると喜んだ。


 そんな喜びが藍大達の顔に現れており、招待された者達はなんて幸せそうなんだと思ったほどである。


 藍大達が定位置に辿り着くと、司会者が開式を宣言する。


「只今より、逢魔藍大様、舞様、サクラ様の結婚式を始めます」


 今日の結婚式は人前式であり、藍大達の希望を混ぜてアレンジしている。


 キリスト教式でも神前式でもない理由は、藍大も舞もサクラも特に信仰している存在がおらず、それぞれの出自がバラバラだったからだ。


 大家と店子や冒険者と従魔の関係性に留まらず、それぞれの出自等について注文が付かない人前式ならば、藍大も舞もサクラも満足した式を挙げられると思って人前式を選んだ。


「続いて新郎新婦の誓いの言葉に移ります。藍大様、舞様、サクラ様、よろしくお願いします」


 司会者にバトンを託されると、最初に藍大が口を開いた。


「本日、僕達3人は皆様の前で結婚式を挙げられることを感謝し、ここに夫婦の誓いをいたします」


「常にお互いを大切にし、ダンジョンではそれぞれの長所を活かして探索を進めます」


「いつも感謝の気持ちを忘れません」


「笑顔の絶えない明るい家庭を築き、子供が生まれれば笑顔溢れる家庭にします」


「どんな時にも家族を信じ支え合い、死が3人を分かつまで永遠に寄り添います」


「喧嘩をしても必ず仲直りします」


「これらの誓いを心に刻み、これらは夫婦として力を合わせて新しい家庭を築いていくことをここに誓います。逢魔藍大」


「逢魔舞」


「逢魔サクラ」


 誓いの言葉が終わると、再び司会者にバトンが回った。


「素敵な誓いの言葉をありがとうございました。それでは、新郎と新婦の指輪の交換に移ります」


 藍大と舞、サクラは司会者が言ってすぐに指輪の交換に移った。


 藍大が舞とサクラの左手の薬指に結婚指輪を嵌めてあげると、舞とサクラも協力して藍大の左手の薬指に結婚指輪を嵌めてあげた。


「藍大様、舞様、サクラ様が指輪の交換を終えました。最後に誓いのキスをもって夫婦の成立とさせていただきます」


 一般的にはこの段階で結婚証明書や婚姻届に署名と押印し、それを持って結婚の成立とする。


 しかし、藍大と舞、サクラは一夫多妻制が始まった初日の朝一番で婚姻届を提出済である。


 それゆえ、プログラムにアレンジを加えて誓いのキスをここに捻じ込んだのだ。


 だが、ここで藍大とサクラにとって予想外の展開が起きた。


 リハーサル通りなら藍大から舞とサクラにキスをするはずだったが、舞は藍大に結婚指輪を嵌めてもらえたことが嬉しくなり、昂った気持ちを抑えられずに行動に移してしまった。


「もう我慢できないよ!」


 そう、舞が藍大の唇を奪ったのである。


 無理矢理効果音にするならば、ズキュウウウンとでも表現すべきだろう。


 これには出席した女性陣のテンションが爆上がりした。


「「「キャァァァァァッ!」」」


「「「「「「シュロ~!」」」」」」


「メロ~ン!」


 (舞が我慢できなくなることを想定してなかった)


 舞が情熱的なキスを終えた瞬間に藍大はそう思ったが、今度はサクラが藍大の唇を奪った。


「「「キャァァァァァッ!」」」


「「「「「「シュロ~!」」」」」」


「メロ~ン!」


 女性陣のテンションが天井知らずになった。


 その一方、新郎側の招待客席に座っていた男性陣はなんとなくこうなる予感がしていたらしく冷静だった。


 彼等の共通認識として、藍大がカッコよくリードしてキスして終わることはないというものがあった。


 ソースはクラン立ち上げの記者会見である。


 今でも掲示板でネタに使われる舞の発言やサクラのジョ○ョ立ちの登場シーンを思い出すと、何事もなく結婚式が終わるとは思えなかったのだ。


 現に式の進行に支障が出ない範囲で流れが修正されてしまっている。


 それでも司会者は想定外の状況下でプロとしての根性を発揮した。


「とても情熱的なキスでしたね。これらのキスをもちまして、逢魔藍大様、舞様、サクラ様の結婚が成立しました。新郎新婦が退場します。ご来場の皆様、温かい拍手にて祝福して差し上げましょう!」


 機転を利かせた司会者の誘導に従い、式場内にいた者達は惜しみない拍手を藍大達に送った。


 藍大も乗るしかねえっしょこのビッグウェーブにと思い、舞とサクラを連れてこの場から退出した。


 (サンキュー、司会者さん! 舞とサクラがごめんなさい!)


 藍大は心の中で司会者に感謝と謝罪をした。


 藍大に手を引いて連れて来られた舞とサクラは、とても幸せそうにしているのだから藍大も何も言えない。


 とりあえず、この後行われる披露宴のために控室へと移動した。


 時間が来ると藍大達は披露宴の会場へと案内され、司会者のテキパキとした進行で開宴の挨拶と新郎新婦の紹介、主賓挨拶と披露宴のプログラムは進められていった。


 当然、披露宴の進行も結婚式を担当した司会者の女性である。


 それだけで藍大は披露宴もどうにかなるだろうと安心できた。


 乾杯の後は藍大と舞、サクラが揃ってケーキ入刀を行い、しばしの歓談と食事の時間となった。


「「「・・・「「藍大、舞(さん)、サクラちゃん(様)、結婚おめでとう!」」・・・」」」


「ありがとう」


「ありがと~」


「ありがと」


 招待客は気心の知れた知り合いなので、この段階まで来ると藍大もホッと一息ついていた。


「茂、あの司会者の人すげえわ。あの人マジでプロ」


「俺もそー思う。プロとしての実力を感じた」


「小父さん、さっきからとても楽しそうですね」


「プフッ、いや、すまない。何かやらかすんじゃないかと思ってたんだけど、まさか舞さんがねぇ・・・。アハハッ」


「楽しんでいただけたようで良かったです」


 茂の父親は立場上、偉い人の冠婚葬祭にも出席しているので今日の招待客の中では場数を踏んでいる部類にある。


 ところが、舞のもう我慢できない発言からの強引なキスするなんて事態は潤も初めて見たらしく、藍大の顔を見るとどうしても先程のシーンを思い出して笑ってしまうらしい。


 その後、ゲストのスピーチでは人だけではなく従魔代表としてリルもスピーチをして招待客全員を驚かせた。


 リルが可愛くて強いだけではなく、賢くもあるのだと証明した瞬間だった。


 新郎新婦がお色直しで退場し、再入場とキャンドルサービスのプログラムが終わると、ゲストによる余興が始まる。


 司が目隠しした状態でコーヒーの種類を当てたり、奈美がフラッシュ暗算という意外な特技を披露したが、最も注目を集めたのは未亜と健太の出し物である。


 未亜が健太の頭の上に乗せたリンゴを矢で撃ち抜く一発芸を披露するからだ。


 未亜がわざと下に矢を外すんじゃないかとハラハラする者が多くいたが、流石に藍大達の披露宴にケチが付くのは不味いと未亜が自分を律したので無事に成功した。


 健太が心底ホッとした様子だったことは語るまでもない。


 祝電の紹介後は舞が裕太養父に手紙を読み上げ、会場内で目頭を押さえる者が続出した。


 謝辞では裕太がそのお返しにと舞に嬉し涙を流させた。


 そして、閉会の時間となって藍大と舞、サクラは退場した。


 (やる前はボリュームあると思ってたけど、やってみたらあっという間だったな)


 披露宴は全体で2時間半程度だったが、笑いあり涙ありで藍大の感覚ではあっという間に披露宴は終わったようだ。


 総合的に見て、今日の結婚式と披露宴は色々とあったが大成功と呼んでも過言ではないだろう。

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